コモディティ市場の現在地:①市場はなぜ変質したのか

2026年06月02日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

概要

  • 世界秩序の変化とともに、コモディティ市場の構造も大きく変化している
  • グローバル化時代の「一物一価」は揺らぎ、「供給へのアクセス」が価格形成に影響する場面が増えている
  • 世界需給だけでなく、物流・インフラ・経済安全保障が市場に与える影響が拡大

 

 弊社が2025年末に発表した「2026年世界情勢・経済見通し」の副題は、「依存からの覚醒と世界秩序の再構築」でした。あれから半年、それを痛切に感じる場面が多くなりました。エネルギー貿易の要衝であるホルムズ海峡の封鎖は、長年、テールリスクとしては意識されてきたものの、どこか「さすがにそれはない」「世界経済はホルムズ海峡を通じて供給される物資に依存しているのだから」という希望的観測があったことは否めません。でも、まさに目を覚まされるような事態が起きています。
 供給混乱や物価高が続くなか、市場では久しぶりに「コモディティ」への関心が高まりつつあります。一方で、世界秩序の再構築が進む中で、市場構造そのものも変化し、全体観がつかみにくい場面が増えている印象もあります。
 今回は「コモディティ市場の現在地」について、3回に分けて雑感を語ってみたいと思います。

 

コモディティ市場の移り変わり

 少し昔話をします。コモディティは2000年代に投資先として注目を集めました。1990年代の価格低迷期・投資停滞期に続いて、2000年代に新興国が高度成長期を迎え、商品需要に供給が追い付くまでの数年のラグが「コモディティスーパーサイクル」と呼ばれる長期上昇相場になるとみなされたためです。また、株・債券など伝統的資産との相関が低いことも代替投資先として好まれ、商品指数連動の投資商品やETF(上場投資信託)も次々に市場に投入されました。当時の商品価格の急騰は、需給と投資資金流入の複合要因ではありましたが、2008年頃には「金融資本の大量流入がコモディティ(特に食料)価格の上昇を増幅し、貧困国の困窮や食料危機を招く」として社会問題になったこともありました。

 

 リーマンショックによる一時的な急落・急反発を挟み、2010年代前半くらいまでは商品価格は高止まりしていました。食料価格高騰や政治腐敗などに対する民衆の不満に端を発したとされる「アラブの春」で、中東諸国は補助金や福祉を拡大しないと体制維持が難しいとして、湾岸産油国の「財政均衡価格」が注目され、原油はもう1バレル=100ドルを割ることはない……との見方が有力だった時期もあります。でも、結果的に2014年秋に相場は急落しました。米国のシェール革命が本格化し、OPECが減産で支えてみすみすシェアを失うことに耐え切れなくなったためです。

 

 この頃、供給が増えたのは石油ガスだけではありませんでした。鉱物資源は資源ブーム期の商品指数大規模投資による開発案件が相次いで生産フェーズに入り、中国の大規模刺激策で鉄鋼・アルミなどの生産も急拡大し、ロシアや南米などの農産物生産も増加。しばらくは供給過剰局面で価格低迷期が続きました。その後、米中対立の深まりや制裁強化などを通じ、経済安全保障の色彩が強まっていきます。また、2015年のパリ協定の後は脱炭素化が叫ばれ、化石燃料投資の削減や再エネ・EVシフトが促され、金属もいかにクリーンな電力で製造されたかが製品差別化要因となるなど、量より「質」も重視されるようになりました。相場低迷期でコモディティへの注目は下がっていましたが、重要な構造変化が静かに進んでいたのがこの時期だったと言えると思います。

 

 コロナパンデミック後は、経済再生策、異常気象などに続いてロシア・ウクライナ戦争も重なり、「生活費危機」と呼ばれるほどの高インフレが起きました。この局面では、供給量減少だけでなく、供給フローの再編や物流制約が価格に影響しています。さらにインフレ対応として金融引き締めが行われたことや、欧州の危機対応、中国経済の減速とも重なって、市場と物流の再構築が進んだ後は一定程度の落ち着きを見せました。

 

グローバル化の退潮

 CRB指数、ブルームバーグ商品指数など、広く知られる商品指数をみると、2022年の供給ショック時の急騰局面は2008年高値に遠く及ばず、2021~25年のもみ合いを経て、2026年にホルムズ危機で急騰……という動きになっています。
 ただ、この指数は世界の全体像を表していません。主に米国先物を参照した指標であることが一因です。グローバル化の時代は、局地的に価格が高騰しても裁定が働き、最終的に指標価格を中心に収れんしやすく、指数を世界全体の指標とみても大きな齟齬はありませんでした。でもその状況は、世界の分断が進んだ現在の市場では必ずしも当てはまりません。

 

 例えば、世界全体の商品現物貿易を捕捉した世界銀行の商品指数でみると、史上最高値は「2022年6月」で、ガス危機で欧州やアジアが受けた打撃を反映しています。また、この指数には地政学的リスクを反映しやすい資源である肥料も含まれており、肥料は2025年頃から価格上昇圧力が再び強まったまま、今回の事態を迎えたことがわかります。
 同じコモディティでも、市場によって取引される規格や条件が違い、必ずしも代替可能でないために品質差・地域差が開くこと自体は普通のことです。ただ、昨今の世界情勢下、経済安全保障が非常に重要になってきた中で、世界のどこかに供給があっても自分がそれを調達できるとは限りません。輸出国が輸出を制限するなどして国内価格を安定させる一方で、国際価格が上昇することもあります。そうして「一物多価」が生じやすく、世界需給ではなくアクセスが価格を決める場面が増えてきたものと考えています。

 

世界銀行商品指数

 

デジタル時代の物理的ボトルネック

 昨今のAIブームでは、当初、演算能力がボトルネックになると言われていました。最近は、データセンターの電力が不足し、電力を作るには燃料が必要で、安定供給には電力網や電池なども必要だとして、物理制約にいきあたっています。
 2000年代のコモディティスーパーサイクルは「価格低迷期の過少投資によるタイムラグ」が大きな要因でした。今次のサイクルも、2010年代後半の低迷期や化石燃料敬遠による投資不足の側面もあります。ただ、それに加えて、米国のシェール油田や主要鉱業国の鉱山で資源量が豊富なスイートスポットを掘りつくし、あるいは重要鉱物の供給が特定国に集中し、地質的・地政学的にアクセスが難しい、物理的な不足が今回は大きな課題となっています。ハイパースケーラーも単に市場から高値で供給を吸い上げるのではなく、自ら供給網構築に乗り出し、省電力化や素材代替、リサイクルなどにも取り組んでおり、戦略分野では各国政府も供給確保に奔走しています。

 

 必要なものを確保するにはそれなりのコストがかかることは確かですが、現在の環境では値上がりすれば自然に供給が増えるとは限りません。新興国の成長が世界全体を押し上げた2000年代とは異なり、2020年代は熾烈な競争環境下にもあり、現物不足が成長を阻害する懸念もあります。こうした中で、規制、資源ナショナリズムの影響はますます大きくなっています。次回以降、エネルギーや金属などの市場で起きていることをもう少し具体的にみていきます。

 

以上

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