フィリピン:イスラム系武装勢力MILFとの衝突とミンダナオ和平
2015年03月05日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也
概要

●本年1月25日、ミンダナオ島のママサパノにおいて、フィリピン国家警察の特殊部隊が、テロ容疑者を捜索中、イスラム系武装勢力MILFの支配領域に立ち入ったことで、交戦状態となり、44人の警察官が死亡した。
●警察によるMILF支配領域への立ち入りは、フィリピン政府とMILFが合意していた事前通告を実施することなく行われたため、本衝突事件に至った。フィリピン政府とMILFは、本事件は偶発的に発生したものとして、ミンダナオの和平プロセスを継続する意思を明確にした。
●ミンダナオ島では、1970年代から、イスラム主義武装勢力による独立運動が激化し、武力衝突が発生していたが、アキノ政権は、2014年3月、有力な武装勢力であるMILFとの間で和平に関する包括合意に署名した。フィリピン政府は、同合意に基づき、「バンサモロ基本法」の制定、新自治政府の選挙を経て、2016年の自治政府発足を目指していた。
●しかし、本事件の発生により、①議会におけるバンサモロ基本法案の審議は中断し、このため、当初の予定どおりに法案を成立させ、大統領選と同時期の2016年5月に新自治政府の選挙を実施することが困難な見通しとなった。新自治政府の選挙が大統領選と同時期に間に合わない場合、新大統領がアキノ大統領の路線を継承しなければ、和平プロセスが白紙に戻るおそれがある。
●また、②アキノ政権は強い批判にさらされている。数人の議員、有力な宗教指導者、市民団体などが大統領の辞任を求めている。本事件の調査のため、外国投資、インフラ開発などに関する法案の審議にさらなる遅れが生じ、その成立が一層困難になるおそれもある。
●さらに、③2016年に予定されている大統領選にも影響が及ぶ可能性がある。直近の大統領候補者の支持率調査によれば、有力候補であるビナイ副大統領(前回の調査では1位)、ロハス内務自治大臣(同2位)の支持率はいずれも低下し、ポー上院議員が2位に浮上しており、ロハス大臣は、本事件の責任を追及され、さらに支持率を低下させる可能性があるが、ポー上院議員は、上院において本事件の調査を主導する役割を担っており、さらに支持を伸ばす可能性がある。
1. 事件の概要
本年1月25日、フィリピン南部ミンダナオ島のマギンダナオ州ママサパノにおいて、フィリピン国家警察の特殊部隊が、テロ容疑者を捜索中、イスラム系武装勢力「バンサモロ・イスラム自由戦士(Bangsamoro Islamic Freedom Fighters, BIFF)」の攻撃を受けた。そして、一部の警察官がイスラム系武装勢力「モロ・イスラム解放戦線(Moro Islamic Liberation Front, MILF)」の支配領域に立ち入ったことで、同武装勢力との間で交戦状態となり、44人の警察官が死亡した。
フィリピン政府とMILFは、停戦合意において、警察がMILFの支配領域に入る場合には、MILFに対して事前通告を行うことを合意していた。しかし、警察による立ち入りは、事前通告を実施することなく行われたため、フィリピン政府によれば「予期しない遭遇(misencounter)」、MILFによれば「重大な過ち(serious mistake)」により、交戦に至った。
本事件の発生後、フィリピン政府とMILFは、本事件は偶発的に発生したものとして、和平プロセスを継続する意思を明確にした上で、原因の調査を行うことで一致した。
警察が捜索していた2人のテロ容疑者は、警察長官によれば、いずれもトップクラスの重要性をもつターゲットであった。そのうちズルキフリ・ビン・イール(Zulkifli bin Hir)(通称「マルワン(Marwan)」)[*1] は、交戦中に死亡したとみられるが[*2] 、アブドゥル・バシット・ウスマン(Abdul Basit Usman)[*3] は逃亡したと考えられている。
2. 事件の背景
(1) ミンダナオ島の独立運動
ミンダナオ島には、全人口の5%を占めるイスラム教徒が集中して居住しているが、1960年代後半、マルコス政権において、大規模な開発事業とそれに伴うキリスト教移住民によりイスラム居住民の土地権が侵害されたことで、両教徒間の対立が激化した。
急進的なイスラム教青年は、1970年、ヌル・ミスアリを指導者として「モロ民族解放戦線(Moro National Liberation Front, MNLF)」[*4]を結成し、フィリピン南部の分離独立を目指して武装闘争を開始した。ミンダナオ島全域において武力衝突が続いた末、1976年、フィリピン政府とMNLFは、南部13州に自治を認めることを内容とする和平協定(トリポリ協定)を締結した。しかし、MNLFは、その後のマルコス政権の対応を不満として戦闘を再開した。
なお、トリポリ協定に反対するサラマト・ハシム派がMNLFから離反し、マギンダナオ州に軍事キャンプを設立し、1984年には、組織名を「モロ・イスラム解放戦線(Moro Islamic Liberation Front, MILF)」として、武装闘争の継続を宣言した。また、ミスアリ派に反発するアブドゥルラジャク・ジャンジャラニは、武装組織「アブ・サヤフ・グループ(ASG)」を結成した。
コラソン・アキノ政権は、国民和解を掲げてMNLFとの和平協議を進め、ミンダナオ島にイスラム教徒の自治区を認めるべく、1990年、ムスリム・ミンダナオ自治地域(Autonomous Region in Muslim Mindanao, ARMM)が発足した。ラモス政権は、MNLFと和平交渉を再開し、1996年に新たな和平協定(ジャカルタ協定)を締結し、ミスアリがARMM長官に選出された。これによりMNLFの武装解除、社会復帰、政治参加が進展した[*5]。
(2) MILFとのミンダナオ和平プロセス
しかし、ジャカルタ協定締結後も、MILFは武装闘争を継続し、エストラーダ政権下、2000年には国軍との間で激しい戦闘が行われた。その衝突は2001年1月のアロヨ大統領就任まで続き、約80万人の難民が発生した。
アロヨ政権は、MILFとの和平交渉を進め、2003年に設立者のハシムが死亡し、指導者となったムラド・イブラヒムが和平路線を取ったこともあり、2008年に武力衝突が発生したものの、2009年に停戦合意が成立した。アキノ政権は、2012年2月、和平に向けた予備交渉を開始し、同年10月、両者は最終和平への道筋を示した「枠組み合意」に署名し、さらに、2014年3月、和平に関する「バンサモロ包括合意」に署名した。これにより、和平プロセスは、「バンサモロ自治政府」の創設に向けた移行プロセスに入った。具体的には、バンサモロ包括合意を基礎とする「バンサモロ基本法」の制定、管轄領域を画定するための住民投票、ARMMの廃止と暫定移行機関の設置、新自治政府の選挙を経て、2016年の自治政府発足を目指すことになった(下図参照)。

和平プロセスが進行する一方で、MNLFのミスアリ派が、2013年9月、ミンダナオ島西部のサンボアンガに侵攻し、国軍や警察との間で交戦におよび、双方に死傷者を出すとともに、10万人を超える避難民が発生する事態となった。その背景には、MILFとの和平プロセスに参加できないMNLFの和平プロセスに対する反発があるとみられている。また、MILF強硬派の司令官アメリル・ウンブラ・カトは、2011年、MILFの和平交渉に反対して脱退し、武装組織「バンサモロ・イスラム自由戦士(Bangsamoro Islamic Freedom Fighters, BIFF)」を結成し、武装闘争を継続している。以上述べたイスラム系武装勢力の概要は下表のとおりである。
|
武装勢力 |
設立、活動開始 |
指導者 |
備考 |
|
モロ民族解放戦線(MNLF) |
1970年 |
ヌル・ミスアリ |
2013年サンボアンガ襲撃 |
|
モロ・イスラム解放戦線(MILF) |
1984年 |
サラマト・ハシム ムラド・イブラヒム |
MNLFから脱退 2014年包括和平合意に署名 |
|
アブ・サヤフ・グループ(ASG) |
1991年 |
アブドゥルラジャク・ジャンジャラニ |
MNLFから脱退、武装闘争を継続 アルカイダと協力関係 フィリピン政府の掃討作戦により弱体化、犯罪集団としての性格を強める |
|
バンサモロ・イスラム自由戦士(BIFF) |
2011年 |
アメリル・ウンブラ・カト |
MILFから脱退、武装闘争を継続 |
(出所:公安調査庁ウェブサイト、各種報道より住友商事グローバルリサーチ作成)
(3) 事件の発生
アキノ大統領は、2014年9月、バンサモロ基本法案を議会に提出した。バンサモロ基本法の成立は、新自治政府の選挙を大統領選と同時期である2016年5月に実施することを前提に、その前に十分な準備期間を置くため、2014年末または本年初めに実現することが目指されていた。しかし、本事件が発生する直前の本年1月初めの時点において、議会の審議状況に鑑み、すでに当初の予定どおりに実現することは困難とみられていた。このような状況の下、本年1月25日、本事件が発生した。
3. 事件が与える影響
(1) ミンダナオ和平プロセス
本事件は、ミンダナオ和平プロセスに重大な悪影響を及ぼす可能性がある。
本事件発生の翌日である本年1月26日、フェルディナンド・マルコス・ジュニア上院議員は、バンサモロ基本法案に関する上院公聴会を中断した。同法案の審議の中断は、本事件の調査を行うために数か月に及ぶ可能性がある。また、すでに同法案を共同提案した13人の上院議員のうち2人の上院議員[*6]が和平プロセスへの支持を撤回し、他の議員も続く可能性があるとみられる。
このため、本年6月までにバンサモロ基本法を成立させ、大統領選と同時期の2016年5月に新自治政府の選挙を実施することが困難な見通しとなった[*7]。
MILF側にとっても、本事件を経てなお和平プロセスを継続する強いリーダーシップが求められる。和平プロセスに反対するBIFF、MNLF、ASGといった武装勢力が和平プロセスを妨害する可能性があるが、本事件はBIFFによる攻撃が端緒となったことから、BIFFとMILFとの間に何らかの関係があることが懸念される。
新自治政府の選挙が2016年5月に間に合わない場合、和平プロセスは、新大統領とMILFが主導する暫定移行機関に委ねられることになる。新大統領がアキノ大統領の路線を継承せず、和平プロセスに消極的な立場をとれば、和平プロセスが白紙に戻るおそれがある。
(2) アキノ政権
アキノ政権は、本事件の発生により、議員や国民から強い批判にさらされている。
本事件の発生の端緒となった警察特殊部隊による作戦は、汚職疑惑のため停職中であったプリシマ警察長官の指示により行われたものであり[*8]、アキノ大統領、マヌエル・ロハス内務自治大臣、エスピナ警察長官代行、カタパン参謀総長は、いずれも作戦の実行を事前に知らされていなかったと述べている。なぜこのような意思決定が行われたのか十分な説明はなされておらず、アキノ大統領とロハス大臣の監督責任が問われる。数人の議員、有力な宗教指導者、市民団体などが同大統領の辞任を求めており、大規模な抗議デモが起こる可能性もあるため、アキノ政権は最大の危機に直面しているとも言われる。
また、アキノ政権は、2016年に任期を終えるため、すでにレームダック化が指摘されていたところであるが、本事件の調査のため、外国投資、インフラ開発などに関する法案の審議にさらなる遅れが生じ、その成立が一層困難になるおそれがある。
(3) 大統領選
本事件は、2016年に予定されている大統領選にも影響を及ぼす可能性がある。
民間調査会社パルス・アジアが2014年9月に実施した大統領候補者の支持率調査によれば、ジェジョマール・ビナイ副大統領(野党)の支持率が31%と最高で、アキノ大統領の後継者とされるロハス内務自治大臣(与党)の支持率は13%で2位であったが、同年12月に実施した調査では、ビナイ副大統領の支持率は、マカティ市長時代の汚職疑惑が影響したこともあり、26%に低下し、ロハス大臣の支持率は6%と低下し、6位に転落した。一方で、グレース・ポー上院議員(無所属)[*9]が支持を伸ばし、前回の10%から18%に上昇し、4位から2位に浮上した(下表参照)。

ロハス大臣は、本事件の責任を追及され、さらに支持率を低下させる可能性がある。一方で、ポー上院議員は、上院において本事件の調査を主導する役割を担っており、さらに支持を伸ばす可能性がある。ユーラシア・グループによれば、ポー上院議員の上院委員会での活動によっては、
アキノ大統領は、ロハス大臣ではなくポー上院議員を後継者として支持する可能性がある[*10]。
以上
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[*1] イスラム系過激組織「ジェマ・イスラミア(JI)」の中心人物。その逮捕について米国政府から500万ドルの賞金が掛けられていた。
[*2] FBIによるDNA鑑定の結果、さらなる検証が必要であるが、死亡した可能性が高いとされた。
[*3] JIおよびBIFFの関係者であり、爆弾製造の専門家。その逮捕について米国政府から100万ドルの賞金が掛けられていた。
[*4] 「モロ」とは、スペイン人がフィリピン南部のイスラム教徒に対して用いた蔑称だったが、イスラム教徒がフィリピン人とは異なるアイデンティティを示すために自称するようになった。
[*5] 2001年、反ミスアリ派がミスアリの議長解任を決定した。ミスアリ派は、同年末、スールー州で武装蜂したが、国軍に鎮圧され、ミスアリは拘束された(2008年4月に釈放)。
[*6] アラン・ピーター・カエタノ上院議員とジョセフ・エヘルシト上院議員(エストラーダ元大統領の息子)。
[*7] 2015年1月30日付Oxford Analytica Daily Brief 「Philippine police shooting risks Mindanao peace effort」参照。This article is reprinted with the permission of Oxford Analytica Ltd © Oxford Analytica 2015'. "Philippine police shooting risks Mindanao peace effort", The Oxford Analytica Daily Brief ®, January 30 2015 Copyright 2015 by Oxford Analytica Ltd: All Rights Reserved.
[*9] 2004年の大統領選でアロヨ候補に敗北した後、急逝したフェルナンド・ポー氏(フィリピンを代表する映画俳優)の娘。
[*10] Ambika Ahuja「Botched security operation will weaken Aquino」(本年2月6日付Eurasia Group Note)参照。
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