知られざるドイツの味、土地の記憶

2026年08月21日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
濱嵜 隆吏

この夏、8月の頭から2週間弱、私は約10か月ぶりにドイツへ「帰った」。留学と大使館勤務で通算4年を過ごしたこの国は、私にとって第二の故郷のような場所である。政治や経済のレポートでは決して書けないが、その土地を最も雄弁に語るのは、実は日々の「食卓」だと私は思う。ビールやソーセージとザワークラウトばかりが知られるドイツだが、日本ではほとんど紹介されない、しかし現地では驚くほど日常や地元に根付いた料理がある。今回はそのうちの4つの品に、個人的な思い出と、ちょっとした背景・統計を添えてご紹介したい。 

 

① Mett(メット):ドイツ人が愛する「生の豚ひき肉」 

生の豚ひき肉に玉ねぎを載せたMettbrötchen(2026年8月筆者撮影)

 

最初に紹介するのは、日本人を最も驚かせる一皿かもしれない。Mett(北ドイツ・東ドイツやベルリンではHackepeterとも呼ばれる)は、塩と胡椒で下味を付けた生の豚ひき肉である。半分に割ったパン(Brötchen)にたっぷり塗り、生の玉ねぎを散らして食べる「Mettbrötchen」が定番である。私も留学当初同級生のドイツ人に「ドイツに住んでいるのにまだ食べたことがないのか?」と驚き半分で言われ、清水の舞台から飛び降りる気持ちで恐る恐る口にしたが、今ではドイツに帰るたびに一番に食べたくなる逸品である。 

味は癖のない淡白な味で、ドイツに住む日本人の中には「ネギトロ」の代用として食べる人も多いと聞く。 

豚肉の生食は日本では法律で禁止されていることもあり、衛生面が一番気になるが、ここには厳格なルールがある。ドイツの食品衛生規則(Lebensmittelhygiene-Verordnung)では、包装品を除きMettは製造当日しか販売できず、法律上の脂肪分も35%以下に制限されている。鮮度への信頼が前提の食文化なのだ。第二次大戦後の経済復興期以降広まり、1950年代以降はパーティー料理として、Mettをハリネズミの形に盛り、玉ねぎ、またはドイツらしい塩味のプレッツェルスティック(Salzstangen)を棘に見立てたを棘に見立てた「Mettigel(メットのハリネズミ)」も定番になった。企業によっては水曜日(Mittwoch)にMettを食べる「Mettwoch」という言葉遊びの習慣まであるほど、生活に溶け込んでいる。 

もっとも、この生肉食を支えているのは、ドイツの厚い食肉文化そのものである。連邦農業情報センター(BZL)によれば、2024年のドイツの一人当たり食肉消費量は53.2キログラムで、種類別では豚肉が28.4キログラムと最も多く、鶏肉13.6キログラム、牛肉9.3キログラムと続く。豚肉が食肉消費のほぼ半分を占めるという事実こそ、Mettという料理が根付く土壌を物語っている。もっとも近年は、健康志向やフレキシタリアン(ゆるやかな菜食主義)への傾斜から食肉消費は長期的に減少基調にあり、成人の4割が植物性の代替食品を日常的に口にするとも言われる。伝統的な生肉食が、こうした食の変化のなかでどこまで受け継がれていくのかも、静かな見どころである。 

ちなみに、日本企業が多く所在するデュッセルドルフの東約15キロメートルには、Mettmann(メットマン)という街が実在する。字面だけを見れば「Mett+Mann」、すなわち「メット男」。さぞかしMettbrötchenの聖地かと思いたくなるが、残念ながら料理とは無関係で、地名は904年の文書に登場する「Medamana」に由来し、「中央の小川のほとり」といった意味とされる(実は、Mettmann近郊のネアンデルタールでは、その名のとおりネアンデルタール人の化石が発見されている)。

 

② Spaghetti Eis(スパゲッティアイス):パスタ状のアイス?

麺状のバニラアイスにイチゴソースと白チョコを掛けたSpaghetti Eis(2021年6月筆者撮影)

 

次は、子どもから大人まで愛されるデザートがSpaghetti Eis(スパゲッティアイス)だ。バニラアイスを専用のプレス機で麺状に押し出し、下に生クリーム、上からイチゴソースを「トマトソース」に、白チョコレートの削りを「粉チーズ」に見立てる。見た目はまさにスパゲッティ・ボロネーゼだが、正真正銘のアイスである。 

この愉快な一皿は1969年、マンハイムで、イタリア移民のアイス職人の息子ダリオ・フォンタネッラ(Dario Fontanella)が考案したと言われている。スキー旅行中で食べた「モンブラン」に着想を得たそうで、バニラアイスを細長い麺状にするために、ドイツの伝統的な卵麺「シュペッツレ」を作るための押し出し機(シュペッツレプレス)を使用して試作したという。常温のプレス機だとアイスがすぐに溶けてドロドロになってしまうという問題が発生したため、「プレス機自体を冷凍庫でキンキンに冷やしておく」という解決策にたどり着いたという苦労話も残る。

特許料200マルクを惜しんで登録しなかったため、今や全国に広まり、ドイツでは年間およそ3,000万食が売れる国民的デザートとなった。1970~80年代の「イタリア式アイスカフェ全盛期」を象徴する存在でもある。 

そもそもアイスは、ドイツでもチョコレートやビスケットと並ぶ人気の菓子である。夏になると、街角のアイス屋さん(Eisdiele)に人が集まり、老若男女問わずアイスを楽しむのがもはや嗜みである。ドイツ菓子産業連盟(BDSI)によれば、2024年の一人当たり消費量は約8.0リットルで、意外なことに、生産面ではドイツはEU最大のアイス生産国で、2024年の生産量は6億700万リットルと、フランス(5億100万リットル)やイタリア(4億9,200万リットル)を上回る。一方、一人当たり消費で世界を見渡すと、首位はニュージーランド(約28.4リットル)で、米国20.8リットル、豪州18.0リットルと続き、ドイツの8.0リットルはむしろ控えめな部類に入るのは、ドイツ在勤経験者としては少し意外だった。

 

③ Reibekuchen(ライベクーヘン):ジャガイモのパンケーキ 

りんごピューレ(Apfelmus)を添えたReibekuchen(2025年10月筆者撮影)

 

三品目は、Reibekuchen(ライベクーヘン)。生のジャガイモをすりおろし、玉ねぎ・卵・小麦粉と混ぜて薄く焼いたパンケーキのようなもので、名前は文字通り「すりおろしケーキ」を意味する。全国的にはKartoffelpuffer(カルトッフェルプッファー)と呼ばれるが、「Reibekuchen」という呼び名は私がゆかりのあるラインラント地方で使われる名前で、ケルン方言ではRievkoocheともいわれている。 

ジャガイモがドイツで広く食べられるようになったのは18世紀、プロイセンのフリードリヒ大王が飢饉対策として栽培を奨励して以降とされる。安価で保存の利くこの作物から生まれた素朴な一皿は、家庭でもよく作られる一方、今やクリスマスマーケットやお祭りの屋台に欠かせない名物料理だ。定番は、焼きたてにたっぷりのApfelmus(りんごピューレ)を添えた食べ方だが、地域によっては砂糖をふったり、黒パンにのせて甜菜シロップ(Rübenkraut)や燻製サーモンとともに塩味で味わったりもする。ラインラント地方の飲食店では、伝統的に肉を断つ金曜日を「Reibekuchentag(ライベクーヘンの日)」と呼ぶ習慣もあり、わざわざ市場の屋台に買いに行くほどの一品である。 

そもそもドイツ人の「ジャガイモ好き」は筋金入りである。連邦農業情報センター(BZL)によれば、2023/24年度の一人当たり消費量は63.5キログラムと過去12年で最高を記録した。もっとも、これでも往時に比べれば大きく減っており、1950年には実に約202キログラム、2000年でも約70キログラムを消費していたというから、食卓の主役の座は米やパスタへと少しずつ譲られてきたことになる。内訳を見ると、生の食用ジャガイモが25.5キログラムに対し、フライドポテトやポテトサラダ、チップスといった加工品が38キログラムと、実は加工品の比率が高いのも現代的だ。調理法もじつに多彩で、Bratkartoffeln(いわゆるジャーマンポテト)、Kartoffelsalat(ポテトサラダ)、Pommes(フライドポテト)、Kartoffelpüree(マッシュポテト)、Kroketten(コロッケ)、Klöße(団子)、そして本稿のReibekuchenまで、一つの作物からよくぞこれだけ、と感心させられる。生産面でもドイツはEU最大のジャガイモ生産国であり、2024年の生産量は約1,270万トンと、中国・インド・ウクライナ・米国・ロシアに次ぐ世界第6位を占める。自給率は約145%に達し、ドイツは押しも押されもせぬ「ジャガイモ大国」なのである。

そんなジャガイモ大国ならではと感心するのが、スーパーでの売られ方だ。ドイツの食用ジャガイモは、含まれるデンプン量に応じて3つの「調理タイプ(Kochtyp)」に明確に分類され、袋にはそれぞれ色分けされたラベルが貼られている。デンプンが少なく煮崩れしにくい「固ゆで(festkochend)」は、ポテトサラダや炒めジャガイモ、グラタン向き。中間の「やや固ゆで(vorwiegend festkochend)」は万能型で、茹でジャガイモからフライドポテトまで幅広くこなす。そしてデンプンが多く、ほくほくと崩れる「粉ふき(mehligkochend)」は、マッシュポテトやスープ、団子(Knödel)に最適とされる。ちなみに、すりおろして焼くReibekuchenには、生地がまとまりやすいデンプン質のやや固ゆで〜粉ふきタイプが好まれる。世界には約5,000品種、ドイツ国内でも連邦品種庁(Bundessortenamt)に登録された約240品種があるといい、「どの料理にどのジャガイモか」を当然のように選び分けるこの几帳面さこそ、いかにもドイツらしいと思う。

 

④ Milchreis(ミルヒライス):「甘い食事」

Milchreis用ミックス。「süße Mahlzeit」のカテゴリーで売られていることがわかる。(2026年8月筆者撮影)

 

最後は、日本人の食の常識を少し揺さぶる一品、Milchreis(ミルヒライス、直訳すれば「牛乳の米」)。米を牛乳と砂糖、バニラで煮た、いわばライスプディングである。シナモンシュガーやリンゴソース、Rote Grütze(ベリーの果実ソース)を掛けて食べる。 

日本ではデザート扱いされそうだが、ドイツで面白いのは、これが「甘い食事(süße Mahlzeit)」として、昼食や夕食に堂々と食卓に上ることだ(食事として食べる場合は、むしろ温かいまま食べられることが多く、その場合「プディング」感はない)。多くのドイツ人にとっては祖母の味・子ども時代の記憶と結びつく郷愁の味でもある。スーパーではヨーグルト売り場に冷たいカップ入りで並んでいることも多く、米を「甘いごちそう」として捉える感覚は、米食文化の日本から見ると新鮮に映る。 

なお、Milchreis用のお米は広くスーパーでも売られているのだが、日本米にかなり近く、大変お世話になったのは懐かしい話である。 

ところで、予想通りというか、ドイツは基本的にコメを生産していない。気候が冷涼すぎるためで、近年バイエルン州で温暖化を見込んだ試験栽培(陸稲)も行われているが、「開花が遅れ、収穫できるか分からない」状態が続いており、商業ベースには程遠い。それでもドイツ人のコメ消費は年々じわじわと増えており、一人当たり消費量は2022/23年度で約6.9キログラムと過去最高水準にある。国内生産がないため、そのほぼ全量を輸入に頼っており、最大の供給元はイタリアである。視野をEUに広げると、コメ栽培はイタリア・スペインなど地中海沿岸の8か国にほぼ限られ、EU全体の生産量は精米換算で年約180万トン。うちイタリアが約5割、スペインが約3割を占め、イタリア北部・ポー平野の水田は15世紀から続く「欧州のコメどころ」だ。もっともEUの自給率は約60%にとどまり、残りは主にカンボジアやインドから長粒種(インディカ米)を輸入している。興味深いのは、Milchreisや寿司に使われる丸粒・中粒のジャポニカ米についてはEUはほぼ自給できている点で、ドイツのスーパーに「Milchreis用のお米」が当たり前のように並ぶ背景には、こうした域内分業の構図があるのだと、今になって腑に落ちた次第である。

 

【番外編】ラインラント=プファルツ州の「三位一体」

今回の帰省では、主にノルトライン=ヴェストファーレン州のケルンに滞在していたが、ワイン産地としても名高いラインラント=プファルツ州のAnnweilerにも少し足を延ばしてきた。そこで出会ったのが、素朴ながら忘れがたいこの地方の郷土料理、その名もPfälzer Dreifaltigkeit(プファルツの三位一体)である。

一皿に盛られたPfälzer Dreifaltigkeit。手前左はレバークヌーデル(Leberknödel)、その右に焼きソーセージ(Bratwurst)、奥左側がザウマーゲン(Saumagen)、そして奥右がザワークラウト(Sauerkraut)。(2026年8月筆者撮影)

 

「三位一体」とは大げさな名だが、これはBratwurst(焼きソーセージ)、Saumagen(ザウマーゲン)、Leberknödel(レバークヌーデル)という三種の名物を一皿に盛り合わせ、ザワークラウトを添えたプファルツの定番料理を指す。レストランでこの一語を注文すれば、地元の食文化がまるごと運ばれてくるという趣向だ。

三者の主役の一つがLeberknödel(レバークヌーデル)。レバーを使った団子で、他地域では牛レバーが主流だが、プファルツでは豚レバーを用い、方言では「Läwwerknepp」と呼ぶ。バイエルンやオーストリアがスープの実として供するのに対し、プファルツではザワークラウトを添えて主菜として味わう。

そして、この地方の「郷土料理の王様」というべきがSaumagen(ザウマーゲン)。名前通り「豚の胃袋」に、豚肉・ジャガイモをマヨラナやナツメグとともに詰め、沸騰させない温度でじっくり茹でた料理である。スライスして表面をカリッと焼き、ザワークラウトを添える。何よりこの料理を有名にしたのは、プファルツ地方出身のヘルムート・コール元首相(在任1982~98年)だ。サッチャー、ゴルバチョフ、レーガンといった各国首脳を国賓として招く際に好んで供し、そのため今も一部のメニューには「首相のステーキ(Kanzlersteak)」の名で載る。西プファルツで記録された手書きのレシピは1865年に遡るとされるが、詰め物をした豚の胃袋という料理自体はさらに古く、15世紀ごろの文献にもその記述が見えるという。地元の辛口リースリングとの相性は抜群で、素朴な郷土食が外交の舞台にまで上った物語には、思わず頬が緩んだ。

 

結び 

生の豚肉、パスタに化けたアイス、りんごピューレを添えたジャガイモのパンケーキ、甘い主食の米、そして外交の舞台に登った「首相のステーキ」等は、いずれも日本ではあまり知られていないが、ドイツの人々の暮らしと記憶に深く根を張った味である。皆様もドイツを訪れる機会があれば、ぜひ一度、勇気を出してMettbrötchenをかじり、Spaghetti Eisに舌鼓を打ってみてほしい。


<執筆者・アーカイブ>濱嵜 隆吏
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