川上と川下の分断と物価
調査レポート
2026年05月19日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
本間 隆行
物価の安定が課題に
ホルムズ海峡の安全で自由な航行が失われてから、まもなく3か月が経過しようとしている。状況は依然として不安定で、ホルムズ海峡を通過する船舶があるとニュースにはなる。しかし、ペルシャ湾付近は安全ではないので、船舶は往来できない。つまり、産地に向けた調達航行は事実上困難となっている。関係国が仮に航行の安全を宣言するとしても、現在は戦闘地域になっていることもあって、必ずしも安全が担保されることにはならない。かつてのような状態に戻る目途は立たず、長期化が見込まれる中、代替手段の確保が不可避となっている。調達先や調達する品、ルートの変更が模索されているのが現在の状況だ。サプライチェーンの観点では上流に制約がかかっていることで流れそのものが変化しつつあり、その影響は下流でより強く現れる段となっている。
例えば原油は十分量が確保されているとしても、精製処理量が増加しなければ石油製品は増加しない。「確保」が「将来の」投入量を意味するのであれば、「いまの」流通量は増えない。処理量を増やせばよいのだろうが、例えばナフサの生産量を増やすために原油処理を高めていくと、ガソリンや灯油、軽油といった連産品の生産も増加することになり、サプライチェーン内の需給バランスが崩れて供給超過になるリスクがある。一方で、こうした石油類は石油のサプライチェーンでは下流に位置づけられることもあって、川下に行くほど製品のすそ野が広くなっていく。その一方で、流通量は細るように限られていく、つまり市場は小さくなっていくことになる。とくに揮発性が高く、毒性も有する危険物であるため、取り扱いには規制があり、保管そのものが容易ではない。足もとで供給不安が生じており、そもそもの流通量に限りがあることから、関係者がほんの少しでも在庫積み増し行動を取ると、買い占めの意図に関わらず、流通在庫は枯渇を招くことになる。わが国のように経済活動に必要な資源や原材料の多くを海外に依存せざるを得ない市場ではなおさら、不安定な状態に陥りやすい。
足もとで確認可能な経済統計では物価が上昇基調にあることは確認できるものの、消費量が極端に増大している状況ではない。そのため原料の投入が続き、製品の生産が滞ることがなければ、流通在庫はいずれ飽和に近づく。こうしたことから、物流の目詰まりは数か月以内には一定程度の安定した状態に戻っていくとは見られる。政府が「十分量を確保した」とするのは、あくまでも契約ベースで、メーカーからの発信は足もと在庫や確実とされる調達量をベースにしているのは明らかだ。さらに下流では先行き不透明感から在庫積み増しに動きが強まっているように、流通量は著しく低下している状況だ。このように同じサプライチェーンにいながらも川上と川下では受け止めは全く異なることになる。川下から川上の様子が見える状況にはないということだ。
量の確保が満たされたら、今後は在庫の取得価格が問題となってくるだろう。仕入れ価格が高くなった分を反映した価格での販売が期待したいところだが、目詰まりの解消に目途がつくと売り急ぎを招くことで価格が急落するのが次に控えるリスクとなる。原油など原料調達先は拡大していることや、景気ウォッチャー調査からは家計から企業まで経済活動について慎重さが伺えることもあって、いま以上の在庫積み増し行動が正当化されるほどの強さは感じられない。また、より長期的には素材の代替促進や品質のグレードダウンなども視野に入ってくるだろう。例えば、パッケージの簡素化は原材料の絶対的な不足だけではなく、価格の急騰も背景にある。コスト削減や物資不足への対応が続くことで、消費者行動や企業のマーケティング手法にも影響を及ぼす可能性も生じている。
本来であれば物価が上昇基調にあり、市場の混乱が続く時期には過度な需要を抑制し、物価の安定を促すために短期金利を高めに誘導するなど金融引き締めが有効なはずだが、依然として金利は物価上昇ペースと比較すると十分に低く、緩和的な状況にある。他方で、設備投資を行う際の目安となる長期金利は市場の評価にさらされて、上昇基調が続いている。こうした状況下では短期金利が低いことで消費はある程度維持されるのかもしれないが、長期金利の高さは投資の意思決定を鈍らせることで将来の需給バランス悪化懸念を通じてインフレ期待を高めてしまっているのではないか。需給が不安定な状態にあるのは、何も財市場に限ったことではなく、金融市場もまた不安定さを増していると評価することもできるだろう。経済を刺激したいのか、家計の所得を増やしたいのか、物価を安定させたいのか、混乱時に政策として何を優先しているのか、または実現したいのかが見えづらい。当局の政策スタンスが正確に伝わっていないので、それぞれの主体が可能な範囲で慎重な行動をとることにつながっているともいえるだろう。やはり、川下からは川上が見えにくい。
混乱が間もなく収束するようなら元に戻るのかもしれない。しかし、より長期化するようなら、経済活動のあり方を変化させて対応するしかないという帰結になっていくのかもしれない。いまはその見極めの時期ということになる。
以上
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