2025年12月2日 (火)
[ウクライナ]
11月28日、ゼレンスキー大統領はエネルギー部門の汚職疑惑で家宅捜索を受けたイエルマーク大統領府長官を解任する大統領令に署名した。イエルマーク氏はゼレンスキー大統領の側近としてロシアとの和平交渉を巡る米国との協議では代表を務めた。同氏の解任が今後の和平交渉への影響はあるかどうか、注目を集めている。また、ゼレンスキー大統領が最も信頼していた側近を失ったことで、政権内の意思決定や調整に混乱が生じる可能性がある。一方、イエルマーク氏の辞任後、国内における後任人事が注目されており、一部のウクライナのメディアは有力候補として、フェドロフ第1副首相兼デジタル変革担当大臣やシュミハリ国防相、ブダノフ軍事情報局長などの名前をあげている。
[中国/EU/リトアニア]
欧州連合(EU)は、2021年に発生したリトアニアと中国の貿易紛争について、2022年に世界貿易機関(WTO)へ提訴していたが、「本紛争の主要な目的が達成され、関連貿易が再開されたことを踏まえ」、訴えを取り下げると表明した。
この紛争は、リトアニアが首都ヴィリニュスに「台湾代表処(Taiwanese Representative Office)」という名称の台湾の代表機関を開設したことに、中国が強く反発したことに端を発する。中国はリトアニア製品を税関システムから削除し、事実上の貿易制限を行ったとされ、2021年11月には中国向けリトアニア輸出が前年同月比で91.4%減少した。
EUは中国の対応を「経済的威圧」と見なし、WTOに提訴したが、証拠不足や企業の協力が得られなかったことから、訴訟の継続は困難となった。その後、訴訟は何度か一時停止され、2025年に「主要な目的は達成された」としてEUが取り下げを決定した。中国側は公式には貿易制限を否定しており、EU内でも対応を巡って意見が分かれていた。
貿易統計によれば、2025年時点でリトアニアから中国への輸出は2021年比で53%減少しているものの、2022年比では156%増加し、一定の回復が確認される。2025年秋に発足したリトアニアの新政権(中道左派)が「中国との関係をEU加盟国並みに正常化する」方針を掲げたことや、欧州で中国リスクの議論が活発化していることが、中国の政策転換を促したとみられる。
リトアニア経済全体への影響は限定的で、多くの企業が他国市場への転換で対応した。また、EUは影響を受けたリトアニア企業のために約1億4,000万ドル規模の支援制度を創設したが、実際の支出は400万ドル未満にとどまった。
中国による経済的威圧は、EU内で中国の影響力への懸念を高め、EUが経済的圧力に対抗する「反威圧措置」を策定する原因の一つとなった。さらに、EUは2025年12月に「経済安全保障戦略」を発表する予定である。
[モザンビーク/英国]
12月1日、英国政府は、英国輸出信用保証局(UKEF)を通じたモザンビークの液化天然ガス(LNG)プロジェクト向けの11億5,000万ドルの融資を見送ると発表した。
仏資源大手・トタル・エナジーズが率いる総額200億ドルの同プロジェクトは、2021年にイスラム系過激派組織の襲撃により工事が中断された。しかし、トタルとの契約に基づき、同プロジェクトサイトの護衛にあたっていたモザンビーク政府軍が、2021年の治安悪化当時に民間人に対して大規模な人権侵害(コンテナ内での虐殺・拷問)を行ったと米・Politicoらが報道(2024年9月)。これを受け、工事中断前にプロジェクトへの関与をコミットしていた英国政府とオランダ政府は、総額約25億ドルの融資・保険付保を留保し、独自の調査を進めていた。
英国のピーター・カイル商務庁長官(労働党)は議会において、「プロジェクト周辺のリスクを評価した結果、リスクは2020年以降増大していると判断した。政府は本プロジェクトへの融資は我が国の利益を促進しないことを確信している」と述べた。また、同日に、オランダ政府も、アトラディウス信用保険会社(ADSB)による約11億ドルの輸出保険申請を取り下げたと発表した。オランダ財務省はプロジェクトサイト沿岸で浚渫工事を行うVan Oold社を対象とする約2億ドルの保険契約は継続中だと表明しているが(12月1日付、英Reuters紙)、政府が委託していた独立調査機関の報告によると、Politicoらが報じている人権侵害は「信憑性がある」との見解を示している。トタルは一貫してPoliticoらの主張を拒否し、裏付けとなるデータの公表をPoliticoが拒んでいると非難している。しかし、11月18日にはドイツの人権団体「欧州憲法・人権センター(ECCHR)」はトタルらが2021年の人権侵害に間接的に関与したとして、フランス・テロ対策検察庁(PNAT)に刑事告訴しており、今後訴訟に発展する可能性もある(11月19日デイリー・アップデート参照)。
プロジェクトサイト周辺の治安改善を受けて10月下旬に4年半ぶりに「不可抗力宣言」を解除したトタルらは、英国とオランダが融資を承認しないことを見越して、以前から不足分を「自己資金」で賄うと表明していた。しかし、今回の総額22億ドルの融資・保険付保の取り下げの正式な発表を受けて、同社は資金調達の具体的な計画について発表を行っていない状況だ。
また、それとは別に、トタルらは工事中断が続いていた4年半の間の損失を補填するため、モザンビーク政府に対して45億ドルの補償と10年間のLNG生産期間延長(当初の想定は30年)を求めている(11月19日付、仏ル・モンド紙)。これを受けてモザンビーク政府は45億ドルの損失を評価するため、独自で監査を行うことを閣議承認した。11月19日にポルトガル国営通信Lusaは、延長期間に関しては工事が中断していた期間と同じく4年半の延長を政府が承認したと報じているが、政府による公式発表は行われていない(12月1日付、英FT紙)。
トタルらのプロジェクト再開に向けては、モザンビーク政府による修正予算の承認が必要となる。しかし、トタルらとの交渉が長引くほどLNGの生産開始時期は遅れ、厳しい財政状況を抱えるモザンビーク政府国庫への収入の還流も遅れることとなる。また、トタルらのプロジェクトサイトの近隣で「ロブマLNGプロジェクト」開発を進めている米・エクソン・モービルらは、11月20日に不可抗力宣言を解除し、2026年内に最終投資決定(FID)判断を行う意向を示している。政府としてはトタルらに対する予算承認が遅れるほど、その判断を注視しているエクソンらのFIDも遅延することから、ある程度トタルらに譲歩した内容で早期に妥結する可能性が高いとみられる。
[EU]
ユーロスタット(欧州連合統計局)の統計によると、2024年の主観的貧困率はEU全体で17.4%となり、2023年の19.1%から改善した(2015年「27.1%」からは10ポイント改善した)。
EU加盟国中、主観的貧困率が最も高いのはギリシャ(66.8%)であり、次いでブルガリア(37.4%)、スロバキア(28.7%)となっている。一方で、主観的貧困率が最も低いのはオランダおよびドイツ(いずれも7.3%)との結果となった。
年齢層別では、18歳未満の主観的貧困率が最も高く20.6%だった。18~64歳の主観的貧困率は17.3%であり、65歳以上では14.9%となった。
2023年との比較では、全ての年齢層で主観的貧困率は減少しており、18~64歳の年齢層では1.8pt減少し、18歳未満および65歳以上のグループではいずれも1.6pt減少した。
2015年との比較では、過去10年間で貧困率が上昇したのはフランスおよび北ヨーロッパのみで、デンマークでは+2.4%、フィンランドは+2.0%、スウェーデンは+2.8%、ノルウェーは+4.7%となっている。
一方、多くの東欧・南欧諸国では主観的貧困率が大幅に低下しており、キプロスが低下率でトップ(▲38%)となっており、クロアチアでは▲34.6%、ハンガリーは▲26.8%、ブルガリアは▲26.5%、ルーマニアは▲21.8%となっている。
[英国]
英国とEUの防衛基金をめぐる交渉は、11月末に決裂した。背景には、英国が数十億ユーロ規模の手数料支払いを拒否したことがある。EUが設立した防衛基金「Safe」は、ロシアによるウクライナ侵攻や米国からの防衛負担増要求を背景に設立されたもので、欧州の安全保障強化を目的としている。総額約1,400億ユーロで、加盟国が共同で兵器を調達するための融資保証制度を含んでいる。欧州の再軍備を加速し、米国依存を減らすことを目指し、参加国は共同調達でコスト削減や技術共有の恩恵を受ける。英国はこの制度への参加を希望したが、拠出額をめぐって合意に至らなかった。
英国は約2億ユーロの拠出を提案したが、EU側はこれを拒否した。欧州委員会は、英国が制度に参加するための拠出を約20億ユーロの負担(当初は67.5億ユーロ)に引き下げたが、英国は当初7,000万ポンド程度の提示を行い、後に2億ユーロまで増額したもののEUの要求には遠く及ばなかった。この差が交渉決裂の最大の要因である。
交渉はG20サミット後、欧州委員会委員長フォン・デア・ライエンと英国首相スターマーの非公開会談を経て続けられたが、両陣営の立場の隔たりは大きかった。EU加盟国の一部は、合意が成立しないことがロシアに対して後退的なメッセージを送ると警告していた。
今回の決裂について、英国の防衛業界は失望を表明しており再交渉を求めている。英国がSafeに参加すれば、英国企業は契約の最大50%を担う可能性があったが、現状では第三国(非EU)参加条件が適用され、調達契約における非EU部品比率は最大35%まで(いわゆる「35%ルール」)にとどまる。 欧州委員会も交渉再開の可能性を示唆しているが、次の交渉までは数か月かかる見込みだ。今回の決裂は、2025年5月に始まった英EU関係の「リセット」に影響を与えるものではないとされ、両国は引き続き経済連携やエネルギー市場の協力を進める方針だが、スターマー政権が掲げた「EUとの安全保障協力強化」にとって象徴的な後退であり、防衛分野では限定的な協力にとどまることになる。
[アルゼンチン/米国/ブラジル/中国]
11月13日、米国政府はアルゼンチンとの貿易・投資に関する枠組み協定を発表した。この協定は、9月にトランプ大統領とミレイ大統領が会談した際に示された包括的な経済支援パッケージの一部であり、詳細はまだ明らかになっていない。しかし、アルゼンチンが米国製品に対して広範な市場アクセスを認めることになり、国内企業にとって競争圧力が高まる可能性がある。
アルゼンチンでは、製造業が経済と雇用の重要な柱(対GDP比約15%、雇用の約20%)であり、米国製品の優遇措置はこの分野に打撃を与えるリスクがある。また、メルコスールの規則により一部の市場アクセスが制限される可能性もある。さらに、特許法の改正など一部の約束は議会の承認を必要とする。
また、この合意は中国やブラジルとの関係を損なう恐れがある。米国が重要鉱物などの天然資源へのアクセスを確保しようとする動きは、中国の投資を減少させ、アルゼンチンの資源開発にも影響を与える可能性がある。
貿易面では、米国はアルゼンチンにとってブラジルに次ぐ第2位の輸出市場であり、輸入ではブラジルと中国に次ぐ第3位となっている。2024年の米国向け輸出は約64億ドル、輸入は約62億ドルで、原油や鉱産物、金属が輸出の半分以上を占める一方、米国からの輸入は中間財や燃料、資本財部品が中心となっている。今回の協定には、関税・非関税障壁の撤廃や農業貿易の条件が含まれるとされる。アルゼンチンは化学品、医薬品、機械、IT製品、自動車、農産物など米国製品に優遇措置を与えることを約束し、米国は医薬品や天然資源へのアクセスを提供する。アルゼンチンは牛肉の輸出は拡大できるものの、他の分野では国内企業に不利な状況となる恐れもある。製造業では、メルコスール協定により自動車産業の自由化には制約があるものの、米国車が国内試験を免除されるなどの措置が取られ、薬品分野でもFDA(米国食品医薬品局)証明書のみで販売可能となる見込み。アルミニウムや鉄鋼については、米国の高関税措置に対する交渉が続いている。今後の署名と詳細発表に注目が集まる。
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