九州経済~アジアとの隣接と産業集積~
2026年04月02日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之
概要
- アジア経済との結び付きを踏まえずして、九州経済の動向を考えることはできない。九州経済圏の貿易収支を見ると、日本全体の貿易収支とは違った構図が見られる。東アジアやASEANとの供給網の深化の中で、九州経済の重要性は高い。
- 九州経済は底堅く推移しているものの、全国平均に比べて所得水準がやや低いことが課題になっている。生成AIなどのような新しい技術の取り込みが話題に上る中、産業集積や都市再開発、海外からの観光客の増加などの変化が生じており、そうした新しい技術を社会に実装しやすい環境にある。その結果として生産性が向上し、賃上げにつながり、それが個人消費などの需要に結びつくことで成長の好循環が実現することが期待される。
1.アジア経済との結びつき
アジア経済との結び付きを踏まえずして、九州経済の動向を考えることはできない。九州経済連合会や九州経済調査協会などの資料をみると、九州を中心にアジアを考える地図を目にすることが多い(図表①)。地理的な近さに加えて、歴史的な関係の深さもあって、日本経済の中でも特にアジアとの結びつきが強い。また、日本経済において、自動車や半導体などの生産拠点が西日本にシフトしつつあるように見える中で、九州には日本を代表する企業の生産拠点が集積してきた。国内外の供給拠点として、ますますその存在感が大きくなっている。
海外経済と九州経済圏の関係を捉えるために、九州経済圏の貿易収支を見ると、全体としては黒字である一方で、県別では黒字と赤字の双方がある(図表②)。2025年の貿易統計では、福岡(4.1兆円)と山口(1.4兆円)の貿易収支が黒字だった一方で、他県の貿易収支は赤字だった。もちろん、あくまで通関を切ったところで貿易額が統計に計上されるため、自県で生産しても輸出される港が他県にあると、自県の輸出に含まれないことになる。特に、高速道路や倉庫などの物流網が発達していると、そうした現象が起きやすく、九州も例外ではない。ただ、それらの点に留意しつつも、海外経済との結びつきを捉える上で、貿易収支はひとつの目安になる。
2.九州経済圏の貿易関係
2025年の九州経済圏の貿易収支を貿易相手別に見ると、中国(0.8兆円)や韓国(1.4兆円)、米国(0.5兆円)、EU(0.5兆円)との貿易収支はいずれも黒字だった(図表③)。それに対して、2025年の日本全体では、米国(7.5兆円)や韓国(2.5兆円)の貿易収支は黒字だった一方で、中国(▲7.9兆円)やEU(▲2.7兆円)の貿易収支は赤字であり、九州経済圏が中国とEUでも稼いでいることが特徴として挙げられる。
九州経済圏の対中国の貿易収支の概況品の内訳では、化学製品(約2,900億円)や原料別製品(22億円)、一般機械(約3,000億円)、輸送用機器(約6,100億円)が黒字だった(図表④)。それに対して、日本全体の対中国の貿易収支では化学製品(1.6兆円)の黒字だったものの、一般機械(約▲5,200億円)や原料別製品(▲9,700億円)は赤字であり、輸送用機器(約3,500億円)の黒字額は九州圏の黒字額の6割弱にとどまった(図表⑤)。九州経済圏と日本経済全体での貿易収支で、黒字・赤字が逆転する項目があることが注目される。
例えば、一般機械では、九州経済圏が中国向け輸出拠点であるものの、他地域では輸入の方が多く、日本全体では貿易赤字になっている。九州経済圏の中国向け輸出では、特に半導体等製造装置の輸出が多かった。米国の半導体関連規制の強化もあり、中国企業が前倒して輸入していたことが反映されている。また、原料別製品では、銅及び同合金や鉄鋼の中国向け輸出が多かった。それらの生産地が九州に集積していることが一因だった。輸送用機器でも、九州経済圏が輸出拠点である一方で、国内の他地域は中国からの輸入を相対的に多く受け入れていると考えられる。なお、九州の輸送用機器の内訳を見ると、完成車の輸出が大半を占めていることが特徴として挙げられる。中国市場との近さもあって、九州経済圏で、自動車の組み立て工場が集積していることが、中国向け完成車輸出を促している。
ASEANとの貿易収支を見ると、九州経済圏は黒字だったのに対して、日本全体では赤字になっていた。ASEANとの貿易では、食料品や原料品、鉱物性燃料が輸入超であることは九州と日本全体で共通している。その一方で、日本全体で電気機器やその他も輸入超であったのに対して、九州経済圏ではそれらも輸出超だった。
ASEANと日本経済の供給網の深化と言っても、地域によって濃淡や性格が異なる。電子機器などが九州からASEANに輸出され、そこで組み立てられたものなどが、再び九州以外の日本に輸出されている構図がうかがえる。もちろん、ASEANから九州経済圏にも輸出されるものの、相対的に輸出の方が多く、貿易黒字になっていた。
また、米国とEUとの貿易収支が黒字になっていることも注目される。日本経済全体では、米国とは貿易黒字である一方、EUとは貿易赤字の関係にある。このうち、EUとの貿易に注目すると、九州経済圏の貿易黒字の源は、輸送用機器だった。EU向けに、完成車の輸出が行われていた。その他では化学製品や原料別製品、一般機械などの収支は黒字になっている。
それに対して、日本全体のEUとの貿易収支を見ると、赤字額が大きいのは化学製品(▲2.7兆円)だった。化学品の中でも医薬品の輸入が2.6兆円あり、これが大勢を占めている。ただし、医薬品については、日本国内の生産拠点があり、原液などを輸出入して加工して国内外に供給する体制になりつつある中で、それから九州経済圏が外れているという見方もできる。
3.観光という貿易産業の成長
近年注目を集める輸出産業として、観光業がある。九州観光機構によると、2025年の九州への直接入国外国人数は581万人であり、日本全体の4,268万人の13.6%を占めている。訪日観光客の増加に歩調を合わせているように見えるものの、若干違う動きがある。日本全体に比べて、九州では韓国からの観光客が多いことが挙げられる。実際、九州への観光客のうち韓国からが全体の50%超を占めている。日本全体では20%強なので、倍以上の割合になっている。また、東アジア地域(韓国、中国、台湾、香港)からの観光客が9割弱を占めており、日本全体の7割弱に比べて多い。言い換えると、九州の観光業は東アジア地域への依存度が高い。
一般的に、近いところからの観光客は、比較的短期の滞在になり、消費額も少ない傾向がある。また、政治的な関係が厳しくなると、観光客も減少する傾向にあるなど下振れリスクも小さくない。現在も、中国からの団体客の流入は大きく減っている。そのため、日本全体では欧米や豪州、東南アジアなどから観光客が増えているように、九州にもそれらの国・地域からの観光客を呼び寄せることが課題になっている。見方を変えると、東アジア地域以外からの観光需要をまだ取り込めていないため、その部分で成長する余地が大きいと言える。九州には観光資源が多くあるため、ひとたび注目されれば、欧米などからの観光客が増加すると期待される。
4.課題は、所得の伸び悩み
堅調に推移する九州経済圏の中で、懸念されていることは、相対的に所得が伸び悩んでいることだ。さらなる経済成長を促す上で、生産・分配・支出の好循環を生み出す必要がある。なぜなら、分配面の所得が伸び悩むことで、支出面の個人消費が精彩を欠き、結果として生産活動が勢いづきにくいことになりかねないからだ。
例えば、1人あたりの雇用者報酬を見ると、全県計に比べると、九州経済圏は低い傾向がある(図表⑦)。もちろん、都市部のうち福岡市は全県計を上回っており、北九州市もほぼ全県計並みと、高い地域もある。しかし、福岡県と大分県を除くと、1人当たり雇用者報酬が全県計よりも低い傾向がある。
賃金を生計費という点から考えると、消費者物価指数が地域によって異なり、相対的に都市部よりも地方部の方が低い傾向がある。例えば、都市部の家賃の方が高いため、日常生活を送る上で都市部の賃金の方が高く設定されている傾向がある。
それに加えて、地域の産業構造も賃金に影響している。地域を限定すればするほど、産業の偏りがあり、それが賃金に反映されることになる。実際、産業別の賃金を見ると、大きな差があることが知られている(図表⑧)。もちろん、正規社員・非正規社員の比率や勤続年数の相違、男女比率の相違、地域差などの影響を受けている面もある。また、同じ産業に分類されていても、川上・川下の工程や直接・間接部門などのように、実際の業務が大きく異なっており、それらが賃金の差を生じさせている可能性もある。しかし、一般的に産業によって賃金差があるという点が重要だと考えられる。
そこで、サービス業のうち、相対的に賃金水準が高い産業について、付加価値の合計である県内総生産を用いて特化係数を計算してみた(図表⑨、⑩)。特化係数とは、各産業の構成比について、各地域の数値を全県計の数値で除したものであり、1より大きいとその地域が全県計よりもその産業に特化していると言える。ここでは、特化係数から基準となる1を差し引くことで、プラスとマイナスを判断の基準にしている。
これらを見ると、福岡市では、専門・科学技術、業務支援サービス業や情報通信業がプラスであり、相対的にこれらの産業に特化していると言える。北九州市では、電気・ガス・水道・廃棄物や専門・科学技術、業務支援サービス業がプラスであり、これらに特化している様子がうかがえる。相対的に賃金の高い産業が都市部に集積しており、それが結果的に賃金水準の高さを生み出している可能性がある。
その一方で、賃金水準があまり高くない産業では、福岡以外の九州各県の特化係数が高い傾向がある。もちろん、当面人口増が予想されている福岡市のような都市部に比べて高齢化率が高いため、介護サービスの需要が多いなど人口動態に関連する部分や、観光地であるため、宿泊・飲食サービスが多いことなど地理的な条件に関連する部分もある。そのため、これらの産業分野で重点的に、人手不足が課題の中で自動化や生成AI、ロボットなどを活用して生産性を高めていくことが必要だろう。
ただし、サービス業単体で賃金を引き上げていくことには、難しい面があることは事実だ。そうした中で、九州経済圏の強みである自動車や半導体など他産業が賃上げのテコになることも期待される。特に、熊本県などを中心に、半導体産業が集積をさらに加速させており、理工系人材を中心に賃金が上昇している。そもそも人手不足であるため、その賃上げが自動車など他産業に及びやすい傾向がある。このような製造業での賃上げによって、労働市場の需給バランスが崩れやすくなると、サービス業でも人の取り合いが強まる結果、全体として賃金も上昇しやすくなる。また、熊本などに加えて、福岡市など都市部では住宅価格や家賃も上昇しており、生計費を確保する上でもこれまで以上の賃上げが社会的な要請になっている。
もっとも、賃上げのためには、生産性の向上、すなわち、これまで以上に仕事ができるようにならなければならない。高度経済成長期以降の建物は寿命を迎えつつあり、天神ビックバンや箱崎のような再開発も進みつつある。都市機能の集積やスマートシティの構築など、生産性がより高まるような仕組みを構築しやすい環境にあると言える。生成AIなどの新しい技術が実装されていく変革期に、そのような都市機能の更新が行われていることは、生産性の向上につながりやすい好機とも言える。
集約と分散を上手く活用しつつ、アジア経済との近さや半導体などの産業集積などを踏まえると、今後の九州経済がさらに成長していくと期待される。そうした中で、それぞれの地域・産業の長所を生かして成長する経路を描くこと、それに貢献するビジネスを探求することがますます重要になっている。
<参考>
「九州経済~自立性・アジア目線・集中と分散~」(2019年7月)
以上
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