「イラン:第14期大統領選挙実施、バーレーンとの関係改善へ」中東フラッシュレポート(2024年6月後半号)
調査レポート
2024年08月15日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2024年8月9日執筆
1.イラン:大統領選挙の第1回投票が行われる
6月28日、イランで第14期大統領選挙の第1回投票が実施された。選挙結果でまず注目されたのは、39.93%というその投票率の低さで、イスラム革命以降の過去45年間に行われた選挙の中で最低となった。また、抗議の意思を示す無効票/白票も100万票を超え(全投票数の4.3%)、現イスラム共和国体制や、もしくは現体制下での選挙のやり方に対する国民の不満が高まっていることが明白となった。
当初、知名度も高くハメネイ最高指導者の覚えめでたいガリバフ国会議長が大統領候補の本命ではないかとみられていたが、結果を見れば得票数で3位。候補者の誰も得票率が50%に達しなかったため、その1週間後に得票率上位2名による決選投票が実施されることになったが、決選投票には改革派で唯一今回の選挙に立候補が許されたペゼシュキアン氏と保守強硬派のジャリリ氏が駒を進めた(その後、7月5日に決選投票が実施され、ペゼシュキアン氏が大統領に選出された)。
2.イラン/バーレーン:二国間関係改善へ
6月23日、バーレーンのザヤニ外相がイランの首都テヘランを訪問してバーゲリ・キャニ外相代行との会談を実施し、二国間の国交正常化と、バーレーン国内にあるイランの凍結資産の凍結解除について協議を開始することで合意した。
バーレーンは、2016年1月にサウジアラビアがイランとの国交を断絶したのに同調して、イランとの国交を断絶した。サウジアラビアはその後、2023年3月に中国の仲介でイランとの国交を正常化させた。今回バーレーンは、ロシアを仲介役としてイランに国交正常化を打診したとのこと。なお、ザヤニ外相はこれに先駆けて、故ライーシ大統領の葬儀出席のため5月下旬にもイランを訪問していた。
3.イスラエル:超正統派ユダヤ教徒の徴兵開始を発表
6月25日、イスラエルの高等裁判所は、超正統派ユダヤ教徒の神学生も軍に徴兵されなければならず、軍に入隊しない学生の通う神学校は政府からの資金援助を受けられない、との判決を下した。この判決を受けてイスラエルの検事総長は国防当局に対し、超正統派ユダヤ教徒の学生3,000人をただちに軍に採用するよう命じた。
超正統派ユダヤ教徒はユダヤ教の宗教戒律を厳格に守って生活する人たちで、その多くは一生を聖書の勉強に費やし、働かずに政府からの補助金で生計を立てている。超正統派ユダヤ教徒は、1948年のイスラエル建国以来、兵役を免除されてきた。しかし、建国当初に兵役免除が認められたのはわずか400人だったが、今や毎年1万人以上の神学生が兵役を免除されている事態になっている。2023年10月から続くガザ戦争で、イスラエル兵の死者数は既に600人を超えており、世俗派の人たちの間で超正統派の徴兵免除に対する不満が高まっている。
4.イスラエル:防衛輸出額が3年連続記録更新
6月17日、イスラエル国防省傘下の防衛協力輸出庁(SIBAT)は、2023年のイスラエルの防衛輸出総額が130億ドルを超え(うち35億ドルはドイツに売却したアロー3ミサイル防衛システム)、3年連続で新記録を達成したことを発表した。2018年は75億ドルだったので、5年間で約2倍に増加したことになる。内容的には、全体の36%を防空システムが占め、レーダーおよび電子戦システムが11%、発射装置が11%、兵器・弾薬などが8%だった。
なお、2023年の防衛輸出相手国の地域別割合では、48%がアジア大洋州、35%が欧州、9%が北米、3%が中南米、3%がアブラハム合意参加国(UAE、バーレーン、モロッコ)、1%がアフリカとなっている。
5.サウジアラビア:猛暑の中の大巡礼(ハッジ)で1,301人が死亡
6月23日、サウジアラビアの保健省は、6月14日からのメッカへの大巡礼(ハッジ)の期間中に、酷暑による熱中症などが理由で1,301人が亡くなったと発表した。今年のハッジには国内外から180万人以上の巡礼者が参加しており、日中炎天下の中、人々は長距離の巡礼順路を徒歩で移動していた。死亡者のうち658人がエジプト人(多くがライセンスを持たない旅行業者による無許可での巡礼だったとのこと)、インドネシア人が144人、その他にもヨルダン人、チュニジア人、インド人、パキスタン人などが大勢亡くなった。巡礼地のメッカでは、6月17日に最高気温51.8度を記録している。
6.スーダン:世界最悪の難民危機が発生しているスーダン内戦
2023年4月にスーダン国軍(SAF)と西部ダルフールを拠点とする準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」との間で始まった内戦は、当初米国とサウジアラビアが仲介交渉に取り組んだが実を結ばず、いまだに終わりが見えない。スーダンでは2019年に大規模な民主化デモが発生し、当時のバシール大統領を追放。その後民主化プロセスを歩んでいた中で、2021年にSAFとRSFが協力して民主化勢力をわきに追いやり権力を奪取したが、最終的にこの2つの軍事勢力がお互いに反目し合って戦闘を開始し、現在に至る。内戦開始以降、約1,000万人が難民・避難民となり、国民は危険と隣り合わせの生活の中で飢えに苦しんでいる。
7.イラク情勢
- 6月17日、米国務省は、イラクの親イラン民兵集団で「イラクのイスラム抵抗(IRI)」勢力の一部でもある「Harakat Ansar Allah al-Awfiya(AAA)」とその事務局長を、「特別指定国際テロリスト(SDGT)」に指定した。AAAは、これまでイラクとシリアの駐留米軍に対する攻撃を繰り返し行っており、2024年1月末にはヨルダンのシリア国境付近にある米軍基地に対するドローン攻撃で米兵3人を殺害している。
- 6月18日、イラク各地で50度越えの酷暑となり、当局は最も暑い時間帯の外出を控えるよう呼びかけた。
- イラク南部の各地で抗議デモが頻発している。デモの理由は、電気や水の安定供給を求めるものや道路の舗装を要求するものなど、社会経済的な問題に起因するものがほとんど。夏に酷暑となるイラクでは、停電でクーラーや冷蔵庫が長時間使えなくなることで国民の不満が高まるため、毎年夏になるとデモが多く発生する。
- イラク南部のバスラからヨルダンの紅海に面するアカバまでを結ぶ原油パイプライン(容量:100万bpd)の敷設計画がある。これは、何らかの事由でペルシャ湾からホルムズ海峡経由で原油が輸出できなくなった際の代替ルートになりうる戦略的に重要な計画だが、シーア派の政治グループである「調整枠組み(CF)」に所属する複数の議員が同計画への反対を表明している。CFはイランとの関係が強いため、原油輸出のペルシャ湾への依存を減少させ、イラクとヨルダンとの関係を強化し、石油市場におけるイランの影響力を減ずることになるこの計画を妨害しようとしている。
- 2024年6月に世界銀行が発行したガスのフレアリングに関する報告書で(フレアリングとは、油田やガス田から発生する余剰ガスを焼却処分することで、二酸化炭素を大量に排出するため環境汚染の要因として語られることが多い)、イラクは世界で3番目にガス・フレアリングの量が多い国と指摘された。なお、フレアリングの量が多い国の1位はロシア、2位はイラン、4位は米国、5位ベネズエラ、6位アルジェリア、7位リビアと続く。
8.リビア情勢
- 6月18日、ロシア製の武器をリビア東部に密輸しようとしていた船舶をイタリア当局が拿捕(だほ)した。船舶には数百万ドル相当の武器が積まれており、東部ベンガジの港を目指していたとのこと。リビアへの武器輸出は国連の制裁措置で禁止されている。ロシアはリビア東部勢力を支援しており、東部にはもともとワグネルの戦闘員が相当数入り込んでいる。また、6月16日にはロシアの軍艦2隻が東部トブルクの海軍基地を訪問し、歓迎式典が行われた。
- 6月19日、国連リビア支援ミッション(UNSMIL)のコーリー代表代理が国連安全保障理事会でリビアの現状についての説明を行い、国政選挙実施に向けた政治的な動きがとん挫してしまっていること、リビアに駐留する外国軍や外国人戦闘員、傭兵の国外撤退が進んでいないこと、誘拐や恣意的な逮捕・拘留が繰り返し行われていることなどについて警鐘を鳴らした。
- 6月末時点で、内戦が続くスーダンから国境を越えてリビアに逃れてくる難民が4万人を超えた。
- リビアの原油生産量は、4月、5月、6月と日量119万バレル(bpd)で継続している。なお、2月、3月の生産量は116万bpdだった。
以上
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