中東紛争直後の金融政策~歴史は韻を踏むのか~
調査レポート
2026年05月08日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之
解説 「中東紛争直後の金融政策~歴史は韻を踏むのか~」
2月末の米国とイスラエルによるイラン攻撃後、ホルムズ海峡が事実上封鎖されるなど、世界経済を取り巻く環境は一変した。年初まで、世界経済は想定以上に底堅かったものの、紛争の発生によって先行き不透明感が強まり、物価高騰や景気後退が懸念される状況になった。物価上昇率が目標を超えて大幅に拡大するならば、利下げどころではない。その一方で、景気が減速して後退する兆しが見えるならば、利下げで下支えしなければならない。どちらのリスクが大きいのかの見極めが難しい。
物価高騰と言えば、直近では2022年であり、金融政策が後手に回ったという批判は根強い。また、同じ過ちを繰り返すのかという厳しい見方もある。それより前ならば、1970年代のような物価高騰と景気後退が共存する「スタグフレーション」が想起されやすい。欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は、当時の経済環境とは異なると指摘するものの、物価の上振れと景気の下振れリスクに直面していることには変わりない。
こうした中で、4月下旬に、日米欧の主要中銀は金融政策決定会合を迎えた。情報が不十分な中で情勢を判断しづらいため、様子見姿勢がとられた。しかし、後手に回ってしまったのではないかということは、現時点では否定し難い。情報が不十分でも判断して実行しなければならない時もあり、それが4月だった可能性もあるからだ。
1. 米国:金利据え置きと理事残留
連邦準備理事会(FRB)は29日、連邦公開市場委員会(FOMC)を開催し、政策金利であるFF金利の誘導目標レンジを3.5~3.75%に据え置くことを決定した。据え置きは3会合連続であり、市場予想通りだった。ただし、賛成8対反対4となり、反対票が1992年10月以来の多さだった。今回の注目点は、反対票の多さと、パウエルFRB議長の理事残留だった。
賛成8対反対4の決定
反対票のうち3票は、ハマック・クリーブランド地区連銀総裁、カシュカリ・ミネアポリス地区連銀総裁、ローガン・ダラス地区連銀総裁だった。政策金利の据え置きには賛成したものの、声明文の文言に反対した。金融緩和的な表現から中立的な表現への修正を求めた。背景には、原油価格の上昇などに伴う物価上昇率の拡大がある。ガソリン価格が1ガロンあたり4ドルを超えるなど、象徴的な出来事もあり、物価上昇への警戒感が高まりつつある。
パウエル議長も、即座の利上げが必要という認識の参加者はいないと、記者会見で述べたように、今は様子見姿勢が適切であるものの、物価上昇への配慮が必要という認識もFOMC内にある。2022年の物価高局面で、対応が後手に回ったという苦い記憶もあるからだろう。なお、ミランFRB理事はこれまでと同様に、0.25%利下げを主張した。
理事残留
パウエル議長はFOMC後の記者会見で、議長退任後も理事として残ることを発表した。通常、議長退任時に理事の任期が残っていたとしても、理事も退任する。もちろん、議長退任後も理事として残った例はあるものの、1948年に議長を退任したエクルズ氏以来となる。
司法省は4月24日に、パウエル氏に対する捜査打ち切りを発表した。ただし、FRBの監察機関による調査に委ねるとしており、必要があれば再調査する可能性を残していた。パウエル氏は司法省から、監察機関からの刑事告発がない限り調査を再開しないことや、告発がない中で最近の裁判所の決定に対して控訴を行う場合でも調査を再開したり新たな召喚状を送ったりしないことについて確約を得たと話した。しかし、調査が十分に透明性をもって最終的に完了するまで、理事として残ると述べた。
こうした背景には、FRBの独立性に対する懸念がある。米政権はたびたび利下げを求めるだけではなく、クックFRB理事の解任やパウエル議長の刑事訴追など、法的措置をとってきた。こうしたことが、FRBの金融政策を遂行する能力を、危険にさらしているという懸念を強めている。実際、トランプ大統領はたびたびパウエル氏解任を口にしており、直近では4月15日に理事を辞任しなければ解任すると述べていた。
理事として残留した場合、パウエル氏は「控えめな姿勢」を保つ方針を示した。いわゆる「影の議長」のような役割を担わないとしている。しかし、本人はそうであっても、他人がそのように見るかは、話は別だ。前議長であり、これまでの金融政策を指揮してきた理事の発言は重いと、少なくとも金融市場は受け止めるだろう。また、FOMCでは誰が賛成・反対したのかも、声明文に明記される。そこで、新たに議長に就くウォーシュ氏とともに、パウエル氏の言動が注目されるのは間違いない。
2. 欧州:6月利上げへの布石か
ECBは4月30日、理事会を開催し、政策金利の据え置きを全会一致で決定した。政策金利である中銀預金金利は2.0%であり、2025年6月以降、据え置かれている。ちなみに、主要政策金利は2.15%、限界貸出金利は2.4%で据え置かれた。
ラガルドECB総裁は記者会見で、「十分ではない情報に基づき、十分検討した上で決定を下した」と述べた。同時に、利上げの可能性も「長時間かつ詳細に議論した」と明かした。次回会合までの今後6週間が適切な時期であり、検証され、見直された情報に基づいて判断する方針が示された。そのため、市場では、次回6月理事会での利上げに向けた布石という見方が広がり、今回の理事会直後、2025年末にかけて2回の利上げが実施されると予想された。
また、ラガルド総裁は、3月会合で示した経済見通しの基本シナリオから、離れつつあるという認識も明らかにした。ただし、現実が基本シナリオから離れて、どこにいるのか、または近いのかについて、評価が難しいとして言及を避けた。実際に現状の認識が難しいことに加えて、その現状判断が今後の政策を縛りすぎてしまう恐れがあるからだろう。例えば、現状が最も状況が悪いシナリオに近づいているならば、物価抑制のための早急な利上げが必要になるからだ。それは、「政策金利の経路をあらかじめ確約することはない」という声明文に反してしまう。そもそもこの文言が盛り込まれたのは、利下げ開始時点で市場を混乱させないために織り込ませ過ぎたことで、物価上昇率が想定外に高止まりしたものの、利下げを実施しなければならない状況に追い込まれたという経験があるからだった。政策金利について、確約のような確度が高い状況ではなく、あり得るという布石にとどめたいという苦しい状況も見られた。
二次的効果への警戒
ECB内には、中東紛争に伴うエネルギー価格の上昇などに起因する物価上昇が一時的であれば、それは金融政策ではなく、支援の的を絞った財政政策によって対応すべきという考えがある。その一方で、高めの物価上昇が定着する二次的な効果(間接効果)への警戒感が強い。
二次的な効果として、賃金上昇率と中期的な期待インフレ率の高まりなどが注視されている。例えば、物価上昇率の高まりとともに賃金上昇率が高まる場合には、その物価の上昇幅が非常に大きいか、高めの物価上昇が継続するという予想が労働者と企業の間にあることを意味する。物価上昇は生計費の増加を意味するため、労働者は賃上げを求めるものの、物価上昇の大きさと規模によってその主張の強さは異なる。高めの賃上げで妥結するということは、強い主張があったことを示唆する。また、企業もそうした見方を共有している上、当然、そのコスト増を販売価格に転嫁していくことになる。そのため、高めの物価上昇が実現する可能性が高まる。中期的な期待インフレ率の高まりは、その物価見通しである。これが高止まりするようなことになれば、そうした労働者や企業の行動を促すことになる。
このように、中東紛争による物価上昇が一時的なものにとどまるのか、それとも中期的に継続するようなものになるのか、によって金融政策は大きく変わることになる。そのため、今後発表される経済指標に基づいて、6月理事会で改定される経済見通しが注目される。
3. 日本:利上げ姿勢を残しつつ、金利据え置き
日本銀行は4月28日、金融政策決定会合を開催し、政策金利を0.75%程度に据え置くことを決定した。政策金利は2025年12月に0.75%程度にまで引き上げられ、1995年以来30年ぶりの高水準になっている。今回注目されたのは、賛成6対反対3の決定と予想外に反対が多かったこと、経済・物価見通しの修正の内容の2点だった。
賛成6対反対3の決定
これまで1月、3月と利上げを主張してきた高田委員に加えて、タカ派で知られる田村委員、中川委員が反対。3人の共通点は、金融機関出身。
- 高田委員は、「『物価安定の目標』はおおむね達成されており、海外発の物価上昇の二次的波及から国内物価の上振れリスクが既に高まっている」と指摘。
- 田村委員は、「物価上振れリスクが大きく拡大する中、中立金利に少しでも近づけるため」と説明。
- 中川委員は、「中東情勢の不透明感はあるが、経済情勢を踏まえると、緩和的な金融環境の下で、物価の上振れリスクが高い」と理由を挙げた。
こうした利上げ支持が3人に広がったことで、次回会合以降での利上げの可能性が高まったと受け止められた。実際、円相場は会合前の1ドル=159円50銭前後から、会合直後に158円台まで約1円50銭円高・ドル安を進めた。
利上げへの地ならし
利上げ観測が強まった背景には、日銀が利上げに向けた地ならしを行ってきたとみられることもある。2025年までの経済指標が公表されたことが主因であるものの、日本銀行は需給ギャップ、自然利子利率(中立金利)、基調的な物価動向の捉え方などを見直してきた。金融市場では、それらを利上げの布石と受け止めてきた。
実際、自然利子率は▲0.9~+0.5%程度と、従来の▲1.0~+0.5%程度から小幅に修正された。普通に考えれば、この修正幅は誤差の範囲内だ。しかも、自然利子率は推計されるもので、幅をもってみる必要があるため、この修正に大きな意味はない。しかし、金融市場では下限の▲1.0%から▲0.9%への上方修正が意味を持つと解釈された。
金融政策の緩和や引き締めは、実際の政策金利と中立金利の関係から理論的には整理される。政策金利を中立金利よりも高くすれば金融引き締めになり、反対に、低くすれば金融緩和になる。中立金利は、自然利子率(▲0.9~+0.5%)に物価上昇率(2%)を加えたものになるため、現在では+1.1~+2.5%とみられている。
従来は+1.0~+2.5%であり、次の利上げで政策金利が1.0%程度になると、そのレンジの下限に達することになる。そうなると、1%から次の利上げの難易度が上がると金融市場では受け止められてきた。通常、+1.0~+2.5%のレンジならばその真ん中の+1.75%程度まで引き上げられる余地があるように見えるものの、金融市場ではなぜか下限の+1.0%が意識されていた。しかし、今回の見直しによって、政策金利が+1.0%程度に引き上げられたとしても、それは下限より低く、更なる利上げが可能だという見方になった。ある意味、これが地ならしの1つになっていた。
展望レポートの見通し:リスクがある中でも利上げ姿勢の維持
今回の会合では、「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)が公表された。政策委員の大勢見通しでは、実質GDP成長率は2026年度に+0.5%(前回1月時点から▲0.5ポイント)、2027年度に+0.7%(▲0.1ポイント)、2028年度に+0.8%と予想された(2028年度は今回初めて公表された)。また、消費者物価指数(除く生鮮食品)は2026年度に+2.8%(+0.9ポイント)、2027年度に+2.3%(+0.3ポイント)、2028年度に+2.0%と見通された。
ただし、中東情勢について先行きの不確実性が強いため、前提条件が置かれた下での見通しになっている。その前提条件は、中東情勢について、今後その影響が和らぎ、供給網の大規模な混乱が生じないことと設定されている(例えば、ドバイ原油価格は足元の1バレル105ドルから見通し期間の終盤にかけて70ドル台程度で推移する)。4月に公表されたIMFの「世界経済見通し」でも通常のベースライン見通しとは異なる前提条件つきの参照予測という位置づけであり、見通しが難しいことは共通している。
実質GDPは下振れリスクが大きいものの、これは2026年度に+0.5%と、ゼロ%台半ばから後半とされる潜在成長率並みの成長にとどまる見通しだ。一方、物価上昇率は上振れリスクが大きい中で、2%台後半まで高まった後、見通し期間の後半にかけて2%程度に落ち着くと予想されている。
展望レポートでは、先行きの金融政策運営について、前回なかった「基調的な物価上昇率が2%に近づいているなか」という文言で、物価安定の目標の2%に近づいていることを示した。また、前回同様に「現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると」と、実質金利がマイナスであり、金融緩和の状況であることを引き続き説明している。文言が加わったところで、利上げについての地ならしを強めたともみなせる。
ただし、それに続いて、「経済・物価・金融情勢に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている。そのうえで、調整のタイミングやペースについては、中東情勢の展開が、我が国経済・物価に及ぼす影響を注視したうえで、経済・物価の中心的な見通しが実現する確度やリスクを点検しながら、検討していく方針である」という姿勢を示している。1文目で、前回の経済・物価情勢に加えて、今回は金融情勢も加えられた。また、2文目で前回は「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて」が枕詞であり、今回の見通しが前提条件付きのものにすぎず、不確実性が大きいことを反映している。ただし、経済・物価の中心的な見通しが実現する確度が高ければ、調整のタイミングやペースを検討する、すなわち利上げを実施する可能性があるということを示唆している。
このように、次回会合に向けて、中東情勢が落ち着いて、経済・物価の見通しが実現する確度が高まり、リスクが低くなれば、日銀は政策金利を引き上げる可能性がある。実際の手段としては、景気の下振れリスクに対応した政策金利の据え置きだった半面、先行きの利上げ期待をつないだことで対ドルの円相場の一段の円安・ドル高進行を阻止したと言える。
4. 注目の6月会合
経済・物価の状況を確認しておくと、米国の実質GDP成長率は2026年Q1に前期比年率+2.0%と、連邦政府機関の一部閉鎖の影響から減速した2025年Q4(+0.5%)からの反動が表れたものの、底堅さを保っていた。3月の個人消費支出(PCE)物価指数は前年同月比+3.5%と、2023年5月(+4.0%)以来の高さになった。
また、ユーロ圏の実質GDP成長率は2026年Q1に前期比+0.1%と、2025年Q3(+0.3%)から2四半期連続で減速している。また、4月の消費者物価指数(HICP)は前年同月比+3.0%と2023年9月(+4.3%)以来の大きさまで拡大した。
物価上昇が目立つ欧米に対して、日本の3月の消費者物価指数は、減税や補助金などの政策の影響から、前年同月比+1.5%と、3か月連続で2%を下回った。ただし、前提条件つきであり、確度が高いとは言い難いものの、展望レポートで政策委員は見通し期間の後半にかけて2%で物価上昇率が推移すると予想している。
6月には、ECB(6月10~11日)、日本銀行(6月15~16日)、FRB(6月16~17日)がそれぞれ会合を予定している。これまで状況を踏まえれば、ECBが0.25%利上げを実施すると予想され、日銀が利上げする可能性がある。議長が交代したばかりのFRBは据え置きと予想されるものの、据え置きにできるかが注目される。ウォーシュ次期議長はトランプ大統領との約束を否定する一方で、トランプ氏は引き続き利下げを求めている。そのため、4月会合での判断が遅れたことが物価高騰を招く過ちの1つの可能性がある一方で、6月会合のFRBの判断も更なる過ちになる恐れも否定できない。
以上
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