国民党主席・鄭麗文訪中の背景と中国の台湾戦略
2026年04月10日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
前田 宏子
2026年4月7日執筆
鄭麗文国民党主席が訪中している。現職の国民党主席の訪中は約十年ぶりである。しかも今回は習近平総書記からの招待であり、国共トップ会談が実現する可能性が高い(4月7日時点)。
現在の台湾社会では、大多数の人が中台(両岸)関係について現状維持を望み、統一支持は一桁台にとどまる。また、自身を「台湾人」とみなす人が約6割に達し、「中国人」アイデンティティは大きく後退している。こうした民意を受け、国民党も「統一」を前面に掲げることはなくなり、中国側が不満を抱く状況となっていた。2016年に民進党政権が発足してから、中台の政治交流が縮小したこともあり、国民党トップが訪中する機会はなかった。
今回、中国が国民党との高位交流を再開する背景には、まず、米国外交と国際環境の変化がある。2010年代半ばから世界的なポピュリスト政権の増加により、リベラルな国際秩序の衰退が懸念されるようになり、2022年にはロシア・ウクライナ戦争が勃発した。そのことは、民主主義・台湾に対する欧州諸国などの支持を強化することにつながったが、戦争の長期化による疲弊や、第2期トランプの登場などにより、台湾への支持に対する不安が台湾内部で起こっている。
特にトランプ大統領は、台湾を半導体や武器取引の観点からは重視しても、台湾の「民主主義の防衛」という価値には関心が薄いとみられている。さらにイラン情勢の膠着により、米国の戦略的関心が中東に引き寄せられている現状は、中国にとって台湾問題での圧力を強める好機と映る。
第二に、台湾社会の分断も、中国が浸透工作を進めやすい状況を作り出している。現在は、与党・民進党が立法院(国会に相当)で少数政党となっており、野党の国民党と台湾民衆党が主導権を握る「ねじれ」が続いている。政策決定の停滞や対立の激化は、対中政策の一貫性を損ないかねない。たとえば、頼清徳政権は、米国製兵器の購入費などを盛り込んだ総額1兆2,500億台湾ドル(約6兆2,000億円)の防衛特別予算案を立法院に提出したが、国民党など野党が反対し、成立していない。
中国は武力行使の選択肢を保持しつつも、当面は圧力と利益を組み合わせることで、台湾社会の内部から統一受容の条件を整える戦略を重視している。
中国は頼清徳総統を「独立志向の分裂勢力」と非難し、前任の蔡英文政権に対してよりもさらに厳しい姿勢を見せている。他方、昨年(2025年)11月に国民党主席に就任した鄭麗文氏は極端な親中姿勢をとっており、中国は国民党に対して対話のチャネルを開くことで、「鞭と飴」戦術を取ろうとしている。頼清徳政権やその方針を支持する勢力には鞭、国民党や中国との対話を重視する勢力には飴と使い分けることで、台湾社会の分断を深めるとともに、台湾内で国民党への支持率を上げたい思惑もあるとみられる。2026年11月には、2年後の総統選にとっても重要な統一地方選が実施される。
中国側は訪中した鄭麗文氏に「一つの中国」原則の堅持を求めるとみられる。鄭氏は党主席になって以降、「台湾独立反対」と「92年コンセンサス」の堅持を掲げており、今回の会談後の文言が注目される。
ちなみに、鄭麗文氏は主席になって早々に、訪中ならびに習近平総書記との会談に対する意欲を表明していた。台湾内では、鄭氏の訪中は米中首脳会談前後に実現する可能性が高いが、台湾社会全体での鄭氏の支持率が低いため、習氏との会談が実現するかは不透明と見る向きが強かった。中国も習氏が会談することに前向きな姿勢を示すようになった背景には、台湾への政治工作を強化するのによい情勢が生まれているとの認識が中国側で強まったためと推測される。
同時に、中国にとって鄭氏の訪中は、米中関係を見据えた布石という面もある。本来なら、鄭氏の訪中は米中首脳会談後となるはずであったが、3月末に予定されていたトランプ訪中が、米国側の都合により5月以降に延期されたため、順序が逆転した。
また、3月末に米中首脳会談が実施されていたとすれば、その成果は、昨年10月の韓国・釜山での会談内容の再確認や米国製品の購入などにとどまり、戦略的に大きな意味を有するものにはならないと推測されていたが、中東情勢の停滞・悪化による経済的混乱や、米国と同盟国との不和により、中国はより有利な交渉を行おうと画策していると推測される。
中国は、トランプ氏に対して、米国の従来の「台湾の独立を支持しない」という立場から「台湾の独立に反対」と明言するよう求めているといわれる。国共トップ会談の成果をアピールしつつ、「米国が干渉しなければ中国は台湾を平和的に統一することが可能だ」とアピールし、中国にとって有利な発言をトランプ大統領から引き出そうと試みることが予想される。その際、対米貿易や投資を交渉材料とすることも十分考えられる。
もっとも、中国と台湾の対話そのものは否定されるべきではない。問題は、その対話が台湾の主体性を損なう形で進められないかどうかである。与野党が対中政策のレッドラインについて最低限の共通認識を持ち、国内的な合意形成を図れるかが問われており、台湾の政治的成熟が試されている。
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