FOMC声明文の行間に表れる苦境

2025年05月12日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

 米連邦制度理事会(FRB)は、5月7日までの連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利(FF金利の誘導目標レンジ)を4.25~4.50%に据え置くことを決定した。据え置きは市場予想通りであり、大きな混乱はなかった。

 発表された声明文によると、米国経済の現状について、純輸出の振れが経済指標に影響を及ぼしていることに言及しつつも、米国経済が堅調なペースで拡大していること、失業率が低位で安定しており、労働市場が堅調さを維持していること、物価上昇率がやや高止まりしていることについて、前回3月時点と同じ評価だった。

 トランプ政権の度重なる関税引き上げの中で、いわゆるマインド指標はいち早く大幅に悪化したことに対して、実体経済を表すハードデータは底堅く、明確な悪化を示していない。実際、2025年Q1の実質GDP成長率(前期比年率▲0.3%)は、12四半期ぶりのマイナス成長になったものの、関税引き上げ前の駆け込み需要などから輸入が急増(同+41.3%)した影響が大きく、個人消費など内需はGDP成長率の見た目ほど弱くはなかった。そのため、輸入急増の影響がはく落すれば、2025年Q2の実質GDP成長率はプラスに転じる可能性が高い。また、懸念された連邦政府職員の削減の悪影響もまだ広がっていない。州政府や民間企業への転職が円滑に進んだり、給料が支払われていたりして、失業者扱いになっておらず、失業率は足元まで安定している。これまでのところ、新規失業保険申請件数もレイオフも目立って増えていない。

 ただし、声明文では、先行きのリスクに対する警戒感が強まった印象だ。事実、「経済見通しについての不確実性は、さらに高まっている」と、3月時点から「さらに」が追加された。4月2日の相互関税発表とその後の90日間の一部適用猶予、各国との貿易交渉など、不確実さが強まったことが示唆されている。また、「失業率がより高く、物価上昇率もより高くなるリスクが増していると判断している」と追加され、スタグフレーション懸念が徐々に高まりつつあるようだ。

 こうした中、パウエルFRB議長が記者会見で「焦る必要はなく、忍耐強くいられると思う」と慎重な姿勢を示した。それは、足元の不確実性の元凶である関税政策はまだ定まっておらず、そこへの金融政策対応ができないことに加えて、足元の経済環境に様子見姿勢をとれる余裕があるからだろう。

 しかし、ハードデータで悪影響を確認できる状態になれば、その時点で金融政策は後手に回っている可能性が高い。そのため、関税政策がある程度定まったところで、先んじて金融政策も動き出さなければならない。もちろん、関税率の引き上げと供給網の混乱に、金融政策で対応する難しさもある。関税という供給側からの物価上昇に対して、金融引き締めで需要を抑えることを通じて物価を押し下げるのか、金融緩和によって需要を下支えし、景気悪化に歯止めをかける一方でさらなる物価上昇を招くのか、金融政策のかじ取りは難しい。パウエル議長も、景気悪化リスクと物価高止まりリスクについて、「どちらに転ぶかわからない」と答えた。また、実体経済への悪影響は、実際に適用される関税政策の範囲と規模や、新たな貿易協定が結ばれるまでの関税政策を巡る不確実性によっても大きく異なる。

 今のところ、トランプ政権を翻意させるのは、米長期金利の急上昇など、金融市場の混乱しかないようだ。しかし、それは痛みを伴うもので望ましくない上、足元の不確実性を払拭する本質的な解決策でもない。どうにもならない苦しさが、今の米国経済の一面に見られるようだ。

 

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