マレーシア:ナジブ政権と野党連合が直面する問題

2015年04月15日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也

概要

●ナジブ政権は、以下の問題に直面しており、支持率の一層の低下が懸念されている。

 ①1MDB社の巨額の負債と不正経理の疑惑

 ②扇動法の改正法およびテロ防止法の成立(さらなる言論抑圧の懸念)

 ③マハティール元首相からの退任要求

●もっとも、近い将来においてナジブ首相が退任する可能性は低い。

●一方、野党連合は、以下の問題に直面しており、その結束に回復不可能なほど深刻な亀裂が生じることが懸念されている。

 ①クランタン州におけるイスラム刑法を実施する改正法の成立

 ②野党3党の指導者の引退

●このため、近い将来、野党連合は再編されるとの見方もある。

●次期下院選挙は2018年に予定されている。次期選挙までナジブ政権は存続するとみられる一方、野党連合は現時点とまったく異なる状態になっている可能性がある。

 

 

1. ナジブ政権の状況

(1) ナジブ政権の状況

 ナジブ政権は、本レポート作成時点において、以下述べるとおり、深刻な影響を与える可能性がある問題に直面しており、支持率の一層の低下が懸念されている。なお、ナジブ政権の支持率は、2015年1月時点で44%まで低下している[*1]

 

(2) ナジブ政権が直面する問題

(ア)1 Malaysia Development Berhad(1MDB)社[*2]の巨額の負債と不正経理の疑惑

 ナジブ政権が抱える不安材料のうち最も深刻なものは、1MDB社の総額約420億リンギ(約115億ドル)に上る巨額の負債と不正経理の疑惑である。

 1MDB社の債務総額は、2015年の国家予算(歳出額2,700億リンギ)の16%に相当する。マレーシアの対外債務は2014年12月末時点でGDP比54.5%に達しているところ(マレーシアの債務上限は55%)、本件債務問題は、マレーシアのソブリン格付けと通貨リンギの評価に影響を与える可能性がある。格付会社フィッチ・レーティングスは、2015年3月18日、マレーシアのソブリン格付けを下方修正する確率は50%以上と述べている[*3]

 また、不正経理の疑惑について、2015年3月4日、ナジブ首相は、会計監査院に対して1MDB社の監査を実施するよう指示した。同首相は、会計監査院の報告は、超党派の会計委員会(Public Accounts Committee)により検査され、不正行為が発覚した場合には法的措置がとられることになる旨述べている[*4]

 

(イ)扇動法の改正およびテロ防止法の成立

 マレーシア連邦下院は、2015年4月10日、ナジブ政権が提出した扇動法(The Sedition Act)の改正法を可決した。改正法の下では、旧法で最長3年とされた禁固刑が最短3年、最長20年に延長されるなど、刑罰が強化されている。扇動法は、英国植民地時代の1948年に成立した法律であり、政府が言論を抑圧するために利用してきたとの批判があったため、2012年の時点では、ナジブ首相は同法の廃止を約束していた。しかし、同首相は、「状況の変化」を理由に今般の改正が必要である旨説明した[*5]

 また、マレーシア連邦下院は、2015年4月6日、ナジブ政権が提出したテロ防止法(The Prevention of Terrorism Act)を可決した。同法は、裁判を経ることなく、容疑者を警察の判断で59日間拘束し、当該拘束がテロ防止委員会の判断によって無制限に延長されることを認めている。ナジブ政権は、2011年、裁判を経ることなく容疑者を拘束することを認める保安法(The Internal Security Act)を廃止しているが、今般、「イスラム国」に関与するテロリストを取り締まることを理由に同法を成立させた。なお、同法が成立する数時間前、「イスラム国」に関与した疑いがあるとして17名の容疑者が逮捕されている。

 政府は、これまで、扇動法を適用することにより、政府を批判する政治家、ジャーナリスト、弁護士を多数逮捕してきた[*6]。その中には、アンワル元副首相の長女であり、野党人民正義党(PKR)の有力者であるヌルル・イザー・アンワル(Nurul Izzah Anwar)氏、有力紙「The Malaysian Insider」の5名のスタッフ、風刺漫画家のズナル(Zunar)氏が含まれる。かかる状況を背景に、国民の間では、政府が改正扇動法とテロ防止法を適用することにより批判的言論をさらに抑圧することが懸念されている。

 

(ウ)マハティール・ビン・モハマド(Mahathir bin Mohamad)元首相からの退任要求

 ナジブ首相は、2009年の就任以来、「一つのマレーシア」をスローガンに掲げ、民族融和を優先課題とし、市場志向的な「新経済モデル」の導入を図ってきたが、かかる政策は、マハティール元首相ら統一マレー国民組織(UMNO)の保守派から批判されてきた。このため、同首相は、2013年9月に発表したブミプトラ政策の強化にみられるように改革路線の修正を行っているが、UMNO内部の対立は続いているとみられる。

 2015年4月2日、マハティール元首相は、ナジブ首相の退任を求める声明を発出した[*7]。同元首相は、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加に反対するなど、ナジブ政権の政策を批判してきたが、公然と退任を要求するのは初めてである。なお、同月9日、ナジブ首相は、退任を拒否し、引き続き政権を運営していく意思を明らかにした[*8]

 

(エ)その他

 ナジブ政権は、2015年4月1日、物品・サービス税(GST)を導入した。これは、マレーシアの対外債務が拡大していることから、財政健全化を目的として実施されたものである。

 国民からは反発の声が上がっており、導入前の同年3月23日には、スランゴール州クラナジャヤの税関前で100名を超える市民による反対デモ活動が発生した[*9]。このため、GST導入の結果として、政権の支持率が低下する可能性がある。

 

(3) ナジブ政権の今後

 上記(2)の問題にもかかわらず、現時点でナジブ首相が退任する動きはない。マハティール元首相の批判にもかかわらず、多くのUMNOの指導者はナジブ首相を支援する旨表明している[*10]。仮にナジブ首相が退任した場合、ムヒディン・ヤシン(Muhyddin Yassin)副首相が首相に就任する(その場合、将来の首相候補として有望視されるヒシャムディン・フセイン(Hishammuddin Hussein)国防相[*11]が副首相に就任するとみられる)のが順当とみられるが、同副首相はナジブ首相に対する批判を控えている[*12]。以上に鑑みると、近い将来においてナジブ首相が退任する可能性は低いとみられる。

 

 

2. 野党連合(PR)の状況

(1) 野党連合の状況

 野党連合は、本レポート作成時点において、以下述べるとおり、その結束に深刻な影響を与える可能性がある問題に直面している。

 

(2) 野党連合が直面する問題

(ア)イスラム刑法を実施する改正法の成立

 野党連合を形成する3党は、それぞれ支持者と価値観が異なるところに(下表参照)、従来、それぞれの党の政策の不一致もあり、その結束を弱体化させるリスクが指摘されてきた。

 

政党

支持者

価値観

指導者

議席数※

汎マレーシア・イスラム党(PAS)

多民族(イスラム教的な価値を重視するため、マレー人が多い)

イスラム主義

党首:ハディ・アワン

21

人民正義党(PKR)

多民族(マレー人(中産階級)が多いが、華人も多く、2008年選挙後、インド人が増加)

アンワル派

党首:ワン・アジザ

副党首:アズミン・アリ

29

民主行動党(DAP)

多民族(華人が多い)

中道左派

党首:タン・コクワイ

書記長:リム・グアンエン

37

 ※2015年2月23日現在。なお、同日現在、与党連合の議席数は134、野党連合の議席数は87。

 (出所:各政党およびマレーシア議会のウェブサイト、各種報道より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 特に、野党PASが主張するイスラム刑法の導入に対しては、野党DAPおよびPKRは強く反対してきた。かかる状況において、2015年3月19日、クランタン州議会は、野党PASが提出したイスラム刑法を実施するための改正法を可決した[*13]。同改正法には、石打ち、むち打ち、手足の切断などを伴う身体刑(Hudud)が規定されており、野党DAPおよびPKRは、同改正法の成立を強く非難している。本件改正法の成立により生じた野党間の対立は深刻であり、その結束に致命的な亀裂を生じさせる可能性がある[*14]

 

(イ)野党3党の指導者の不在

 2015年2月10日、野党連合の指導者であるアンワル・イブラヒム(Anwar bin Ibrahim)元副首相の同性愛容疑をめぐる裁判について、同氏の有罪判決が確定した[*15]。刑期終了後にアンワル氏が政界復帰する可能性は低い。アンワル氏は、その指導力とカリスマをもって、支持者と価値観が異なる野党3党を結束させる役割を担ってきた。野党連合は、当該有罪判決により強力なリーダーを失ったことになる。アンワル氏に代わる指導者が同氏に匹敵する指導力を発揮できるかは不明である[*16]

 これに加えて、PASの精神的指導者であったニック・アジズ(Nik Abdul Aziz Nik Mat)氏が2015年2月12日、DAPの党首であったカルパル・シン(Karpal Singh)氏が2014年4月に死去した。

 これまで野党連合の協力に強くコミットしてきた野党3党の指導者の不在は、野党連合の結束を弱体化させる可能性がある[*17]

 

(3) 野党連合の今後

 上記(2)の問題により、野党連合の結束に回復不可能なほど深刻な亀裂が生じる可能性がある。近い将来、野党連合は崩壊し、再編されるとの見方もある[*18]

 

 

3. 今後の見通し

 次期下院選挙は2018年に予定されている。

 現時点で、ナジブ首相が近い将来退任する可能性は低い。したがって、1MDB社の不正経理が会計検査院によって認められるといった事態により、状況がさらに悪化しない限り、次期選挙の時点までナジブ政権は存続するとみられる。

 一方、野党連合は、近い将来、崩壊し、再編される可能性がある。このため、次期選挙では、野党連合は現時点とまったく異なる状態になっている可能性がある。 

以上

 

 

 

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[*1] Merdeka Center「Public Opinion Survey 2015」参照。

[*2] マレーシア政府の投資会社。ナジブ首相がアドバイザリー・ボードの議長を務めている。

[*3] 2015年3月18日付Bloomberg記事「Fitch Sees More Than 50% Odds of Malaysia Downgrade on 1MDB」参照。

[*4] 2015年3月4日付The Wall Street Journal記事「Malaysian Leader Orders Auditor to Verify 1MDB Accounts」参照。

[*5] 2015年4月10日付Reuters記事「Malaysia toughens sedition law to include online media ban, mandatory jail」参照。

[*6] 4月11日付The Economist記事「Malaysia regulations: Lurch to illiberalism」によれば、2015年1月から3月までの間に36名が逮捕されている。

[*7] マハティール元首相のブログ参照。退任を求める理由として、1MDBの負債問題、アルタントゥヤ氏殺害事件への関与等が挙げられている。

[*8] 2015年4月9日付The New Straits Times Online記事「Full transcript of PM Najib interview」参照。

[*9] 2015年3月23日付The Malaysian Insider記事「Anti-GST protesters waiting for answers from Customs」参照。

[*10] 2015年4月10日付The Star記事「Umno leaders voice support for PM despite Dr M’s criticisms」参照。

[*11] 住友商事グローバルリサーチ「マレーシア:次世代のリーダーは誰か?-ヒシャムディン国防相が1位」(2015年3月18日付調査レポート)参照。

[*12] 2015年4月14日付The Straits Times記事「Mahathir attacks Najib: Spotlight on Deputy PM Muhyiddin's stance on leadership issue」参照。

[*13] 2015年3月19日付The Star Online記事「Big day for Kelantan hudud move」参照。

[*14] 2015年4月4日付The Economist記事「Riding a tiger」参照。

[*15] 2015年4月1日、王立恩赦委員会は、アンワル氏の親族による恩赦請求を却下した。

[*16] 住友商事グローバルリサーチ「マレーシア:アンワル元副首相の有罪判決の確定」(2015年2月23日付調査レポート)参照。

[*17] 2015年3月17日付Oxford Analytica Daily Brief 「Malaysian opposition fracture may be unavoidable」参照。This article is reprinted with the permission of Oxford Analytica Ltd (c) Oxford Analytica 2015'. "Malaysian opposition fracture may be unavoidable", The Oxford Analytica Daily Brief, March 17, 2015 Copyright 2015 by Oxford Analytica Ltd: All Rights Reserved.

[*18] 前掲注17参照。

 

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