通商法301条の影響――米国・アジア・サブサハラの視点

2026年08月04日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
浅野 貴昭

 
国際部 チーフアナリスト 浅野 貴昭
国際部 シニアアナリスト 髙橋 史
国際部 アナリスト 土田 慧

 

 

政経イベントコラム第2弾

 7月23日、米通商代表部(以下、USTR)は、1974年通商法301条に基づく関税措置を発表した。米国の主要貿易相手である60か国・地域が、強制労働産品の輸入を効果的に阻止しておらず、その結果、米国産品の競争力が損なわれることを理由に関税を発動した。
 関税率については、追加関税10%となる国々が17か国、一般関税率と合算した上で関税率10%(または12.5%)が適用されるのが日本を含む5か国・地域、残る38か国・地域については12.5%の追加関税となる。7月24日以降の通関貨物が適用対象。関税賦課の結果、経済に混乱を引き起こす可能性のある産品などは適用除外が認められている。

 

 


米国の視点
国際部 チーフアナリスト 浅野 貴昭
(専門:米国)


 

 一時は落ち着いたかに見えたトランプ政権の関税攻勢が再び始まった。これは2026年2月の連邦最高裁判決によって崩れてしまったトランプ関税の壁を再構築しようとする試みである。今次の関税の発動日が、相互関税の代替措置として導入された通商法122条関税が失効する7月24日と重なっていること、対象国と適用関税率の設定に疑義が残ることなどを受け、強制労働対策との説明は関税障壁を立て直すための政治的口実に過ぎないとの観測が広く流布することとなった。

 

 米最高裁判決によって、日本の対米輸出品への関税は、日米合意を受けての15%(相互関税)から10%(通商法122条)へと下がっていたが、今回の措置によって関税率は12.5%まで上がる。ただし、トランプ政権は、通商拡大法232条に基づく製品別関税も次々と繰り出しており、2026年3月には日本を含む16か国・地域における過剰生産能力を問題視して調査を開始しており、主要貿易相手国に対するトランプ関税が12.5%を上限に留まる気配はない。

 

 今回の301条関税とは別に、トランプ政権は、対ブラジル関税(301条、25%)、対カナダ関税(関税法338条、50%)もそれぞれ発動する構えだ。こうなると憲法上、関税政策を差配する権限を有する連邦議会が、果たして失地回復に乗り出すことはあるのだろうか、との問いも浮かぶ。その観点からも2026年11月の中間選挙の帰趨が注目されるわけだが、労働組合を支持基盤とし、そして選挙を前に左派台頭が取りざたされる現在の民主党が、トランプ通商の対抗軸たり得るか、というと、それはバイデン政権の対中関税の取り扱いを振り返るまでもなく、期し難いことになる。

 


アジア大洋州の視点
国際部 アナリスト 土田 慧

(専門:アジア大洋州)


 

  • 関税率や主力輸出品が適用除外となり得ることを踏まえると、影響は限定的か

 今回の決定により、アジア大洋州ではインド、インドネシア、カンボジア、スリランカ、パキスタン、バングラデシュ、マレーシアに10%の関税が適用される一方、オーストラリア、シンガポール、タイ、ニュージーランド、フィリピン、ベトナムは12.5%の関税が課される。

 特にアジア諸国に関し、以下3つの理由から、昨年に発動された相互関税や今年2月に発動された通商法122条に基づく関税と比べ、本関税が各国経済に与える追加的影響は限定的なものに留まると考えられる。

 1点目は関税率の水準である。10%の関税が適用される国に関しては、関税率は7月23日以前と変わらないことになる。ベトナム、タイ、フィリピン等6か国に関しては12.5%の関税率が課されることになるが、税率の上昇幅は2.5ポイントにとどまる。

 2点目は、米国向け主力輸出品が適用除外品目に該当する国が多いことである。本関税は、米国通商代表部が公表した官報付属書Ⅰ・Ⅱに記載された製品に関しては適用除外となる。具体的には、スマートフォン・集積回路・コンピュータ・通信機器などの電子機器類や、医薬品などが含まれる。例えばインドに関しては、2025年の米国向け輸出品目第1位・2位はスマートフォン等の電話機と医薬品となっている(両者合計で、米国向け輸出全体の約3割を占める(国際貿易センター、2025年))。またベトナムについても、スマートフォンを含む通信機器・電子機器が2024年の米国向け輸出の約5割を占める(国際貿易センター、2025年)。これら品目については、AI関連需要の拡大も追い風に今後も輸出が堅調に推移することが見込まれる。

 3点目は、これまで米国との間で、個別で貿易協定に合意した国に関しては、特定品目については一定条件を満たす限りは適用が除外される可能性があることである。具体的には、バングラデシュ、カンボジア、インドネシア、マレーシアについて、特定の繊維製品およびアパレル製品に対し3年間の関税割当(TRQ)を設定し、米国から綿花など原材料を輸入することを条件として一定数量までは追加関税なしで輸出できる可能性がある。4か国のうち、特にバングラデシュ・カンボジアに関しては米国向け輸出に占める繊維・アパレル関連製品の比率はそれぞれ約9割・4割と相対的に高いため(CEIC・国際貿易センター、2025年)、関税の影響を抑制できることが期待できる。

 

  • 過剰生産能力に対する追加関税・輸入制限措置には要留意

 他方で、一部のアジアの国には追加関税が課される可能性があることには留意が必要である。今年3月より、米国政府によりインド、バングラデシュに加えてASEAN6カ国(カンボジア、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナム)を含む16カ国を対象とした過剰生産能力に関する調査も進んでいる。本調査により、当該国が過剰生産能力を有していると判断された場合には、追加関税や輸入制限措置が実施されかねない。その場合は米国向け輸出が低迷し、ひいては経済成長率の押し下げ要因となる可能性がある。

 

 


サブサハラ・アフリカの視点   
国際部 シニアアナリスト 髙橋 史

(専門:サブサハラ)


 

  • サブサハラへの影響は軽微か

 今回の決定により、サハラ砂漠以南のアフリカ(以下、サブサハラ)では南アフリカ(以下、南ア)、ナイジェリア、アンゴラの3か国のみ12.5%の関税が適用されることとなった。ただし、その影響は軽微なものに留まるとみられる。

 まず、サブサハラ最大の経済規模を持つ南アにとって、米国は中国、ドイツに次ぐ輸出相手国だ(2025年は83億ドル、国連貿易統計)。米国の重要性に鑑み、7月9日にワシントンで開催された公聴会には南ア・貿易産業競争相みずからが参加。南ア国内には強制労働を禁止する法律があり、関連する国際法も批准しているとの意見も提出していたが、聞き入れられなかった形だ。

 他方で、南アの米国向け輸出の約45%(2025年)を占めるプラチナ・パラジウムなどの白金族は重要鉱物に指定されているため、第301条関税の対象外となる。さらに、米国向け輸出の約11%を占める乗用車と、アルミ塊(同6%)は、別途1962年通商法第232条に従い25~50%の輸入関税が課されている。そのため、今回の第301条関税発動による影響は、かんきつ類(同1.3%、オレンジを除く)やワインをはじめとする農産品などに限定される見込みだ。

 また、ナイジェリアとアンゴラへの影響はさらに軽微だ。ナイジェリアにとって米国は第5位の輸出相手国で、米国の存在感は大きい。しかし、米国向け輸出の9割以上が原油・石油・肥料などの関税適用除外品目のため、今回の関税措置の影響はほぼないとみられる。アンゴラ(米国は第3位の輸出相手国)も、ナイジェリア同様に米国向け輸出の約6割が原油・石油のため影響は軽微だろう。

 

  • AGOA失効の方が影響大

 第301条関税とは別に、米国はサブサハラ33か国・約6,900品目を対象に、米国市場向けに無税アクセスを与える「アフリカ成長機会法(AGOA)」を適用している。AGOA受益国である南ア、ナイジェリア、アンゴラでは、今回の第301条関税が優先適用(override)されるが、前述のとおり、これら3カ国の米国向け主要輸出品が同関税の対象外となる状況には変わりない。

 一方で、米国のアフリカ向け通商政策の柱として2000年に制定されたAGOAは、米議会の超党派の支持を受けて2026年12月31日まで1年間延長されたものの、その後の見通しは不透明だ。ケニア、マダガスカル、レソトなどの国々は、AGOAによる無税アクセスを通じて米国向けの縫製品輸出拡大を進めてきた。そのため、AGOA失効によって最恵国待遇(MFN)の関税率(最大32%)に戻れば、これらの国々の縫製業界に深刻な影響が及ぶとみられる。USTRは複数年の延長の意向を示しているが、失効まで残り5か月に迫る中、未だ議会での本格的な審議には至っていない。

 したがって、サブサハラ全体でみれば、今回の第301条関税の決定以上に、AGOAが再延長されない場合の影響の方が相対的に大きくなるだろう。

 

以上


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