商品:米国の原油増産を阻むインフレとサプライチェーン問題~ダラス連銀エネルギー調査(2022Q2)~

2022年06月29日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美

 

米国原油生産の鈍い回復

 

 原油価格はロシアがウクライナに侵攻した2月下旬以降、1バレル=100ドルの大台を超える高値での推移が続いている。米国では11月の中間選挙を前に、ガソリン価格の高騰・インフレが大統領支持率低下に直結しており、バイデン政権はOPECプラスに増産を呼びかけたり、戦略石油備蓄を放出したりするなど必死の価格抑制策を相次いで打ち出している。ところが、米国は世界最大の産油国であるにもかかわらず、肝心の国内原油生産の伸びは鈍い。

 

 今回は6月23日にダラス連邦準備銀行(本拠地:テキサス州ダラス)が発表した四半期報告書「Dallas Fed Energy Survey」から、テキサス周辺地域のエネルギー会社の現状認識と課題感などについてみていく。今回の調査は6月8日から16日にかけ実施され、エネルギー企業計137社(内訳:石油・ガスの生産事業者85社 および油田・ガス田サービス事業者52社)の回答をもとに報告書がまとめられている。

 

 

米国原油生産(週次、速報値)(出所:米国エネルギー情報局(EIA)より住友商事グローバルリサーチ(SCGR)作成)

 

 

米国:石油&ガス掘削リグ稼働数(出所:Baker  Hughes, Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

ダラス連銀エネルギー調査について(出所:住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

企業活動指数は急上昇

 

 本稿では、主に四半期での景況感変化についてみていく。

 

 まず、本調査で最も広範な企業活動の動向を示す企業活動指数(Level of Business Activity)では2022年第2四半期は57.7と、前期の56.0から上昇し、調査開始以来最高の数値となった。内訳をみると、事業活動が前期よりも増加(活発化)したとの回答が62.8%、減少したとの回答が5.1%で、この差が57.7%ptであった(不変は32.1)。ただし、石油・ガスの生産事業者の指数は49.4(増加55.3、減少5.9、不変38.8)であるのに対し、サービス会社は71.2(増加75.0、減少3.8、不変21.2)と比較的差が大きい。生産企業とサービス企業ともに企業活動は拡大しているが、「増加」と答えた企業の割合はサービス会社では前期の72%から75%に増える一方、生産企業では前期の57.1%から55.3%に低下している。原油・ガス価格が高騰している割には、生産企業の景況感の回復が鈍いことがわかる。

 

 

企業活動指数(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 

上記指数は事業環境の全体を示す総合指数だが、より具体的に項目と回答の集計をまとめると以下のようになる。

 

 

2022年第2四半期(有効回答数に占める比率)(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

石油・ガス生産

 

 生産(E&P)企業に対して、原油・ガス生産が前期比で増えたか、減ったかを問う設問では、指数はそれぞれ32.6、35.3となった。前期比で「生産が増えた」との回答が多いが、「減った」という回答が前期に比べやや増えている。2021年以降、原油・ガスともに価格は2倍以上となっているが、回答者の約半数近くが生産は前期比で「変わらない」と答えている。

 

 

石油・ガス生産(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

コスト

 

 コストを示す指数はこれまでみてきた指数と比べ、目覚ましい勢いで上昇している。生産(E&P)企業の探査開発コスト指数は前期の56.0から70.6に、リース費用(ポンプの運転・水の処分・修理やメンテナンスなど井戸を運営するための費用)は同58.9から74.1に大幅上昇。サービス会社の投入コスト指数(原材料その他資材費。人件費は除く)は77.1から88.0に跳ね上がり、「低下」の回答はゼロとなっている。サービス対価(Prices received for services)も上昇してはいるものの、コスト上昇ペースの方が早い。サービス会社の収益性(Operating margin)の指数は過去最高の32.7となったが、コスト上昇が収益性を圧迫していることがうかがえる。

 

 

コスト(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 

納期

 

 企業が資機材やサービスの納入を受けるまでの時間が長くなっているようだ。自由回答欄でも、リグ・掘削機材・ポンプ・モーター、油井管、燃料などさまざまな資機材や人員の不足を訴える声が多く上がっており、増産を妨げる大きな要因となっていることがわかる。サービス会社が顧客に製品・サービスを提供するまでの時間(Lag time) も増加(長期化)という回答が増えており、設備稼働率の指数は66.7まで上昇している。

 

 

納期(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

設備投資

 

 設備投資に関する問いでは、「(前期比で)増えた」という回答が多くなっている。ただここでも、生産企業の指数48.2、サービス企業59.6と開きがある。生産企業のみに対する設問では、足元の設備投資状況(前期比)よりも、「翌年の設備投資(Expected level of CAPEX in 2 years)」の方が増加の回答が幾分多くなっている。

 

 ただ、自由回答欄では、生産企業から「資材やサービスの入手が著しく遅れており、コストも大幅に増加。景気後退も近づいており、新たな事業への投資は近々停止する」「(連邦政府が)反化石燃料・反パイプラインの姿勢であるため大規模プロジェクトを追求しない」「投資家が戻ってこない。石油ガスが高価格でも資金調達は容易でない。上場企業の投資家の要求が多い」「クリーンエネルギーへのシフトを追求する政府からは、石油とガスはもはや必要でないというメッセージが伝わってくる。経験豊富な従業員は油田を去ってしまった。簡単なことを仕上げるのに数週間かかる」など、コスト上昇やサプライチェーンの問題、規制の不確実性、景気後退と需要低下の懸念、投資家の姿勢、人員不足やスキルの喪失などが投資抑制要因として挙がっている。サービス会社からも顧客の慎重姿勢に対する驚きの声が上がっている。

 

 

設備投資(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

労働市場

 

 従業員数(フルタイム・パートタイム・契約社員含む)については、生産企業は「増加」の回答が減り、「不変」の回答が増えたことで指数は前期比で低下。上で述べたように、自由回答では、過去数年の価格低迷や化石燃料に対する規制強化、エネルギー転換などで技術者や熟練労働者が失われ、人材確保に苦慮する声が多く上がっている。サービス会社は「増加」の回答が増えている。賃金・福利厚生(Wages and Benefits)の指数でもサービス会社の上昇が目立ち、指数は過去最高の67.3となっている。

 

 

労働市場(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

見通し

 

 6か月後の見通しを問う設問では、生産企業63.3、サービス企業70.0とともに前期より改善しているとの回答が多数。不確実性の指数は生産企業で「上昇」、サービス企業は「低下」しているが、指数はいずれも前期に比べると低い。前回調査はロシアのウクライナ侵攻後の3月(調査期間は3月9日~17日。WTI原油価格は3月に入り1週間で35ドル上昇し、7日に130.5ドルの高値を付けている)だったため、ロシア・ウクライナ情勢や経済制裁、経済への影響などが当時よりは見えてきた、という意味での「不確実性低下」という回答もあったと思われる。実際、3月時点の年末原油価格予想では「200ドル」から「50ドル」まで極端に幅が広かったが、今回の乖離はそこまで大きくなかった。逆に、今回はガス価格予想で開きが大きく、原油・ガスともに価格高止まりの予想が顕著に増えた。

 

 自由回答では「不確実性」という単語が少なからず見受けられる。興味深かった回答は、「最大の不確実性は地下(回収率、石油ガス比率、事業コストなど)ではない。最も高い不確実性は地上(政治、超過利潤税、リース禁止、製品価格、インフレ、納期、資機材の可用性、請負業者の可用性、資金調達)にある」「政府は主要パイプラインプロジェクトを潰し、石油供給を増やすために外国の独裁者と交渉し、OPECに増産を懇願するなど非常に非論理的で、敵対的かつ不合理な環境でビジネス上の意思決定を行うのは困難」「政権・政策・スタンスを巡る不確実性が続いており、特に長期プロジェクトでは政策変更に振り回されたくないため予算を支出していない」などのコメントが出ている。

 

 

見通し(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

原油・ガス価格

 

 「2022年末のWTI原油価格・Henry Hub天然ガス価格はいくらだと予想するか」という設問もある。この調査が行われた6月8~16日の平均価格は原油1バレル当たり119.56ドル、天然ガス1mmbtu当たり 8.38ドルだった。回答をみると、WTI原油は中央値101.25ドル、平均107.93ドルとなっているが、100~109.99ドルの回答が30%、120~129.99ドルが17%など比較的分散しており、下落予想が上昇の予想よりもやや多くなっている。大混乱のさなかにあった前期ほどではないが、最高160ドル、最低65ドルと上下で100ドル近い差があり、過去の傾向から見ても「見通しが立ちにくい」状況がうかがえる。

 

 年末の天然ガス価格予想は中央値1mmbtu当たり 7.50ドル、平均7.55ドルだった。「おおむね現状維持」8ドル台の回答が多く、9ドル超の回答は全体の24%にとどまるが、予想の最高値と最安値の乖離はこれまでの調査で最大になっている。

 

 

原油・ガス価格(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

サプライチェーンの混乱による悪影響は長引く見通し

 

 最後に、「Special Questions」として、その時々のトピックスに関する質問があり、興味深い結果が得られている。

 

 生産(E&P)企業とサービス会社双方に対する設問で、「サプライチェーンの問題により受けている影響」では、「若干ネガティブ」「非常にネガティブ」という回答がそれぞれ47%と合計9割以上に達している。この問題が解消される時期についても、66%が「1年以上かかる」と答えており、「半年以上」との回答が8割を超えた。

 

 

アンケート結果①(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

 また、5つの項目(人材、ドリルパイプやケーシングなどの鋼管類、設備、砂、化学品)について、「現在の可用性(availability)を5段階で評価してください」という問いでは、「大幅に不足」の回答が最も多い(50%)のは鋼管類であった。実に9割が供給不足と答えている。設備では8割超、人材・砂は65%が不足と答えた。

 

 「見通しに対する不確実性の根源は」との問いについては、「労働力不足・コストインフレ・サプライチェーンのボトルネック」という回答が46%と多く、次いで政府の規制を巡る不確実性(27%)、石油価格のボラティリティ(20%)という結果だった。新型コロナウイルスを不確実性の根源とする回答はなかった。

 

 3月の前回調査では、「石油価格高騰にもかかわらず、上場石油会社が成長を抑制している主な理由は何か」との問いに対し、59%が「資本規律維持を求める投資家の圧力」、11%が「ESGの問題」、10%が「資金調達の制約」と答え、人手不足・機器調達の問題・サプライチェーンの問題などは「その他」の15%に含まれていた。設問が異なるため単純比較はできないが、前回よりも「供給制約」に対する懸念が深まっている印象を受ける。

 

 今回の調査で「多くのアナリストは、米国の原油生産量は2021年12月~2022年12月の1年間で日量100万バレル近く増加すると予想しているが、貴社は米国の原油生産はどのくらい増えると思うか」との問いに対して「そんなに増えない」という回答が7割を超えた。生産企業に対して「現行計画以上に井戸を掘削・完成させるとしたらどのくらい時間を要するか」と問うと、33%は「4~6か月」、約60%は「半年以上」と答えている。総じて、ダラス連銀管轄区のエネルギー企業は、米国原油生産の見通しに対して慎重な見方であることがうかがえる。

 

 

アンケート結果②(出所:Federal Reserve Bank of Dallasより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

以上

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