アルゼンチン:中道右派政権の誕生と今後の展望

2015年11月27日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
足立 正彦

概要

 任期満了に伴うアルゼンチン大統領選の決選投票が11月22日に行なわれ、中道右派の野党連合「変えよう同盟」が擁立したブエノスアイレス市長のマウリシオ・マクリ候補が与党「勝利のための戦線」の候補であるダニエル・シオリ・ブエノスアイレス州知事を破り勝利を収めた(図表1)。次期大統領に当選したマクリ氏は12月10日に大統領に正式に就任し、アルゼンチンでは政権交代が実現するが、12年間継続してきた左派政権に終止符が打たれ、アルゼンチンは政治的にも経済的にも大きな転機を迎えつつある。マクリ氏は選挙キャンペーン中にフェルナンデス現政権の経済政策を大幅に転換する必要性を訴えており、アルゼンチン経済の開放を目指すことになるとみられているが、今回の大統領選決選投票でのマクリ氏の勝利の意義と今後の課題、展望に焦点を当てつつ解説する。

 

 図表1: 大統領選決選投票結果(2015年11月22日)

 

1.中道右派政権の誕生

 マクリ氏の今回の勝利はアルゼンチンで12年ぶりに政権交代が実現し、2003年に発足した左派政権のキルチネル政権、そして、2007年から夫である前大統領の路線を2期8年継承してきたフェルナンデス現政権による貧困層向けの所得再分配政策や保護主義的な経済・通商政策からの決別を意味する。それと同時に地域的観点からは、南米では2000年代にコモディティ価格の高騰を背景にして、アルゼンチンのみならず、ブラジル、ベネズエラ、エクアドル、ボリビアなどでも「反米左派政権」が隆盛を誇ったり、相次いで誕生したりした。その象徴は故チャベス大統領が率いたベネズエラであったが、2014年夏以降の国際原油価格の急落でベネズエラ経済は極めて厳しい状況に陥っている。また、アルゼンチンの隣国ブラジルでも2014年10月に中道左派のルセフ大統領が僅差で再選を果たしたものの、2015年1月に始動した第2期政権下では市場(マーケット)からの信任が厚いレビー財務相主導で財政再建策に取り組み、緊縮政策に基づき国民に痛みを伴う経済改革に現在着手している。中道右派のマクリ氏の今回の勝利は中国経済の減速に伴うコモディティ価格の急落で景気が低迷し、貧困層を対象とするバラマキ政策がアルゼンチンでも行き詰まり、南米における左派政権の退潮を鮮明に印象付ける結果であると言える。

 

 

2.今後の展望

 アルゼンチンは経済の低迷で財政状況も悪化しつつある(図表2)。2014年には債務の全額返済を求める米国の投資ファンドとの交渉が決裂し、事実上の不履行に陥った。アルゼンチン経済は南米で2番目に高い年率約15%のインフレに直面しており、経済が低迷する中、選挙キャンペーンでマクリ氏は現政権のバラマキ政策を厳しく批判し、「変革」の必要性を訴えて当選を果たした。次期政権の喫緊の課題としては、まず経済再建の前提となる国際金融市場への復帰のための信認回復である。そのためには2001年にアルゼンチンが債務不履行に陥った当時の債務の全額返済を求めている米国の投資ファンドとの交渉を再開させて債務問題の早期解決に取り組むことが極めて重要である。また、フェルナンデス現政権下では外貨取引や貿易に関する規制が導入されてきたが、マクリ次期大統領はこうした規制を緩和して開放型経済を導入し、改革に着手するものと考えられる。

 

図表2:実質GDP成長率

図表2:実質GDP成長率
(出所:世界銀行より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 だが、アルゼンチン議会は所得再配分政策などを推進したフェルナンデス現政権を支えてきた「ペロン党」が上下両院で多数党の立場を維持している(図表3)。マクリ氏が経済改革を推進する上で厳しい議会運営が予想されているが、南米第2の経済を誇り、豊かな資源に恵まれたアルゼンチンの経済を回復に向かわせるためには、新政権始動直後から大統領選での勝利によりもたらされた「政治資本」をマクリ氏が巧みに活用する政治手腕が発揮できるか注目される。

 

図表3:議会の議席構成

図表3:議会の議席構成
(出所: Eurasia Group )

以 上

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