日本とインドの経済安全保障分野での協力
2026年07月22日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
土田 慧
7月1日に高市首相がデリーを訪問し、2日にモディ首相との間で会談を実施した。今回の会談での主な議題は、防衛・安全保障面での協力強化、日本からインドへの民間投資の呼び込み促進、そして経済安全保障分野での協力深化の3つであった。このうち、本コラムでは経済安全保障分野での協力について論じたい。
インドは2014年にモディ氏が首相に就任して以降、製造業振興スローガンである「メイク・イン・インディア」の下で製造業の育成策を推進している。その背景には、若年層の雇用を吸収し、労働投入を増やすことによる潜在成長率の底上げなどの経済的な側面だけでなく、経済安全保障を確保する側面もあると考える。インド政府は2020年に、特に電子機器・半導体などの製品の国内生産を進め、特定国への過度な輸入依存から脱却することを目指した「自立したインド」を掲げてきた。インドは外交面において、どの国とも同盟関係を結ばずに外交方針のフリーハンドを持ちつつ、他国の影響から自由であることを優先している。仮に国内で必要となる製品を輸入に依存していると、例えば輸入先との外交関係が悪化した際に輸出制限を課されることなどにより当該国に譲歩せざるを得ない状況が発生しかねない。そのような懸念を払拭すべく、モディ政権の下で輸入依存脱却を促進してきたという経緯がある。
特にヒマラヤ山脈付近での国境紛争など地政学的対立が続く中国との間では、プリント回路基板・リチウムイオン電池を含む電子部品やレアアース等の重要鉱物など、製品の中間財・原材料を中心に輸入依存度の高さが政府内で課題視されてきた。昨年には、中国によるボーリングマシンなどインフラ機材やジスプロシウムを含めた7種類のレアアースなど先端産業に不可欠な重要鉱物の輸出規制実施により、インド国内で自動車産業などを中心として製造業の生産活動が一時的に停滞した。
こうした危機感を背景に、インド政府は国内生産に向けた対応策を各種講じている。例えば2025年には、プリント回路基板やリチウムイオン電池などの電子部品製造事業に対し、売上高や設備投資額に応じて補助金を支給する「電子部品製造優遇スキーム(ECMS)」(予算は4,000億ルピー(日本円で約6,760億円))を新設した。重要鉱物に関しては、2025年1月に鉱物の採掘・加工・リサイクルへの支援策として「国家重要鉱物計画(NCMM)」(予算は2030年度までで1,630億ルピー(約2,820億円))が公表された。これは、川上の採掘から川中の精錬、川下のリサイクルに至るまで、国内に一貫したエコシステムを構築しようとする試みである。これらにより、インド政府は中国への輸入依存脱却を目指している。他方でこれらの政策は、資本量・技術力を加味すると地場企業だけでは十分に実施できないため、外資の呼び込みが不可欠となる。インド政府は2020年以降、陸上で国境を接する国に本籍地を置く企業によるインド向け投資を事前承認制とするなどのFDI規制を実施してきた。本規制は特に中国企業によるFDIを抑えることを企図していたと考えられる。インド政府は今年3月に本規制の一部緩和を発表した。特に電子部品・ポリシリコンやインゴットウエハー製造など中国企業が高い競争力を持つ製品・セクターに関しては、それまでは投資申請受理からインド政府による承認可否に要する日数については明確な規定が存在しなかったため、中国企業はインドへの投資を躊躇してきた。緩和後、インド政府は投資申請受理から60日以内に承認可否を下すことを決定している。これにより中国企業のインドへの投資に関する不確実性が低下し、投資呼び込み・製造能力向上を狙えると考える。
ただし、インド政府は経済安全保障上、重要なセクターに中国からのFDIを呼び込むことに対して躊躇していると考えられる。事実、防衛産業や通信産業についてはFDI規制の緩和対象となっていないほか、投資実施にあたり内務省のセキュリティクリアランスを受ける必要がある。また上記のFDI規制はレアアースの加工・レアアース永久磁石製造工程については緩和されているが、レアアースを含む重要鉱物の探査・採掘工程においては緩和されていない。インド政府が、探査を通じて中国企業に重要鉱物の埋蔵状況を把握されることや、中国企業に重要鉱物の採掘量を左右されることを懸念しているためと考えられる。また投資規制の緩和が部分的なものにとどまったことも、インド側が中国資本受け入れに慎重な姿勢を示している証左であると考えられる。
この点、日本企業からの投資は中国企業に比べてインド側にとり受け入れやすいと考えられる。インドは、日本の掲げる「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の理念を共有する同志国であり、インド政府としても経済安全保障上のリスクを懸念することなく投資を受け入れることができると考える。先述の日印会談では、重要鉱物分野において日本のエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)とインド鉱山省所管のインド地質調査所(GSI)が、「鉱物の探査に関する協力覚書(MoC)」に署名している。インド政府はNCMMにおいても重要鉱物の探査事業を支援することを明示しているほか、今年度の予算の中ではレアアース埋蔵量の豊富なオディシャ州、ケララ州、アーンドラ・プラデーシュ州、タミル・ナードゥ州の4州を「レアアース回廊」に指定し、探査・採掘からリサイクルまでの一連の工程を支援すると公表している。インド政府としては、まずは探査作業に関してJOGMECと協力して実施することで埋蔵地域・埋蔵量を正確に把握し、将来的には採掘分野においても日本側との協力を進める意向があると考える。
このような取り組みは、日本からインドへの一方的な支援にとどまるものではないと考える。特にレアアースに関しては、中国が2026年1月に実施した輸出規制強化策の影響を受け、中国から日本への輸出が減少している。これを受け、代替調達先としてインドからの輸入を増やすことを検討する日本企業も存在する(日本経済新聞、2026年6月8日付記事)。今後、NCMMやレアアース回廊でのレアアース採掘事業に日本企業が参画し、それを日本向けに輸出することができれば、日本の調達先多様化にも繋がることが期待できる。このように、インド側が同志国である日本からの投資受け入れを進めることで重要鉱物などの自国での製造能力を向上させつつ、それを国内消費のみならず日本向けに輸出できれば、両国の経済安全保障確保に繋がると期待できる。
両国の政府や企業の動向に関して、今後も注視していきたい。
<執筆者・アーカイブ>
インド ~州議会選挙の結果と経済への影響~(2026年6月9日)
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