2025年12月16日 (火)
[ケニア]
12月15日、閣議で総額5兆ケニア・シリング(約380億ドル)規模の「国家インフラ開発基金」と、ソブリン・ウェルス・ファンドの設立が承認された。両基金の資金は国家予算、国有資産の民営化、資本市場からの調達など新たな借入を伴わない形で進められ、国内に50の農業用大規模ダム、2,500kmの幹線道路の複線化、標準軌鉄道をウガンダ国境まで整備するなどのインフラ投資に充てられる予定だ。
2027年8月に大統領選が予定されているケニアでは、現職のウィリアム・ルト大統領が再選に向け出馬する意向を示している。毎回、与野党による接戦が繰り広げられるケニアでは、選挙前の大規模インフラ投資を通じた有権者の支持獲得の動きは過去にもみられる。前々回、2017年の大統領選に出馬したケニヤッタ前大統領は、中国輸出入銀行(China EXIM Bank)からの総額50億ドル規模の融資を得て、大統領選の2か月前にモンバサ港~ナイロビ間の標準軌鉄道の工事を完了。その手腕・成果が投票行動に結びついたとみられ、僅差で選挙に勝利した(当時の副大統領がルト大統領)。しかし、当時に借り入れた多額の債務は現在もケニア経済の足かせになっており、対中債務は対外債務全体の14%を占めている。ケニア政府は、中国からのさらなる融資の取り付けが難しい中、国際通貨基金(IMF)の勧告に沿って国民からの徴税強化を図ろうとしたところ、2024年6月に大規模な反増税デモが発生。多数の死傷者を出した同デモ後、ルト政権は増税を撤回したものの、IMFからの融資は3月に前倒しで打ち切られたため、政府は債務削減や代替資金調達手段を模索してきた。
こうした流れの中で設立が決まった今回のインフラ整備向け基金の資金源として、ケニア政府は35%の株式を所有していた国内通信最大手・サファリコムの株式15%を売却すると発表(注)。売却額は約15億8,000万ドルと評価されており、さらにケニア政府は将来の配当の前払い金として3億900万ドルを得るとみられている(12月15日付、英FT紙)。売却先は現在、サファリコムの39.94%の株式を所有している南ア通信大手・Vodacom Group(英Vodafoneが65.1%の株式を所有)で、売却が完了すればVodacomは55%を所有する過半数株主となる見込みだ。サファリコムはエチオピアの通信事業(Safaricom Ethiopia)にも55.71%出資していることから、ケニア政府による同社の持分の低下は、エチオピア事業の資本構成にも影響するとみられる。ケニア政府は売却後も2つの取締役席と通信の監督機構を維持するとの見解を示しているが、ケニア、南アフリカ、エチオピアの規制当局等からの承認が必要となる。
英FT紙(12月15日)は、このケニア政府の買収の意向を、キャッシュを生み出す「王冠の宝石(crown jewel)」を手放すと表現。この取引は株式取得を行うVodacomにとっては、Safaricomを完全支配下に置くことができ、また、傘下に持つ収益性の高いモバイル・送金決済サービス「M-PESA」のスピンオフの可能性も広がるため有益だと指摘。一方で、ケニアにとっては配当金を生み出し、流動性も高い優良資産を売却することに価値があるか懐疑的との見方を示している。同売却は野党からも反発の声があがっている。
増税や新規借入が難しい財政状況において、インフラ投資を通じた経済成長と政治的思惑の双方の達成を狙うにあたり、アフリカの国には現実的に取り得る選択肢が少ない側面を表している例と言えよう。
[EU]
12月15日、EU理事会はロシアによるFIMI(外国による情報操作・干渉)および悪意あるサイバー活動といったハイブリッド活動を理由として、制裁措置に12人の個人と2つの団体を追加することを発表した。
今回新たに制裁に追加されたのは、シンクタンク・大学の外交政策アナリスト、親ロシアのプロパガンダや陰謀論、反ウクライナ・反NATOのメッセージを発信するインフルエンサー、ウクライナ政府機関に対するサイバー攻撃に関与したロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)やサイバー攻撃グループ関係者など。
今回の追加を受け、現在制裁対象となっているのは合計59人の個人と17の団体となった。制裁対象者は資産凍結の対象となりEUの市民や企業による資金、金融資産、経済資源の提供が禁止されるほか、EU域内への入国・通過を禁止する渡航禁止措置の対象となる。
[タイ]
12月11日、アヌーティン首相は、下院の解散と45~60日以内の総選挙実施を決定。その後、選挙管理委員会は15日に、総選挙を2026年2月8日に実施することを公表した。選挙結果は4月9日までに公表される予定である。
同国では近年、アヌーティン首相が所属するタイの誇り党(Bhumjaithai Party、BJT)を含む親軍・親国王派政党のグループ、タクシン元首相及びその娘であるペートンタン元首相を含むリベラル・穏健派のタイ貢献党(Pheu Thai Party、PT)、および前進党(Move Forward Party、MFP)を前身として不敬罪廃止などを求めるリベラル・急進派の人民党(People's Party、PP)の、主に3グループが政局を争ってきた。下院の有議席数は492議席だが、一方でいずれの政党も現時点では過半数を確保できておらず、連立工作が不可欠となる(BJT、PT、PPは各々69、140、143議席)。
2025年9月の首相指名選挙では、首相就任後4か月以内の下院解散・総選挙実施や、PPが元来求めていた憲法改正に向けた協力を合意の条件として、PPがBJT党首のアヌーティン氏に投票し、同氏が首相に就任した。一方で憲法改正に関しては両者の間で折り合いがつかず、PPはこれまで不信任決議案提出をほのめかしていた。今般の下院解散の決定は、不信任決議の可決を避けるための動きとみられる(12月15日付、シンガポールのシンクタンク・Fulcrum)。
直近の12月8日には、タイ・カンボジア国境付近にて両軍の戦闘が再開。戦線がタイ西部から東部まで拡大しているほか、カンボジア国防省が、タイ空軍のF16戦闘機がカンボジア領土の奥に存在するアンコールワットから約80km離れた橋を爆撃したと主張するなど、戦闘が激化している。10月末に両軍の和平合意を仲介したトランプ米大統領が、アヌーティン首相およびカンボジアのフン・マネット首相に停戦を呼び掛け、12日に両者が停戦に合意したと主張しているが、16日時点でも戦闘が継続している。アヌーティン首相としては、国民のナショナリズムをあおることで総選挙にて議席を確保するためにも、戦闘を継続させることを狙っているとの見方がある。
[アルゼンチン]
アルゼンチン中央銀行は為替相場制度を変更し、外貨準備高の再構築を加速させる方針を発表した。ミレイ大統領は、慢性的なドル不足に対する投資家の懸念を緩和しようとしている。
金融当局は声明で、2026年1月1日からペソの為替レートの変動幅を、従来の「月1%ずつ」ではなく、前々月のインフレ率に応じて毎月変動幅を決めるとした。11月のインフレ率は2.5%である。これにより、為替バンドの調整がインフレに連動する仕組みとなる。
さらに中央銀行は、為替市場の需要と流動性に応じて外貨準備を買い増すプログラムを開始し、2026年末までに100億ドルの外貨を購入する計画を示した。これは、2025年4月にIMFとの200億ドル規模の融資合意以降で最大の変更である。
現行政策はペソの過度な減価を抑えてインフレ抑制を狙っていたが、外貨準備高の蓄積を遅らせているとの批判が強い。外貨準備高は危険な水準にあり、IMFが設定した目標から100億ドル以上不足していると指摘されている。この不足は10月のペソ取り付け騒ぎを引き起こし、投資家はアルゼンチンが為替バンド維持に必要なドルを使い果たすことを恐れていた。
今回の発表後、10年物アルゼンチン国債の利回りは0.05ポイント低下し、10.32%となり、市場が一定の安心感を示したことを意味する。インフレ率が毎月2%超で推移する中、為替バンドの上限が月1%しか動かないため、ペソが実体より過大評価されていくことはほぼ確実であり、そのため介入も頻発して外貨準備の積み増しも困難だった。今回の変更は一定の効果を持つものの、投資家の懸念を完全に払拭するには不十分だとの指摘もある。投資家の中にはペソの完全変動制への移行を求める声もあるが、カプート経済相は「急激な通貨切り下げの歴史を考えればリスクが大きすぎる」と否定し、現行制度は「為替レートに急変が起きない安心感を提供している」と強調した。
[EU]
2035年からEUは、内燃機関車の新規生産を全面禁止する計画を緩和する方向で動いている。当初の禁止措置は、自動車メーカーに対し2035年までにガソリン車やディーゼル車の生産をゼロにすることを義務付けるものだった。しかし、欧州委員会は、一定条件を満たす場合、メーカーが2021年の排出量の10%まで内燃機関車を生産できるようにする方針だ。条件には、車両製造にグリーンスチールを使用することなどが含まれる可能性がある。詳細な条件はまだ議論中であり、最終的な変更にはEU加盟国と欧州議会の承認が必要となっている。
この内燃機関の廃止措置はEUの「グリーンディール」政策の象徴的な要素とされてきたが、自動車メーカーはEV普及の遅れや充電インフラの不足を理由に強く反発している。特に、ドイツやイタリアなどの批判が強く、ドイツのメルツ首相は「2035年以降も世界には何百万台もの内燃機関車が存在する」と述べ、緩和を支持した。一方、英国は2035年から新車販売をEVに完全移行する計画を維持する姿勢を示している。
フランスやスペインは内燃機関車廃止措置の維持を支持しつつも、中国製EVの流入やエネルギー価格高騰への懸念を背景に、欧州製自動車への「スーパークレジット」(*注)など柔軟策を提案している。欧州委員会は当初2026年に規則を見直す予定だったが、業界からの圧力で前倒しした。
EV市場は成長を続けており、2025年1月から10月までにEUでのEV販売は昨年同期比で26%増加し、新車市場の16%を占めている。価格の手頃なモデルが欧州や中国のメーカーによって投入されていることが成長を後押ししている。しかし、業界はEVの利益率が低く、移行のペースが予想より遅いと主張している。
一方、環境団体などは、禁止撤回は欧州の気候リーダーとしての地位を損ない、中国との競争で不利になると警告している。
*注:欧州産の素材(グリーンスチールなど)を使った低排出の車両を優遇し、メーカーの排出規制達成を容易にする仕組み。低排出の車両の場合、規制達成車の数を「1台」ではなく「複数台」としてカウントすることなどが想定されている。
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