インド ~州議会選挙の結果と経済への影響~
調査レポート
2026年06月09日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
土田 慧
概要
今年4月に、インドの4州にて州議会選挙が実施された。ウェストベンガル州及びタミル・ナドゥ州においては、長年にわたり与党を担ってきた地域政党が、雇用難などを背景に支持離れが加速し、インド人民党(BJP)及び新興政党に敗れた。
ウェストベンガル州に関してはBJP政権の下で、それまで停滞していたインフラ事業の加速が期待できる。加えてウェストベンガル州を含めBJPが与党となっているインド東部の州でのインフラ整備や、複数の州を横断するインフラ事業が進むことも見込まれる。他方でタミル・ナドゥ州においては、バラマキ的な政策による財政悪化が州政府のインフラ向け支出削減に繋がるほか、州内での雇用創出を重視した政策がハイテク産業・製造業の競争力を低下させかねない。
1.インドの政治制度と州議会選挙の位置づけ
今年4月に、インドの主要4州(アッサム州、ウェストベンガル州、ケララ州、タミル・ナドゥ州)及び連邦直轄地であるプーディチェリにて州議会・連邦直轄地選挙が実施された。5年間で全ての州・連邦直轄地での選挙が実施される。2024年・2025年にはオディシャ州やマハラシュトラ州など合計11の州・連邦直轄地にて選挙が実施された。
インドの行政単位は、①中央政府、②州または連邦直轄地及び③地方自治体の3種類に大別される。①に関しては、5年に一度実施される連邦議会下院の総選挙に勝利した政党が政権を担う。②については全国に28の州及び8の連邦直轄地が存在する。議会選挙と知事選挙を分けて実施する日本と異なり、インドでは州議会での選挙にて与党となった政党の党首が、州首相に任命される。また中央政府及び州政府の管轄事項は憲法に定められているが、一般的には中央政府が労働法など州に跨る事項に関する法律・規制等を規定する一方、各州政府がそれらの施行を担っている。さらにインフラ整備についても、事業実施に必要な土地収用や許認可等は州政府が担うことが多い。
インドでは、州議会選挙の結果は連邦議会与党の政治的人気を測るバロメーターともなっており、州議会の結果が中央政府による政策運営に間接的に影響を与える。例えば連邦議会与党の、州議会選挙での議席獲得数が当初想定を下回った場合、与党は政治的に不人気な政策実施を様子見する傾向にある。そのため、州議会の結果が中央政府による政策運営に間接的に影響を与えるといえる。
また中央政府・州政府間でのインフラ整備を含めた経済政策に対する姿勢の相違が、各州におけるインフラ事業のペースに直結することになる。例えば中央政府がビジネス環境改善やインフラ整備を促進する立場にあっても、州政府が後ろ向き姿勢である場合、土地収用が進まないほか、必要な許認可が発出されないことでインフラ事業が停滞することになる。州政府がインフラ整備よりも貧困層向けのバラマキ政策などに予算を重点的に配分する場合も同様である。逆に、中央政府・州政府共にインフラ整備を促進する立場にある州では、インフラ事業が進みやすい。
連邦議会の与党である BJPは他の政党と比較し、インフラ整備を含めたビジネス環境改善を重視する傾向にある。そのため、州選挙の結果、インフラ整備に後ろ向き姿勢な政党に代わり新たにBJPが与党となった州では、インフラ整備のペースがそれまでよりも加速することが見込まれる。逆に選挙により、インフラ整備に関してそれまでの与党よりも後ろ向き姿勢の政党が政権を担った場合は、インフラ整備が停滞することになる。このように、各州の経済状況・ビジネス環境の見通しを考える上で、州議会与党の経済政策・インフラ整備に対する姿勢は重要なファクターとなる。
2.今回の州議会選挙では、地域政党の弱体化が浮き彫りに
今回選挙が実施された州のうち、北東部アッサム州ではBJPが議席過半数を維持した。また、ウェストベンガル州では、これまで約15年間与党を担ってきた地域政党「草の根会議派」が議席を大きく減らし、BJPが206議席を獲得して与党となった。南部タミル・ナドゥ州では、それまで与党であった地域政党「ドラヴィダ進歩党」及び同じく地域政党であり過去に同州の与党であった「全インド・アンナー・ドラヴィダ進歩党」が議席数を大きく減らし、俳優出身の政治家ヴィジャイ氏率いる新興政党「TVK」が政党別で最多議席を確保した。ケララ州では、2016年以降与党を担ってきた「左翼民主戦線」が議席を激減させ、代わりに連邦議会の最大野党国民会議派が率いる政党連合「統一民主戦線」が102議席を獲得した。
これら選挙結果から、これまで各州で高い政治的人気を誇ってきた地域政党が弱体化していることが明らかになったが、その背景には、特に若年層の雇用難・生活苦を背景とした既存政党への不満拡大が挙げられている。例えば、ウェストベンガル州では、それまで続いてきた、農家・政党支持層の利益を過度に重視する政策運営も踏まえ、過去15年間で約6,900社の企業が事業拠点を州外に移転・閉鎖しており(後述)、それにより若年層を中心に失業が高まったと指摘されている。タミル・ナドゥ州においても、州別GDP(GSDP)の成長率が約11%と高い水準を記録する一方で、若年層が正規雇用に従事できていないことが問題視されてきた(図3を参照)。加えてドラヴィダ進歩党政権の下で汚職問題が深刻化し、支持者離れが加速したとの指摘もある。他方でアッサム州では、失業率が全国平均を下回っているように、雇用難による支持者の不満拡大には繋がらなかったと考えられる。
今回選挙が実施された4つの州のうち、ウェストベンガル州に関しては新たにBJPが与党となった。それまで政権を担ってきた草の根会議派(TMC)は、下記のとおり土地収用を進めないなどインフラ整備に消極的なスタンスであったことから、与党の交代によりインフラ整備加速が期待できる。他方でタミル・ナドゥ州に関しては、インフラ整備や産業誘致に積極的であったドラヴィダ進歩党(DMK)に代わり、バラマキ政策や地元での雇用創出を重視するTVKが与党となった。これにより、インフラ整備のペースが以前よりも落ちることが懸念される。残りの2州に関しては州議会選挙前後で与党のインフラ整備に対する姿勢に大きな変化はないと考えられる。そのため、本レポートではウェストベンガル州及びタミル・ナドゥ州に絞り、今後の経済・ビジネス環境への影響を分析したい。
3.選挙結果のインプリケーション①:ウェストベンガル州を中心としたインフラ整備加速が期待される
ウェストベンガル州においては、BJPが州議会の与党となったことで、州政府によるインフラ整備の執行ペースが加速するほか、民間企業の工場建設・設備投資に対する州政府の許認可が下りやすくなることが期待される。ウェストベンガル州は人口約1億人と全28州の中で4番目に大きい州である。GSDPは20.3兆ルピー(約33.4兆円)と、全国で6番目に大きい。主要産業としては、紅茶など農業の他、ジュート・繊維業や鉄鋼業・石油化学産業が挙げられる。1960年代にはウェストベンガル州のGSDPがインドのGDP全体の約10%を占めるなど、州都コルカタを中心に経済発展が進んでいたものの、その後は経済・産業発展が遅れ、現在(2025年度)では約6%まで低下したと推計されている。特に近年は、TMCがインフラ整備・工場建設に際し土地収用の対象となり得る農家やTMC支持層からの政治的支持を優先する立場を鮮明にしていた。例えば2006年に、州政府がタタ・モーターズによる自動車工場新設のサイトとして農地(約403ヘクタール)の収用を決定したことに対し、当時野党であったTMCが激しい抗議運動を展開し、建設撤回に追い込んだ。TMCが与党となった後も、インフラ整備に必要な土地収用が十分に進まなかった。例えば2026年3月の上院にて、ヴァイシュナウ鉄道大臣が、ウェストベンガル州での鉄道開発に必要な土地4,564 ヘクタールのうち、ウェストベンガル州政府は27%に当たる1,250 ヘクタールしか収用できていないと報告している。加えてTMCを支持する業界団体がセメント・砂などの建築用資材の供給・流通を独占し、民間企業が工場新設に際して資材を仕入れる際に、これら団体が企業に対して上納金の支払い・仕入れ価格への仲介手数料上乗せを迫る「シンジケート・ラージ」問題が深刻化した。これらによりウェストベンガル州のビジネス環境は大きく悪化した。TMC政権の15年間で企業約6,900社が生産拠点を州外に移転したか、拠点自体を閉鎖したと分析されている(The Rahnuma-E-Deccan Daily)。
BJPはTMCに比べると農家等の政治的支持よりもビジネス環境改善を優先する立場にある。そのため、今回の選挙結果を受けてBJPが土地収用を加速させるほか、シンジケート・ラージ問題の解消を目指すと考えられる。それによりインフラ整備が進むことや民間企業の投資を呼び込めることが期待される。加えてウェストベンガル州に留まらず、インド東部全般や、インド国内の複数の州を横断した産業・物流回廊など大規模なインフラプロジェクトが加速することも期待できる。
今回選挙により、ウェストベンガル州・アッサム州に加えてビハール州・オディシャ州を合わせた東部4州にてBJPが与党となった。4州に関しては一人当たり州別国内純生産(NDP)の推移からもわかるとおり、これまで相対的に経済発展が劣後してきた。これに対し中央政府は、たとえば2024年度(2024年4月~2025年3月)予算にて公表された東部開発イニシアチブ「Purvodaya」にて、東部4州のうちウェストベンガル州・オディシャ州を含めた5つの州でのインフラ整備促進・産業回廊の新設を公表するなど、ビジネス環境改善に向けた取り組みを進めてきた。ウェストベンガル州を含む4州において、このような取り組みが今後もスムーズに進められることが期待できる。
また、今回の選挙結果を受けて、ウェストベンガル州を起点とした州横断的なインフラ整備が加速することが期待できる。2026年度の予算にて、ウェストベンガル州ダンクニと西部グジャラート州スラト港を結ぶ東西貨物専用回廊(東西DFC)の創設が公表されている。本回廊は延べ約2,100キロメートルの専用貨物線で、国営企業が建設・運営を担う予定。ダンクニを起点として、オディシャ州を含めた6つの州を横断するものだ。ウェストベンガル州にはドゥルガプル工業地帯をはじめとした鉄鋼の生産拠点やベンガル湾付近のハルディアに代表される石油化学産業拠点が存在するほか、オディシャ州はインドの粗鋼生産の20%以上を占めるなど鉄鋼の一大生産拠点である。またオディシャ州の西隣に位置するチャッティースガル州はインド最大級のビライ製鉄所を擁するほか、石炭・ボーキサイト・マンガンの一大産地でもある。これら資源・製品を、製造業が発展しているグジャラート州など西部の一大消費地に効率的に輸送することで、ウェストベンガル州を含めたインド東部の産業発展を促すことが期待できる。今回選挙によりBJPが与党となったことで、起点であるダンクニでの土地収用が進みやすくなり、本回廊の開発もスムーズに進むと考えられる。
4. 選挙結果のインプリケーション②:タミル・ナドゥ州のビジネス環境は悪化する可能性あり
インド南部に目を移すと、タミル・ナドゥ州の選挙結果が同州のビジネス環境に与える影響については留意が必要だ。
同州の人口は約8,000万人と、全28州の中で7番目に大きい(World Population Review)。GSDPは約35.7兆ルピー(約59.6兆円)と、ムンバイが位置するマハラシュトラ州に次いで2番目に大きい(PRS India)。自動車・自動車部品製造、エレクトロニクスに代表される製造業や、近年ではグローバル・ケーパビリティ・センター(GCC)に代表されるITオフショア開発が盛んであるなど、インド国内の中でも産業が比較的発達している州である。同州議会で与党を担ってきたDMK及び全インド・アンナー・ドラヴィダ進歩党(AIADMK)共に、州予算を産業誘致のためのインフラ整備・教育に重点的に配分していたこともあり、教育水準も高く、かつインフラ整備も進んでいる。そのため、これまで日系メーカーを含む外資系企業が多数進出しているほか、これら企業が多数入居する工業団地も複数存在する。
今回の選挙ではTVKが最多議席を獲得したが、同党は女性・高齢者・未亡人向けの直接現金給付や、電力・LPGを無償で支給することなど、バラマキ的な財政政策実施を公約に掲げていた。仮にこれら公約が実現された場合、財政赤字のGSDP比は現在の3.4%から4.0%以上まで拡大すると推計されている(Whalesbook)。これにより投資家からの同州政府に対する財政悪化懸念が上昇した場合、新規に発行する州政府債の利回りが上昇し、利払負担が増加することになる。特に同州の場合、現時点でも利払費の歳入に占める比率は20.3%と、全28州・8連邦直轄地の平均値(11.8%)より高く、かつ全28州・8連邦直轄地の中で4番目に高い水準にある(図6)。従って、現時点で既に州政府が自身の裁量により使用できる歳入の規模が小さい(PRS India)。今後、利払負担が増えることで道路や港湾などのインフラ投資に充当できる金額が減少することが懸念される。
加えて外資系企業にとり最大の懸念材料となっているのが、TVKが公約として掲げてきた、民間部門の雇用の75%をタミル・ナドゥ州民に割り当てるという政策だ。同州ではこれまで、TCSやInfosysといった大手テック企業や製造業が、インド全国から高度なスキルを持った人材(例:インド工科大学等でコンピューターサイエンスなどの分野を専攻した理数系人材)を集めてきたことで成長してきた。今後、同政策が実施された場合、特にテック企業・製造業において、必要なスキルを要した労働者を十分に確保できず、結果的に産業の競争力が落ちることが懸念される。
他方で、TVKは単独で議席の過半数を抑えるには至らず、上記政策の根拠法となる法案を州議会にて可決させるには、(DMK・AIADMK含めた)他政党との連立・協力が不可欠となる。TVKと連立・協力した他政党がTVKの財政政策に反対した場合には、バラマキ色が弱まることが期待できる。また雇用のタミル・ナドゥ州民への割り当て政策についても、産業界の反対が大きい場合、TVKは根拠法となる法案の議会への提出を取りやめる可能性がある。例えば2024年7月には南部カルナタカ州にて、国民会議派主導の州与党が民間部門の非管理職の70%・管理職の50%をカルナタカ州民に割り当てる法案を作成したが、産業界からの強い反対を受けて撤回されている。タミル・ナドゥ州においても同様の措置がなされることで、ビジネス環境悪化に歯止めがかかることに期待したい。
<参考文献>
・The Rahnuma-E-Deccan Daily “6,900 companies shut or moved out of Bengal since TMC came to power: Amit Shah”(2026年2月1日付記事).
・World Population Reviewホームページ(https://worldpopulationreview.com/)(2026年5月24日にアクセス).
・PRS India “State of State Finances”(2025年10月2日公表).
・Whalesbook ”TVK Wins TN: Welfare Pledges Clash with State's Economic Strength”(2026年5月19日付記事).
以上
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