スペイン経済の成長は続くか

2017年09月28日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
伊佐 紫

◇要旨

 スペインは2014年、欧州債務危機時のマイナス成長から脱し、2015年以降堅調に成長を遂げユーロ圏の成長を牽引している。成長を支えているのは、堅調な個人消費、民間投資、輸出の増加である。政府が2012年から実施した労働改革は、企業の労働コストの低下や競争力の向上をもたらし輸出を増加させると同時に、失業率の低下や賃金上昇をもたらし家計消費を増加させた。また、ECBの金融緩和策を背景とするユーロ安による自動車や鉄道車両などの輸出の増加や観光業の好調さ、非ユーロ圏からの直接投資の増加も成長に寄与した。

 

 スペイン経済の成長が今後も持続するかどうかは、①労働市場、②財政赤字、③政府の債務残高、④カタルーニャ自治州の政治的安定にかかっている。

 

 

◇経済構造

 スペインの2016年の成長率は3.2%で、ユーロ圏平均の1.7%、ドイツの1.8%を大きく上回った。スペイン経済は欧州債務危機時に成長率がマイナス2.9%と大きく落ち込み2013年後半に景気は底打ちしたが、2014年初めには家計消費、総固定資本形成、輸出の伸びがそれぞれ加速しプラス成長に転化した。特に、輸出が輸入の伸びを上回って増加し、2011年には純輸出が黒字に転化し、それ以降増加している。

 

 支出別GDP構成比(2016年)は家計消費が57%、政府支出が19%、総固定資本形成が20%、外需が3%である。輸出のGDPに占める割合は2012年の30%から2017年第2四半期に34%に増加した。

 

図表1 実質GDP寄与度(支出別)の推移(出所:スペイン統計局より住友商事グローバルリサーチ作成)

 図表2 GDP成長率の推移(出所:実質GDP成長率:IMF WEO, 潜在成長率:欧州委員会Economic Forecast, Spring 2017より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 経常収支をみると、サービス収支は旅行サービスの受け取りが多いためもともと黒字であったが、2012年以降はユーロ安を背景に黒字幅が拡大した。また、貿易収支は輸出の増加に伴い2012年以降赤字幅が縮小したため、経常収支は2013年に黒字に転化し、それ以降黒字となっている。

 

図表3 経常収支の推移(出所:スペイン中銀より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

◇成長の要因

 成長の原動力となった個人消費、民間投資、輸出の増加の要因には、①労働改革、②インフラ輸出、③ユーロ安が挙げられる。

 

 第一に、労働改革による企業の労働コストの低下と競争力の向上である。スペインでは正社員の解雇規制や正規及び非正規社員間の待遇の格差といった問題が長らく企業の生産性向上を阻んできたため、民主党(PP)のラホイ政権は2012年の労働市場改革法を契機に継続的で広範な構造改革を実施した。その内容は、正社員を保護してきた高額な解雇補償金の引き下げや集団解雇の基準の緩和など雇用調整や賃金交渉の柔軟化などである。これにより一時的に生産コストが上昇し、失業者が増加したが、その後企業の労働コストは低下し競争力が向上した結果、輸出が増加した。また、労働改革の効果は家計部門にも波及した。企業の業績回復により自動車産業を中心に雇用環境が改善し、20%を超えていた失業率は2012年から徐々に低下した。これに伴い賃金も徐々に上昇し、個人消費が増加した。

 

図表4 労働コストの推移(出所:Eurostatより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表5 失業率の推移(出所:Eurostatより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 第二に、政府はトルコ、ブラジル、フランス、台湾などに向けて鉄道車両などのインフラ輸出に注力し、輸出が増加した。

 

 第三に、ECBの金融緩和策を背景とするユーロ安が輸出の増加を後押しした。ユーロ圏の景気回復に加え、中国、日本、南米、北米などの非ユーロ圏の需要が増加し、自動車や自動車部品を中心に輸出が増加した。また、2014年以降は、特に、米国、カナダ、メキシコ、チリ、日本などからスペインへの直接投資が急増し、自動車関連を中心に工場の設備投資が拡大した。加えて、ユーロ安に伴う観光業の伸びも成長に寄与した。

 

図表6 輸出額の推移(出所:スペイン経済省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

図表7 国別FDIストック(2016)(出所:スペイン中銀より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

◇スペイン経済は近年のような成長を持続できるか

 IMFの見通しは2017年に2.6%、2018年に2.1%、2019年に2.0%。欧州委員会の算出した潜在成長率の0.6%(2017年)、0.8%(2018年)を大きく上回るが、IMFは成長の勢いは2018年、2019年にかけて徐々に落ち着くとみている。

 

 近年の高い成長は、自律的な成長加速というよりも、むしろ過去の落ち込みからの回復であり、かつ、他のユーロ圏各国の成長ペースが緩やかであるためにかえって高い成長に見えてしまう状況といえる。一方、労働改革のような痛みを伴う構造改革により企業の競争力が向上し、雇用環境が改善したことは今後も成長を下支えし、スペイン経済は今後数年間、緩やかなペースで成長を続けるだろう。

 

 ただし、次に挙げるような成長を阻害する要因もある。

 

 第一に、失業率の高止まりである。失業率は依然20%を切ったところでユーロ圏平均を大きく上回る。特に、若年層の失業率は40%前後と高止まりしており、企業や家計部門の景気回復の足かせとなっている。

 

 第二に、財政赤字が続いている点である。緊縮財政の実施により財政赤字の対GDP比は低下しているが、2016年に5.1%に達しておりEU上限である3%を達成できていない。このため政府は、過剰財政赤字是正措置(Excessive Deficit Procedure、EDP)の下、引き続き緊縮財政の実施を余儀なくされる。

 

 第三に、政府の債務残高の高止まりである。政府の債務残高対GDP比は低下しているが、2016年に依然として99%近くあり、EU上限である66%を大きく上回る。政府支出はこれまで成長を下支えしてきたが、政府債務残高の高止まりにより財政の引き締めを緩める余地は少ない。

 

 第四に、カタルーニャ自治州の独立を問う住民投票の実施をめぐる政治の不安定さである。カタルーニャ自治州の独立を巡っては、スペイン政府とカタルーニャ自治州は長年にわたり深刻に対立している。10月1日に実施予定の住民投票について、9月6日、カタルーニャ自治州議会は投票の実施を賛成多数で可決したが、スペイン政府は投票の実施は違憲として阻止する構えを見せている。2014年に実施された住民投票では、有権者の33%にあたる230万人が投票し、そのうち約8割が独立を支持したが、投票率が低かったためスペイン政府はこれを憲法違反として認めず、両者間の隔たりは深まっている。

 

 事前調査によると、今回の投票率は50%超える見込みで、賛成票を投じると回答した人は41%に上る。英国のEU離脱などの影響もあり前回よりも独立に対する気運が高まっており、政治が一層不安定化する可能性がある。カタルーニャ自治州はスペイン経済の約5分の1、人口の約7分の1を占めるスペインにとって一大経済圏である。独立が実現すれば、税収入の構造や予算の分配など両者の経済に構造上の変化をもたらし、経済状況が不安定化する恐れがあるだろう。

 

図8 政府債務残高と財政収支の対GDP比の推移(出所:IMF, WEOより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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