メルツ首相訪日を、欧州の産業政策から読む ――欧州での対話と現地の空気から考える「Made with Europe」

欧州で聞いた話を、東京で読み直す
10月19日の週、私は欧州にいた。英国からブリュッセル、ドイツ、ポーランドを回り、各地で企業関係者、研究者、政策関係者などと話を重ねた。帰国して間もなく、今度はドイツのメルツ首相が日本を訪れた。欧州で聞いた話を思い返しながら、10月28日の日独首脳共同声明を読んだ。
共同声明に加え、先端技術と経済安全保障に関する二つの共同宣言が発出され、AI、半導体、重要鉱物、フュージョン、水素、防衛産業など、幅広い分野で協力を進める方向が示された。官民合わせて約30件の協力覚書も交換された。日独首脳が経済を重点的に語ること自体は、もちろん新しいことではない。例えば10年前にも、世界経済や構造改革、財政政策は首脳会談の主要な議題だった。ただ、今回の文書を読み進めると、経済をめぐる議論の性格が少しばかり変わっていることに気付く。成長や貿易だけでなく、産業基盤、重要技術、供給網の強靱性を、安全保障と切り離せない課題として扱っている。経済安全保障と先端技術について、それぞれ独立した共同宣言を設けたことが、その変化を最も端的に示している。
そして今回、とりわけ目を引いたのが「Made with」という表現だった。首脳共同声明は、「日独のサプライチェーンの連結性、開放性、強靭性を維持し、志を同じくするパートナーにとって公平な競争条件を確保するために協力する決意を表明し」、「Made in」ではなく「Made with」のアプローチを原則として支持した。この短い文言には、いま欧州で起きている変化と、それに対する日本の関心が凝縮されている。
「Made in Europe」が浮上した背景
欧州ではいま、域内で生産された製品を、公共調達や公的支援で優遇しようとする議論が進んでいる。背景にあるのは、一時的な景気低迷ではない。欧州委員会自身が、域内産業は高いエネルギー価格、厳しい国際競争、複雑な規制に直面していると説明している。とりわけ鉄鋼、化学、金属などのエネルギー多消費産業は、脱炭素のための大規模な投資を求められる一方、域外企業とのコスト競争にもさらされている。欧州委員会が打ち出した「クリーン産業ディール」は、こうした産業を支え、脱炭素を欧州製造業の成長につなげることを掲げた。
ロシアによるウクライナ侵攻後、安価なロシア産天然ガスに依存してきた事業環境も大きく変わった。欧州では電力・ガス価格が主要な競争相手より高く、送電網への接続にも長い時間を要する。脱炭素の必要性に異論がなくても、その費用を負担しながら国際競争を続けられるのかという問題は残る。
中国との関係も無視できない。EUの対中モノ貿易赤字は、2025年に約3,600億ユーロ、単純平均で1日約10億ユーロに達した。問題は貿易収支の大きさだけではない。太陽光パネル、電池、電気自動車、鉄鋼などでは、中国企業の生産能力と価格競争力が欧州企業を圧迫している。輸入品の中心が、欧州が将来の産業基盤として育てようとしている分野と重なり始めている。供給を域外に依存したままでは、欧州が進める脱炭素そのものが新たな対外依存を生みかねない。そこで、補助金や公共調達によって需要を域内生産へ誘導し、欧州に製造能力を残そうとする議論が強まった。
米国や中国が補助金、税制、政府調達を動員して戦略産業を育成する中で、欧州だけが従来型の市場原則を守り続ければ、投資と雇用が域外へ流出するのではないか。そうした危機感もある。産業政策は世界的に拡大しており、欧州の議論もその大きな流れの中にある。
したがって、「Made in Europe」は、単純な外国製品の排除として始まった議論ではない。経済安全保障、脱炭素、雇用、地域経済、技術基盤を、欧州の中にどう残すかという問いへの回答として浮上したものである。
産業の問題が、社会と政治の問題になるとき
欧州の産業政策を理解するには、経済指標だけでなく、その背後にある社会の不安にも目を向ける必要がある。工場は、生産設備であると同時に、地域の雇用と税収を支える生活基盤でもある。自動車、鉄鋼、化学などの産業が縮小すれば、影響は企業の収益にとどまらない。関連する中小企業、職業訓練、自治体財政、地域コミュニティにも広がる。
特にドイツでは、安価なロシア産エネルギー、輸出型製造業、中国市場との深い関係という従来の産業モデルの前提が同時に揺らいでいる。こうした不安を、いわゆる極右と呼ばれる勢力の伸長と単純な因果関係で結ぶことはできない。急進右派の経済政策も一様ではない。しかし、産業の衰退、生活費の上昇、移民、気候政策の負担などへの不満を極右がすくい上げていることは、主流政党にも強い圧力を与えている。
脱炭素を進めながら、工場と雇用を残す。対外依存を減らしながら、物価上昇を抑える。市場を開きながら、有権者に産業を守る。欧州の産業政策は、その難しい均衡の上に置かれている。
同じ危機感、異なる答え
欧州出張で改めて感じたのは、産業基盤を守らなければならないという危機感は広く共有されていても、そのために何をすべきかについては、国や立場によって温度差があるということだった。
フランスでは、経済主権という考え方が以前から強い。公共調達や公的支援を使って、域内の生産、雇用、技術を支えることは、自国産業の保護だけでなく、欧州が米中に対抗できる能力を持つための条件として語られる。ドイツが置かれた状況は、もう少し複雑である。国内産業、とりわけ自動車産業の苦境を前に、欧州規模の産業支援を求める声は強まっている。一方、ドイツ企業は輸出市場と国際分業に深く依存してきた。域内優遇を強めれば、必要な部材の調達コストが上がり、域外市場ではドイツ企業自身が同様の扱いを受ける可能性もある。産業と雇用を守る要請と、開かれた市場を維持する必要性の間で、両立の道を探っている。
ポーランドから見える景色も異なる。ポーランドは、欧州の産業基盤と経済安全保障の強化を支持する一方、外国直接投資と国境を越えた供給網を通じて製造業を発展させてきた。ロシアに近い加盟国として防衛力とエネルギー安全保障への投資を急ぎながら、エネルギー転換のコストにも向き合わなければならない。域内産業の強化を必要としながら、その手段が投資や国境を越えた生産ネットワークを損なわないかにも目を配る必要がある。
「欧州は保護主義に向かっている」という一文は、方向感を伝えるには便利である。しかし、それだけでは、誰が、何を守ろうとし、どの条件であれば他国との協力を受け入れられるのかが見えてこない。分かりやすくまとめることと、単純化することは違う。国ごとの産業、雇用、エネルギー、財政、政治の事情まで見なければ、政策が最終的にどこへ向かうのかも、日本企業にどのような影響が及ぶのかも読み違えてしまう。
独仏合意から2週間後の「Made with」
こうした状況の中で、10月16日の独仏合意は日本企業としても注目していた。EUが検討する産業支援策をめぐり、独仏両国は、EUで審議中の産業加速法案(IAA)において自動車分野の「Made in Europe」要件を強める一方、2035年の新車CO2排出規制を緩和する方向などで一致した。日本政府と自動車業界は、それ以前から、日本を含む信頼できるパートナー国(「Trusted Partners」)も対象とするよう求めていた。
それから約2週間後、日独首脳共同声明に「Made with」の原則が書き込まれた。独仏合意を受けて日本政府と自動車業界に広がっていた懸念を考えれば、メルツ首相との間で「Made with」への支持を共同声明に明記したことは、今回の訪日の大きな成果と評価してよいだろう。日本側の懸念を議題にしただけでなく、戦略的分野への産業支援措置において、日本とEU双方の利益を原則として相互に考慮するとの考え方を、首脳間の文書に残したからである。
同日の日独ハイレベル経済サミットでは、赤澤経済産業相が、メルツ首相も出席する場で、日本製EVが導入支援の対象外となり、欧州市場から排除されることや、それが自動車産業・鉄鋼産業を含む日独の企業に及ぼす悪影響に強い懸念を示した。その際、日本がドイツの自動車生産に必要な磁石を供給するなど、両国が既に補完的な供給網を構築していると説明した。
この発言は、欧州が産業基盤を守ろうとすること自体への反対とは異なる。産業を守る政策が、同じ産業を支える信頼できるパートナーを切り離す結果になれば、欧州自身が必要とする供給網の強靱性や競争力を損なわないか。その整合性を問うものではなかろうか。
もっとも、「Made with」が共同声明に書かれたからといって、日本企業をめぐる懸念が将来の制度設計にだけ残されているわけではない。鉄鋼分野では、7月に従来のセーフガード措置に代わり、無税輸入枠を大幅に縮小し、枠外関税を50%に引き上げる新たな輸入措置が施行されており、こうした措置は既に日本企業の事業に影響を及ぼし、自動車分野でも、EU原産要件が導入されれば日本製EVが支援対象外となり得ることが、現実の政策課題として浮上している。
独仏が合意しても、EUの議論は終わらない
独仏合意がEUの政策形成に持つ影響は大きい。それでも、それ自体がEUの最終決定ではない。EU法の多くは、欧州委員会が法案を提案し、加盟国で構成する理事会と欧州議会が共同で審議・採択する立法手続で成立する。当然ながら独仏だけで制度を成立させることはできず、加盟国を横断した多数形成と、欧州議会との合意が必要になる。
最終的な制度は、加盟国それぞれの事情の間でつくられていく。対象製品、域内付加価値の比率、部材の原産地、FTA締結国の扱い、欧州域内に投資する第三国企業の位置付け、例外規定や経過措置。企業への影響を決めるのは、「欧州製を優遇する」という大きな方向だけではなく、その下に置かれる細かな条件である。出張中ベルリンで聞いた話も、欧州全体の回答ではない。パリにはパリの、ブリュッセルにはブリュッセルの、ワルシャワにはワルシャワの事情がある。
産業の実像に即した制度設計へ
ここで重要なのは、日本企業が欧州への貢献を改めて訴えることではない。欧州の産業は、企業の国籍や域内外の境界だけでは捉えきれず、投資、技術、人材、部材、販売先が国境を越えて結び付くことで成り立っている。こうした産業の実像を踏まえ、域内の産業基盤や雇用を守るという政策目的に照らして、いかに合目的的な措置を設計できるかが問われている。
日本企業もまた、欧州で雇用を生み、研究開発や設備投資を行い、現地企業や大学と技術を開発し、欧州企業の生産を支える部材を供給してきた。域外から完成品を送り込むだけの存在ではなく、域内外をまたぐ供給網の一部である。企業の国籍と、欧州経済への実質的な関与は、必ずしも一致しない。この実態を踏まえれば、論点は、日本企業を例外的に優遇するか否かではなく、産業政策の対象を何によって定義するかに移る。最終製品の生産地だけでなく、域内の雇用、研究開発、投資、現地調達、供給安定への貢献や、欧州の需要家にとって代替困難な技術・部材をどのように評価するかが問われる。
産業加速化法案(IAA)にも、こうした発想の端緒はある。欧州委員会案は、EUと自由貿易協定、関税同盟、また公共調達では政府調達協定を結び、相互の市場アクセスを認める国「Trusted Partners」について、対象となる調達や支援措置の一部で原産品をEU原産と同等に扱う仕組みを設けている。ただし、その適用範囲は措置や分野によって異なり、自動車を含む全ての制度で日本製品が対象となることを意味しない。課題は、この考え方を、欧州経済への実質的な関与に即して、どの範囲まで、いかなる基準で具体化するかである。
生産基盤を守ることには経済安全保障上の重要な意味がある。一方、域内で代替できる汎用品と、エネルギー設備、送電網、インフラなどに用いられる代替困難な特殊部材とでは、輸入を制約した場合の影響が異なる。必要な部材の供給が細れば、価格上昇や納期の長期化を通じて、再生可能エネルギーや送電網への投資を遅らせる可能性がある。産業を守る措置が、脱炭素投資や欧州の需要家、さらには守ろうとする産業自身の競争力に意図しない負の波及をもたらしかねないのである。
したがって、欧州での雇用創出・研究開発等の事業活動に加え、日本から供給される技術や部材が欧州の製品、供給安定、脱炭素事業に果たす役割を具体的に示し、意図しない負の波及を抑えながら政策目的を達成できる措置の検討に資することが求められる。こうした事実が制度設計に反映されてこそ、「Made with」は欧州の産業競争力を支える考え方となる。
変化を見逃さず、単純化もしない
今回の訪日で、欧州の域内優遇をめぐる懸念が解消したわけではない。それでも、日独首脳がこの原則を文書で共有した意味は小さくない。「in」は、どこでつくるかを問う言葉である。「with」は、誰とつくるかを問う言葉である。欧州が守ろうとしているのが、域内に立つ工場だけでなく、その工場を動かす技術や部材、投資、人のつながりであるならば、後者の問いを避けて通ることはできない。
その意味で、「Made with」をどこまで制度に織り込めるかは、日本企業の処遇にとどまる問題ではない。産業基盤を守ることと、開かれた供給網を維持すること。欧州自身が掲げてきた二つの目標をどこまで両立させられるかという点で、欧州の産業政策そのものの質を映す試金石でもある。 日独間で確認された「Made with」が、EUの制度形成にどう反映されるのか。引き続き、その具体的な展開を見ていきたい。
<執筆者・アーカイブ>濱嵜 隆吏
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