緊迫化する中東情勢とサブサハラ
コラム
2026年03月11日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
髙橋 史
概要
2月28日に開始された米国・イスラエルによる対イラン共同軍事作戦を受けて、中東地域での緊張が高まっている。ホルムズ海峡の事実上の封鎖が長期化すれば、油価高騰などによりサブサハラ・アフリカ(以下、サブサハラ)経済への打撃も避けられない。本コラムでは、中東情勢の緊迫化によるサブサハラへの影響を簡単に考察する。
1.エネルギー価格と調達
最も懸念される影響は、エネルギー価格の高騰と、エネルギー調達の制約だろう。サブサハラ49か国にはナイジェリアやアンゴラなど伝統的な産油国もあるが、ほとんどがエネルギーの純輸入国だ。2024年の国連統計によると、石油・原油・石炭・天然ガスを含む「鉱物性燃料」の輸入は地域全体の総輸入量の20.2%を占める(なお、日本は22.7%)。ブルキナファソや、コンゴ民主共和国といった国々では総輸入の3割以上がエネルギーであり、そのほとんどが石油のため、油価高騰はこうした国々の対外収支を悪化させる恐れがある。
特筆すべきはナイジェリア(同38.0%)、アンゴラ(同20.5%)のような産油国もエネルギー輸入が多い点だ。これは外貨獲得手段として原油を輸出する一方で、国内の石油需要を満たすだけの精製容量がないことから、大量の石油を輸入している背景がある。したがって、世界的な油価上昇は、これらの産油国にメリットをもたらすどころか、すでに2桁のインフレに悩まされている中でさらなるインフレ上昇圧力となり得る。
他方で、より地政学的な影響を受けやすいのが東アフリカだ。ケニア、タンザニア、ウガンダなどの国々は西アフリカに比べて中東に地理的に近いことから、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェートなど湾岸地域の石油輸入の依存度が極めて高い。これらの国々の石油備蓄は2か月前後とみられていることから、ホルムズ海峡の封鎖が長期化すればエネルギー供給がひっ迫し、経済に混乱が生じる恐れがある。
2.食料価格の上昇
サブサハラは世界の未開発の耕作可能地の約6割を占め、農業が経済の主要な生産部門となっている国が多いなかで、生産性は低い。そのため、主食をはじめとする多くの食料を域外からの輸入に依存している状態だ。例えば、2024年の国連統計によると、主食となる小麦、トウモロコシ、コメなどの「穀物」の総輸入に占める割合はベナンで22.5%、ニジェールで16.7%と極めて高い水準にある国々もある(なお、日本は0.9%)。油価高騰による物流コストの増加や、肥料価格の上昇はサブサハラ各国での食料価格の上昇につながり得るが、特に穀物の輸入は国民生活を支えるために大幅に減らすことはできない。
そのため、エネルギーと食料価格の上昇による調達コスト増は、サブサハラの国々にとっては「ダブルパンチ」であり、対外収支を悪化させると共に、エネルギー・食料以外のインフレにも波及する可能性がある。
3.通貨安の進行
世界情勢の不安定化を受けて、ドルやユーロなどの主要通貨や金などの安全資産に資金が流入すれば、「新興国」であるサブサハラの国々の通貨、債券、企業株は売られることになる。
例として、新興国の代表的な通貨である南アフリカ(南ア)ランドは、2月28日の攻撃開始以降、ドルに対して約4%下落し、3か月ぶりの安値となった(3月9日時点で1ドル=16.82ランド)。国債では、ベンチマークとなる2035年満期の利回りは8.505%へと上昇した。また、ヨハネスブルグ証券取引所(JSE)でも金などの鉱業企業銘柄以外は売り圧力が強い状態が続いている。
財政再建や信頼回復により、南ア・ランドは約1年を通じて緩やかに価値が上昇してきた。通貨高で輸入コストが減少したことにより、2025年のインフレ率は通年で3%台と、南ア準備銀行(SARB)の目標値に収まるまで低下した。しかし、こうした不安定な情勢が長期化し、通貨安が進行すれば、インフレが再加速しかねない。他方で、インフレ抑制のためにSARBが利上げを行えば、利払い費の増加が財政を圧迫し、結果的に消費や投資を冷え込ませる恐れもある。また、原油価格の上昇も南ア経済にとっては厳しい。南アの主要エコノミストは、原油価格が1バレル80ドルで推移した場合、ガソリン価格は1か月で9%上昇すると試算を示しており、エネルギー価格の高騰もインフレに拍車をかける可能性が高い。
こうした通貨安とエネルギーなどの価格高騰がもたらす経済の悪循環は、南アに限らずサブサハラのほとんどの国で起こり得る状況だ。インフレの上昇やエネルギー・食料供給のひっ迫は、世界でも最も若年人口が多いサブサハラで各国での反政府抗議デモの活発化や、政権の不安定化を引き起こしかねない。
4.金の輸出
湾岸地域での空域封鎖は、世界的な金の精錬ハブでもあるドバイを介した金の流通にも影響をもたらしている。ロンドンに拠点を置く非営利団体・ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、2024年の世界の金鉱山からの産出量約3,600トンのうち、アフリカ諸国のシェアは24%にも及んでいる。これらの金は、国内にアフリカ最大の金精錬所・Rand Refineryを有する南アフリカ産を除いて、その大部分が公式・非公式双方のルートを通じてドバイに輸送され、精錬後に金の需要地であるインドやスイスに再輸出されていた。しかし、その金の現物をアフリカからドバイに輸出できない状態が続いている。
ドバイの代替輸出先としてインドや中国の名も挙がるが、ドバイ向けと比べて輸送コスト高となるとの見方が強い。サブサハラ最大の金の産出国であるガーナ(世界6位)をはじめ、金の歴史的高値を受けた生産・輸出増が対外収支を大幅に改善させてきた。しかし、中東情勢の悪化による金の流れの制約が、これらの国々の経済を悪化させる恐れがある。
5.「アフリカの角」地域
最後に、サブサハラの一部の地域が物理的に戦闘に巻き込まれる可能性がある。サウジアラビア・イエメンから紅海を挟んだ反対側にはジブチ、ソマリア、エチオピアといった「アフリカの角」地域の国々がある。イランとの連帯を示すイエメンの反政府武装勢力フーシ派は、イスラエル本国への遠距離攻撃を重点に置きつつも、より近い紅海周辺の米、イスラエル、UAEの軍事施設を攻撃対象とするとの見方がある。
国際危機グループ(ICG)によると、フーシ派およびイスラム系武装勢力アル・シャバブは、ジブチの米軍基地や、ソマリアのベルベラ港にあるUAEの軍事基地を標的とする可能性を指摘。ジブチには米軍のほかにも中国、日本、フランス、イタリアなどが密集する形で軍事基地を有していることから、これらの基地も巻き添えになるリスクがあるとしている。文字通り、「(紅海の)対岸の火事」では済まなくなる恐れもある。
まとめ
中東情勢の緊張が短期間で収束するか、数か月にわたり継続するかを見通すことは難しい。しかし、ホルムズ海峡の封鎖や湾岸諸国の空域閉鎖といった、これまで「考えにくいシナリオ」が実際に起こった際に、サブサハラの国々に具体的にどのような影響が及ぶのか。そしてエネルギーや食料を外部経済に依存するサブサハラの国々が、その変化に対していかに脆弱であるかを考える契機となっているだろう。
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