「Brexit」とその影響について

2016年06月20日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石野 なつみ

6月23日に行われる英国のEU離脱(Brexit)を問う国民投票について解説する。

 

1.経緯

 今回の国民投票は2013年初頭にキャメロン首相が2015年の総選挙のマニフェストでEU離脱に関する国民投票の実施を公約したことに端を発する。2016年2月にEU首脳会議で英国にとって有利な改革案が全会一致で合意されたことを受け、6月23日の国民投票が決定した。翌24日午前4時頃(日本時間正午)には大勢が判明する見通しである。Financial Timesの世論調査集計(各機関の調査を集計したもの)によると6月17日時点では離脱派が5ポイント差で上回っていたが、残留派議員の殺害を受け、6月20日朝の時点では離脱・残留どちらも44%となっている。

 

【図表1】経緯

【図表1】経緯

 

2.Who's who

 国民投票をめぐり、与党が二分されている。残留派は党首のキャメロン首相、オズボーン財務大臣、メージャー元首相。さらに、労働党党首コービン影の首相や、ブレア元首相も残留派である。一方、5月までロンドン市長を勤めたジョンソン議員や、ガブ司法大臣、スミス元労働年金大臣が保守党メンバーの離脱派として挙げられる。

 

【図表2】二分される与党              

二分される与党  

 

 

 【図表3】政党別ポジション

政党別ポジション

 

3.主張ポイント

 残留派はEU離脱に伴う経済への影響を前面に打ち出す、理論的な議論が中心である。最も重要な点はEU単一市場へのアクセスが制限されると英国の経済活動にダメージが大きいことである。英国にとってEU地域は最大の貿易相手で、英国の対内FDI(直接投資)の約半分はEU諸国からきている。例えば、英国で生産される自動車の半分以上はEU地域に輸出されている。さらに、EU加盟国として欧州金融単一パスポートが発行されており、金融関連会社は英国でパスポートを取得すれば、他のEU加盟国のどこでも自由に金融サービスの提供・支店の設立が認められている。しかし、EUを離脱すると、英国に拠点を置く意味がなくなり、大陸側へ移転する可能性が高いと思われる。Brexitのシナリオが現実になれば、こういった経済の基幹産業が打撃を受けるのは避けられないことが、残留派のポイントである。

 

 一方、離脱派は主権回復といった感情論に訴えている風潮がある。例えば、移民急増による社会・経済問題。移民増加は社会保障給付・税負担を引き起こし、また、賃金の下落、失業率の上昇、治安の悪化といった、国民の生活の質の悪化につながっていると主張している。さらに、貿易についても、EUルールに制限されない独自の貿易協定を結ぶことで貿易が活性化し、経済は潤うとしている。また、EU予算への拠出金負担も自国民の生活改善に使うべきと訴えている。

 

【図表4】主張のポイント

主張のポイント

 

4.EU離脱となった場合の影響

 経済分野は、離脱となった場合、リーマン・ショックレベルの経済危機の可能性がある。離脱の手続き中、英国は各国・地域とそれぞれ貿易交渉に臨むことになるが、現在EUが他国と結んでいる貿易協定は金融市場アクセスの欠如、EU規制の受け入れ、関税の受け入れなどが定められており、これを踏襲すると対EU貿易が不利となり、貿易の減少は、欧州経済へも影響を及ぼす結果となる。それはさらに世界貿易の縮小へとつながる。英国・EU間の貿易の他、EUと貿易協定を結んでいる南アフリカ共和国及びアフリカ諸国の貿易量の減少も避けられないと思われる。貿易減少は経済活動の縮小を引き起こし、英国のGDPが3.6%から6%程度縮小すると予測されている。

 

 金融市場への影響も深刻と思われる。ロンドンは欧州金融の中心であり、現在でもBrexitが引き起こしている不確実性が与えている影響は大きく、格付機関は、離脱となった場合の英国債の格下げの可能性を既に示唆している。また、ポンド・ユーロの更なる下落は避けられないと思われる。政府報告書によるとポンドは12%から15%下落すると予想されており、また、英国・欧州株の下落も加速するだろう。これは、円高の進行やボラティリティーの増加など、世界の金融市場に波及するとみられている。金融及び関連セクターがGDPの約20%を占める英国経済にとって、金融市場の混乱は致命的であり、貿易・投資の減少と共に240億から390億ポンド程度の歳入の減少が予測されている。既に、オズボーン財務大臣は仮にEU離脱となった場合、増税もやむを得ないとの発言をしている。

 

【図表5】経済への影響

経済への影響

 

 

 政治・外交面では欧州分裂の可能性がある。まずは英国の発言力低下。これは2016年2月にEU首脳会議で英国の提出したEU改革案にあえて合意した背景には、英国の残留を希望する思惑があり、離脱はそれを反故にすることを意味する。欧州各地で拡大しているEU懐疑派への見せしめとして、EU側は英国に対し厳しい態度で臨むと思われる。また、独立運動が再燃する可能性もある。特にスコットランドはEU残留派が大多数を占めるため、仮に英国がEU離脱となった場合、独立への国民投票実施の可能性がある。また、独立運動の活発なスペインのバスク・カタルーニャ州も後に続くとみられる。

 

【図表6】政治・外交への影響

政治・外交への影響

 

 前述の通り、仮にEU離脱となった場合、英国・欧州経済への影響が世界経済へ波及することは避けられず、リーマンショック並みの混乱が予想される。経済のみならず、政治の混乱も考えられ、欧州が分裂する可能性も見過ごせないだろう。

 

以上

 

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