緊張高まるイラン情勢

2020年01月15日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 2020年、年始早々に一気に緊張が高まったイラン情勢について、整理する。

 

1.緊張の高まり: 背景と要因

 2019年12月27日、イラク北部のキルクークで米国の民間人1人が、ミサイル攻撃によって死亡したことが、米国とイランの間で緊張が高まる起因となった。「アメリカ人の命がレッドライン(超えてはならない一線)だ」と常々言ってきたトランプ米大統領は、その2日後にはミサイル攻撃の主体であったとされる民兵組織「ヒズボラ旅団」の拠点を攻撃し25人が死亡したが、今度はこれに怒ったイラク人が、首都バグダッドの米国大使館を襲撃し放火する事件を起こした。そして、2020年1月3日早朝、米国がドローン攻撃を行い、イランのイスラム革命防衛隊対外工作部隊の司令官であったカーセム・ソレイマーニー氏と、「ヒズボラ旅団」の司令官であったアブマハディー・アルムハンデス氏を含む計10人が死亡した。

 

【図表1】2019年末から2020年初にかけての緊張の高まり(出所:各種報道より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 ソレイマーニー氏は対外工作部隊の司令官を20年以上務め、良くも悪くも国内外で大変有名な人物だったため、このニュースに世界中がざわめいた。中東地域での米国人殺害に深く関わってきたとされる同氏に対する暗殺計画は、オバマ前米大統領やブッシュ元米大統領など歴代米政権下でも存在したようだが、イランの反応や中東情勢の混乱を恐れ、計画が実施されることはなかった。

 

 ソレイマーニー氏死亡のニュースを受け、ペルシャ湾を隔ててイランのすぐ対岸に位置する親米の湾岸諸国に衝撃が走った。仮にイランが暴発すれば、真っ先に被害を受ける可能性が高いのは、はるか遠くにいる米国ではなく、目の前にいる親米の湾岸諸国だからだ。実際サウジアラビアは、2019年9月に同国東部の重要な石油関連施設を攻撃され、石油の生産量が一時的に半減した。また、UAEなどもイエメンのホーシー派などから度々攻撃対象として名指しされている。そのような理由から、ソレイマーニー氏死亡の翌日にはカタールのムハンマド外相がイランに飛びザリーフ外相と会談(その後12日にはタミーム首長がイランを訪問し、ロウハニ大統領やハメネイ最高指導者との会談を実施)。また、サウジアラビアのハーリッド国防副大臣は米国に飛びトランプ米大統領と会談、UAEのアブダッラー外相はポンペオ米国務長官と電話会談を実施し、オマーンも緊張緩和を強く求めるメッセージを出した。

 

 1月8日の早朝、イランはソレイマーニー氏殺害の報復として、駐留米軍のいるイラク国内の軍事基地2か所に対して、ミサイル攻撃を実施した。しかし、この攻撃は事前に米軍側に通知されていたため、死傷者は一人も出なかった。イランは、そもそも軍事力が違い過ぎる米国と真正面から戦争をするつもりはなく、ソレイマーニー氏を殺害された以上、何らかの報復攻撃をしないと国内の収まりがつかないため、米兵に死傷者を出さない限定的な攻撃に落ち着いたと考えられる。死傷者が出なかったことで、トランプ米大統領も報復は行わず制裁強化での対応のみとし、ひとまず報復の連鎖は食い止められたとみられている。トランプ米大統領としても、2020年11月の大統領選挙を考え、今の段階でイランとの全面戦争を行うことは避けたいのが本音だろう。

 

 

2.今後の情勢展望

 短期的に大規模衝突は避けられたものの、ハメネイ最高指導者は「米軍を中東全域から追い出す」ことがイランの最終目的としており、影響力を行使しやすい隣国イラクやシリアでの今後の動きが注目される。また、イランの革命防衛隊高官や、レバノンのヒズボラの司令官などは米軍に対する報復攻撃を公言しており、今後域内諸国で、イランの影響下にあるグループなどが、米国の権益やタンカーに対する攻撃やサイバー攻撃などを実施する可能性が高いと考えられる。

 

 米・イランの争いの実際の現場になってしまっているのがイラクである。この現状を懸念したイラク議会は1月5日、米軍を含む外国軍の撤退を要求する決議を可決し、イラク政府は米国政府に対して米軍撤退のための協議開始を呼びかけている。また、イランに対しても、イラクを属国のように扱うことに不満を持っており、イラク国内では反米のみならず反イラン感情も高まっている。

 

 かたや、イランにおいてもソレイマーニー氏の殺害で反米感情が高まったが、その後革命防衛隊がウクライナ航空の旅客機を誤って撃墜し、乗員乗客176人が死亡。犠牲者の半分以上がイラン人、もしくはイラン系カナダ人だったため、誤射の事実を政府が隠蔽しようとしたことにイラン国民は激怒し、4日連続でハメネイ最高指導者や政権トップの退陣を求める反政府デモが起こっている。通常イランでは、反政府デモは激しく弾圧されるため、最高指導者を公然と非難する今回のようなデモは珍しく、イラン政府が今回のデモにどのように対応するのか、世界が注目している。

 

 イランは、米国が復活させた制裁の影響で経済が困窮。核合意に関しても、1月5日にイランが全ての合意義務の履行停止を発表し、それに対してEU3か国(英独仏)が紛争解決メカニズムを発動したことで、いまや崩壊の危機にある。反政府デモの今後の展開や2月の議会選挙など、今後数か月間のイラン周辺の動きには注意が必要だろう。

 

 イランにとって内政、経済、外交の各方面で、前途多難な年明けであった。

以上

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