バングラデシュ・パキスタンの産業政策比較と企業への示唆
2026年08月17日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
土田 慧
概要
バングラデシュとパキスタンは、共に縫製品や海外労働者送金を外貨獲得源としている点で類似するものの、今後の経済発展に向けて注力するセクターや支援策の方向性は大きく異なる。バングラデシュは電子機器組立や自転車を含めた軽機械の製造など、労働賃金の低さを活かし、縫製業に比べて高付加価値な製造業育成に注力する。対してパキスタンは、銅・金などの重要鉱物の採掘を中心とした鉱業や、IT産業を経済成長のドライバーとすることを目指している。企業には、両国の経済発展に対するスタンスの相違点を理解した上での事業実施が求められる。
1.両国の経済構造・予算に関して
バングラデシュとパキスタンは、世界銀行の定める所得水準別分類では「低位中所得国」に該当するなど所得水準が低く、縫製業及び海外移民からの送金を主要外貨獲得源とする点で共通しており、いずれも縫製業に代わる産業育成が課題となっている。なお2026年7月より、両国で2026年度(2026年7月~2027年6月。両国の財政年度は、7月開始・翌6月終了)の予算執行が開始されている。以下では、両国の経済構造も踏まえて2026年度予算のポイントを整理する。
(1)経済構造に関して
バングラデシュはこれまで、主に欧米向けに既製服(RMG)などの縫製品を輸出することで製造業を育成してきた。同国は国連の定める後発開発途上国(LDC)に分類されるが、欧州ではLDCからの輸入品に対して優遇関税措置を適用してきた。安い労働賃金に加えて優遇関税がRMGの価格競争力の源泉となってきたのだ。他方で近年は所得水準(一人当たりGNI)が大きく上昇していることから、今年11月にはLDC卒業が予定されている。卒業後は優遇関税が適用されなくなることから、RMGの価格競争力が低下することが懸念されている。RMGは全輸出額の8割以上を占める主要輸出品目となっているため、RMGに代わる輸出産業の育成が急務となっている。なおタリク・ラーマン首相率いる新政権は2026年2月に、国連に対しLDC卒業の3年間延期を申請している。
パキスタンも、バングラデシュと同様に縫製品や、コメを主力輸出品としてきたが、今後も持続的な経済発展を実現するためには輸出品の多角化・高付加価値化が求められる。また同国の経常収支は、2024年度には黒字を計上するなど近年は改善傾向にあるが、過去より慢性的に赤字となっている。一方で、金融収支の流入額は限定的な水準にとどまっている。そのため、これまでIMFによる支援やサウジアラビア、UAEなどの湾岸諸国からの預金受け入れ、中国からの融資受け入れ等を通じて外貨準備高の水準を一定以上に維持してきた。経常収支を改善し海外からの資金流入を促すことで、IMFの支援・他国からの融資・預金に依存することなく外貨準備高を適切な水準に保つべく、政府は輸出拡大や海外投資の受入を目指している(アジア経済研究所、2026)。
(2)2026年度予算に関して
上記背景も踏まえて、2026年度予算の概要やポイントを整理する。
バングラデシュに関し、予算総額は9兆3,800億タカ(GDP比13.7%)を計上している。予算の中で、再生可能エネルギー(再エネ)や医薬品、電子機器、半導体など製造業を中心とした税優遇策が注目されている。例えば電子機器に関し、コンピュータやプリンターの製造に使用される原材料や部品向け関税の免除措置が延長される。これら原材料・部品の輸入コストを下げることでコンピュータ・プリンター等の国内生産・輸出を促し、縫製品に代わる輸出産業を育成する意図があると考えられる。
パキスタンに関し、予算総額は18兆8,000億ルピー(GDP比13.1%)である。今回予算では複数セクターへの税優遇策が公表されたが、中でも不動産セクター向けの税優遇策が注目されている。これまでは不動産物件の売却時に、売却額の4.5~5.5%が源泉徴収されていたが、2026年度は一律2.5%まで引き下げることを決定している。セメントや鉄鋼などの裾野産業を刺激して景気回復を狙う意図がみられる。これに加えて、レコ・ディク鉱山採掘事業に対して政府が資本を注入するほか、政府保証を付与することが定められている。レコ・ディク鉱山は、北西部バロチスタン州のチャガイ地区に位置する銅・金鉱山である。特に銅に関しては埋蔵量が豊富であるとの指摘が多く、世界で5番目の規模の銅鉱山となる見込みである(ADB、2025)。当初は銅精鉱の商業生産が2028年後半に開始される予定であり(その後変更、理由は後述のとおり)、操業期間は少なくとも37年と見込まれている。生産された銅精鉱は、鉄道を利用してカラチのカシム港まで輸送され、輸出される。本事業に関し、2022年よりカナダの金・銅開発企業であるバリック・マイニング社に加え、国営企業のコンソーシアム及びバロチスタン州政府の3者による合弁会社が運営している(出資比率は50%:25%:25%)。
2. 注力セクター・経済政策の比較
2026年度予算はあくまで今後1年先の経済・産業政策を定めるものであるため、中長期的な産業政策の趨勢や両国が目指す経済発展の方向性を考えるには不十分である。以下ではバングラデシュ・パキスタンが掲げる中長期経済計画や外資誘致方針を比較することで、両国の目指す経済発展の方向性に加え、注力セクターや支援策を確認する。
(1)中長期経済計画の比較
バングラデシュ政府は5年に一度、5か年計画を発出している。2026年2月にタリク・ラーマン氏が首相に就任後、5月に政府内で2026~2031年を対象期間とする第9次5か年計画が承認された。他方、表2に記載の政策目標以外は、計画の詳細は未だ政府より公表されていないため、本レポートでは前回2020~2025年の5か年計画の内容や現地報道を主に参照する。パキスタンは2024年12月に、第13次5か年計画(対象期間は2024~2029年)を発出しているので、その内容を参照する。
バングラデシュは、企業投資を原動力に、2030年までに新たに1,000万人の雇用を創出し、2034年までに名目GDPを1兆ドルまで増加させることを目指す模様である(JETRO、2026)。重点支援セクターに関し、製造業では自転車など軽機械(ライト・エンジニアリング)や家電製品・電子機器の組立の他、医薬品やジュート加工・皮革・履物が挙げられる。製造業以外では水産業・食品加工やITが挙げられる。またインフラ面では物流網の整備(高速道路建設、都市部の鉄道(MRT))、再エネを含めたエネルギーインフラ整備に重点を置く。これらセクター(特に製造業)を支援するための具体的な政策として、経済特区の新設、投資手続きを一元化する窓口の新設による地場・外資系企業の投資呼び込みに加え、関税引き下げや特別保税倉庫導入による輸出促進が挙げられる。
パキスタンは、製造業と鉱業がGDPに占める割合を、各々16%・5%に引き上げることを目指す(2025年時点では各々14%・2%)。重点支援セクターとして、製造業では自動車部品製造、医薬、化学が挙げられるほか、製造業以外ではITサービス(ソフトウェア輸出)や農業・食品加工(食肉輸出)、エネルギー(石炭火力発電、再エネ)が挙げられる。なお鉱業では、重要鉱物の採掘が挙げられている。支援策に関し、関税引き下げ以外に、投資の一元窓口である特別投資円滑化評議会(SIFC)による投資手続き簡素化、輸出入銀行による海外輸入者向け輸出金融の提供・国内輸入者向け輸入金融の提供等が挙げられる。なおSIFCは、鉱業・IT・防衛産業、農業及びエネルギーの5セクターを優先分野として定め、投資呼び込みを狙っている。
(2)外資誘致方針の比較
経済発展目標の実現のためには、地場企業に比べて技術力やノウハウが優れる外資系企業の誘致が不可欠である。以下では、両国の外資誘致方針を整理する。
バングラデシュは、FDIのGDP比を2025年の0.4%(世界銀行)から2030年までに2.5%まで引き上げることを目指す。このために、政府はインフラ整備の他に投資の一元窓口を設置することを目指している。加えてFDIによる雇用創出や輸出増加を促すため、外資系企業に対し雇用者数や輸出額に応じて税優遇策を提供することを計画している。重点誘致セクターに関し、製造業では医薬品や軽機械類・電子機器の組立、履物・皮革製品などが挙げられる。製造業以外では、ITサービスや農産品の加工が挙げられる。特にダッカの場合、製造業の一般工・エンジニアの賃金水準がインド(チェンナイ・ニューデリー)・ベトナム(ハノイ・ホーチミン)と比べて低い。労働賃金の低さをテコにした投資受入が目指される。
パキスタンは、投資(固定資本形成)がGDP比に占める割合を2024年の13%(世界銀行)から2029年までに20%まで引き上げることを目指している。投資呼び込みの手段として、投資額に応じた税額控除や加速償却の適用、経済特区内にて事業を実施する外資系企業への免税措置などの税優遇策が想定されている。重点誘致セクターとしては、鉱業では重要鉱物の採掘、製造業では医薬品や医療機器、石油精製などの化学、再エネ機器などが挙げられる。製造業以外では、食品加工やIT・通信産業が挙げられる。
3. 考察・企業への示唆
以上、経済計画や外資誘致方針を整理した。これらの内容を踏まえ、両国において今後成長が見込まれるセクターや同国向けビジネスを実施する企業への示唆を考察する。
医薬品や食品加工、ITサービスなど両国で共通するものも一部存在するが、注力セクターに関し両国間で明確な差異がみられる。バングラデシュはLDC卒業を見据え、豊富な労働力や安い労働賃金を強みとして電子機器の組立や自転車に代表される軽機械(ライト・エンジニアリング)の製造に注力する。具体的な支援策に関し、経済特区の設立や一元投資窓口の設置による外資系企業の呼び込みが想定されている。対してパキスタンは、レコ・ディク鉱山を中心とした重要鉱物の豊富な埋蔵量をテコに、採掘事業や関連インフラへの投資呼び込みを主軸とした経済発展を目指している。具体的な支援策に関し、投資の一元窓口であるSIFCによる投資手続き簡素化や輸出入銀行の輸出金融提供による輸出促進が想定されている。
以上を踏まえ、企業にとって事業機会が見込まれるセクター・事業を整理する。
バングラデシュに関し、電子機器など完成品の組立工程への投資が増加した後も、より高度な技術力・ノウハウが求められる中間財(液晶モジュール、集積回路など)については輸入依存が継続すると考えられる。そのため、本国もしくは(東南アジアなど)第3国の現地法人で製造した中間財を、バングラデシュ向けに輸出することが期待できる。事業への投資に関し、安い労働賃金や予算で定められた各種税優遇措置を活かし、経済特区内での電子機器組立や軽機械製造、医薬品製造事業への参画が期待できる。なおバングラデシュからの輸出品目の中でも、機械・電気機器・輸送機器類等(HSコード2桁71~88の品目群)は輸出全体の1%程度しか占めないが、特に2025年以降は輸出の伸び率(対前年比)が輸出額全体やRMGの輸出額を大きく上回り推移している。特にオーディオ機器・ビデオレコーダーや自転車が好調であった。経済特区や輸出加工区でこれらの製造事業が活発化していることが背景にあると推察できる。

パキスタンに関し、重要鉱物の採掘に使用する重機や、銅精鉱の輸送に用いる鉄道車両・信号システムやシップローダーなどの鉄道・港湾インフラ関連機材に関しては国内での製造能力が低いため、今後の採掘需要拡大により国内や第3国からの輸出が期待できる。なお2025年6月にはコマツが、バリック・マイニング社向けに、ダンプトラックなど鉱山機械を提供すると発表している(コマツ、2025)。
他方で、上記セクターが今後政府・企業の計画・期待どおりに成長するか留意が必要である。例えばパキスタンに関しては、バロチスタン州の治安悪化がレコ・ディク採掘事業を遅延させることが懸念される。同州の分離独立を掲げるバロチスタン解放軍(BLA)はパキスタン当局を主要な標的としたテロを繰り返しており、中には鉄道・トラックなど輸送インフラに対する攻撃も含まれる。これらを受け、2026年3月には、バリック・マイニング社は同州の治安悪化を受けて事業の開発ペースを減速すると公表しており、これにより商業生産も2028年から後ろ倒しされる可能性があると報道されている(Financial Times、2026)。

バングラデシュとパキスタンは経済成長の主軸とするセクターが大きく異なる。企業としては、リスクにも留意しつつ、両国の相違点を踏まえた上でトレード・事業投資を行うことが求められる。
<参考文献>
・アジア経済研究所「レコ・ディク金・銅山開発――パキスタン経済を立て直す最後の切り札?」
(2026年3月公表).
・ADB「ADB、パキスタンのレコディク銅・金鉱山開発プロジェクトへのファイナンシングを承認」
(2025年8月22日付記事).
・JETRO「政府が2026年度からの5カ年計画を承認、投資主導の成長目指す」(2026年5月26日付記事).
・世界銀行「World Bank Open Data」(2026年8月10日にアクセス).
URL: https://data.worldbank.org/
・JETRO「投資コスト比較」(2026年8月12日にアクセス).
URL: https://www.jetro.go.jp/world/search/cost.html
・コマツ「Barrick社のレコディク銅・金鉱開発プロジェクト(パキスタン)向け 鉱山機械の提供について」
(2025年06月25日付記事).
・Financial Times ” Barrick delays Pakistan mega mine as Iran conflict rattles region”
(2026年3月26日付記事).
以上
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