2025年12月15日 (月)
[インド/中国]
12月12日、ロイター通信は、インド政府が中国人専門職向けの就業ビザにかかる交付審査を迅速化するための手続きを進めていると報道した。中国の郭嘉昆報道官は同日に行われた定例記者会見の中で、本報道について「ポジティブに捉えている。」と発言している。
2020年に両国の国境付近での紛争発生前後より、インド側が中国含め国境を接する国からの直接投資を事前許可制に変更したほか、中国人向けのビザ発給を停止していたが、これにより電子機器など中国資本・技術者に依存している機械品の生産に支障がきたされていると産業界からの反対の声が上げられていた。政府としても、外交政策にかかるリソースを、Quadとの連携強化など国境紛争よりも優先度の高い課題に割きたいとの希望もあり(Eurasian Review11月4日付)、中国との関係改善を狙っていた。
2024年10月にはBRICSサミットでモディ首相が習近平国家主席と会談し、国境付近での平和と安定維持が重要だとの見解を示した。また2025年8月の上海協力機構でも両氏が会談し、国境問題や人的交流の促進について協議した。並行して2025年7月には、インド側が中国人向けの観光ビザ発給を再開したほか、10月には両国間での直行便の運航が再開されるなど、両者の関係に「雪解け」の兆候がみられる。
他方で、今般の動きはあくまで両国の関係を国境紛争以前の状態に復旧するもので、構造的な関係改善を示すものではないとの指摘もある(Institute of South Asian Nations,10月31日付)。例えば、両国の部隊がいまだに国境付近に駐留しているほか、India Todayによる10月24日付の報道によれば、中国側が紛争の発生地点付近にて軍事基地を建設している様子である。また2025年7月2日には、ブルームバーグがインドのフォックスコン工場から中国人技術者が本国への帰国を命じられていると報じるなど、中国からインドへの技術移転・製造拠点の移転を阻む動きも一部みられる。インド側も「戦略的自律性」を重視することもあり、中国の資本や技術に過度に依存することへの警戒感が強いため、今後も米国・欧州など幅広い国々からの投資・技術移転を求めるとみられている。
[日本]
12月15日、日本銀行は「全国企業短期経済観測調査(短観)」を公表した。調査期間は11月11日から12月12日。大企業製造業の業況判断指数(「良い」-「悪い」、%pt)は15(前回から+1pt)へ3四半期連続で上昇した。水準としては2021年12月調査(18)以来、4年ぶりの高水準になった。内訳を見ると、木材・木製品や紙・パルプ、石油・石炭製品、金属製品などが前期から上昇した。その一方で、窯業・土石製品や非鉄金属、業務用機械、自動車は前回から低下した。また、大企業非製造業の業況判断指数は34と、前期から横ばいだったものの、高水準を維持した。物品賃貸や卸売、情報サービス、電気・ガス、宿泊・飲食サービスが前期から低下したのに対して、対事業所サービスや通信などが上昇した。中小企業製造業は6で前回から5pt上昇、非製造業も5へ1pt上昇した。全規模全産業は17へ前回から2pt上昇した。非製造業が横ばいで高めの水準を維持する中で、製造業が回復した。
国内外の製商品の供給過剰感は小幅に和らいだ。先行きも緩やかに和らいでいく見通しだ。製商品在庫水準はやや過大感が和らいだ一方で、流通在庫の過大感は前回調査並みにとどまった。販売価格は製造業・非製造業ともに引き上げており、今後も引き続き引き上げていく方針が確認された。また、仕入価格は足元にかけて上昇しており、先行きも上昇する見通しになっている。
生産・営業用設備はやや不足している。製造業では過不足感がない一方、非製造業では不足している。雇用人員は不足超が継続しており、先行きも改善が見られない。資金繰りについては、総じて「楽である」が多かった。 企業の物価見通し(前年比)は1年後、3年後、5年後ともに2.4%で横ばいだった。
[メキシコ]
12月3日、シェインバウム大統領は2026年に一般最低賃金を13%引き上げ、1日あたり315.04ペソ(約17.25ドル)にすると発表した。さらに、米国と接する北部の自由貿易圏では最低賃金を5%引き上げ、440.87ペソとする。最低賃金の上昇率は、インフレ率を大きく上回っており、AMLO前政権時からの政府戦略を継続する。また、政府と国家最低賃金委員会(Conasami)は、GDP成長率やインフレ率に関係なく、2030年の任期終了まで毎年平均12%以上の引き上げを行うと明言し、購買力向上を経済進展の指標として強調している。
この政策は、貧困削減や所得再分配を重視するシェインバウム大統領の姿勢を反映している。メキシコでは、2017年以降、左派の政治的圧力により最低賃金の引き上げが加速した。特にAMLO政権下では、北部自由貿易区の創設や大幅な年次引き上げにより、一般最低賃金は実質129.4%、自由貿易区では221.2%増加した。これにより、貧困率は2018年の41.9%から2024年には29.6%に減少し、格差も縮小した。
こうした成果は政治的にも大きな効果をもたらし、2024年の大統領選挙でシェインバウムの勝利に貢献した。しかし、最低賃金の急上昇は企業のコストを増加させており、非正規雇用創出の動きを鈍化させている。事実、メキシコでは構造的に非正規労働者の割合が高く、2010年には約60%程度だったものが、近年は経済成長と政府の政策もあり54%程度まで低下していたものが、2024年から再び増加に転じた。このまま賃上げが続けば、競争力低下のリスクもある。メキシコの生産性は1991年から2023年まで毎年平均で0.51%減少していることも競争力を下げる要因となっている。
2026年の経済成長率は約1.3%と予測されており、賃上げのペースを緩めるべきだという声もある。しかし、シェインバウム大統領は12%の増加を維持する方針を崩していない。この政策は購買力向上に寄与する一方で、雇用や企業競争力への悪影響が今後さらに顕在化する可能性が高い。
[西アフリカ]
12月14日、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)はギニアビサウの軍事政権が発表した「移行計画」を拒否すると発表した。ギニアビサウでは11月23日に実施された6年ぶりの大統領選挙の後、軍部によるクーデターが発生(12月1日付、デイリー・アップデート参照)。暫定大統領に就任したホルタ・インタア元少佐は、11月29日に22人の文民、5人の軍人で構成された新内閣を発表し、12月10日に1年後に暫定大統領と首相が立候補しないことを条件に大統領選を行うことを記した「暫定憲章」を発表した。しかし、ギニアビサウに派遣されていた選挙監視団は選挙が公正に行われたと評価する一方で、選挙結果発表予定日の前日にクーデターが発生したことから、野党の勝利を認めないための「見せかけ(sham)」のクーデターと広くみられている。事実として、エンバロ大統領はクーデター当日に軍に一時的に拘束されたものの、無事に空路で避難。軍事政権下での新首相にはエンバロ氏の盟友だったイリディオ・ヴィエイラ・テ前財相が就任した。一方で野党候補・ディアス氏は安全の確保のため居場所を明らかになっていないほか、ディアス氏を支持していた最大野党・PAIGCのペレイラ党首は依然として軍に拘束されているとみられている。
クーデターの発生後、ECOWASとアフリカ連合(AU)は即座にギニアビサウの参加資格を停止。憲法秩序への迅速な復帰を求めていることから、暫定軍事政権が一方的に発表した移行計画も拒否したものだ。ECOWASは地域軍の派遣については言及していないが、対象者を絞った形での経済制裁の発動も辞さない構えを示している(12月14日付、英Reuters紙) 。
ギニアビサウでのクーデターは過去5年で西・中央アフリカで発生した9件目のクーデターとなったが、その直後の12月7日に西アフリカのベナンで発生したクーデターはECOWASやフランスの軍事介入により未遂に終わっている(12月10日付デイリー・アップデート参照)。ベナンのタロン大統領は、フランスのマクロン大統領とも同盟関係にある。ECOWASによる軍事介入を主導した隣国ナイジェリアのティヌブ大統領は、10月に国内でクーデター未遂事件が発生(ナイジェリア当局は否定)したことから、ベナンのクーデター阻止に積極的だったとみられる。
ECOWASのベナンへの迅速な介入には、2023年にニジェールで発生したクーデターを阻止できなかった反省も背景にある。当時、ティヌブ大統領、タロン大統領、コートジボワールのウワタラ大統領が、ニジェールの前バズム大統領の拘束を解除しない場合は1週間以内にECOWAS軍を展開させると威嚇していた。しかし、ニジェール国民の多くが反仏感情を持ち、仏・マクロン大統領の盟友と知られるバズム氏を打倒しようとする軍を支持していたことから、ECOWASは地域での全面戦争を回避するために攻撃を撤回。ナイジェリア北部とニジェールには同じハウサ族が国境をまたがって生活していることからニジェールへの攻撃に対してはナイジェリア国内からの反発も大きかった。
その後、ニジェールは、同じく軍事政権を樹立したマリとブルキナファソと共に、「サヘル同盟(AES)」を発足させ、ECOWASがニジェールに軍事介入する場合には3カ国連合で反撃する構えを示したほか、ECOWASからの脱退を表明。ナイジェリアは、ニジェールへの電力輸出の停止や国境の閉鎖などの経済制裁を加えた。しかし、ニジェールはECOWASに復帰することはおろか、AESとしてロシアとの経済・安全保障面を強化する結果を招いた。ECOWASによる経済制裁は、一般のニジェール国民を疲弊させるだけのものとなったため、ナイジェリアはニジェールとの国境の閉鎖を解除した。
しかし、ベナンはニジェールとの国境を2年にわたり閉鎖しており、両者の対立関係は続いている。そのような中で起こったベナンでのクーデター未遂に、ニジェールの軍事政権がクーデターを支援していたと仏ル・モンド紙が報じている(12月14日)。同紙によるとベナンで反乱を企てたパスカル・ティグリ中佐(現在トーゴに逃亡中)とニジェールの暫定政権を率いるティアニ将軍が共謀を図っていたとし、クーデター未遂事件の前日に封鎖されたニジェール・ベナン国境にフランス原子力大手・オラノ社が生産した1,000トンのイエローケーキ(ウラン精鉱)が運ばれていたとしている。同イエローケーキは、クーデター後にオラノ社が有するニジェール国内の鉱山が国有化されたあとに輸出先を失っていたが、ロシア原子力大手のアルストムが1億7,000万ドルで購入する意向を示したと報じられていた。ル・モンド紙は仮にベナンでクーデターが成功した場合、速やかにイエローケーキはベナンのコトヌ港に輸送され、ロシアに輸出される予定だったとの見方を示している。ベナンは内陸国のAES諸国にとって、イスラム系武装組織が活発に活動する地域を通らずにギニア湾へのアクセスを確保できる要衝であることから、AESがベナンでのクーデターを支援する動機があったとの見方もうなずける。ロシアとしてはウラン精鉱を喫緊に必要としている状況ではないものの、ニジェールの軍事政権との関係を強化する狙いがあったとみられる。一方のニジェールではフランスのオラノが50年にわたりウラン採掘は行っていたものの、原子力エネルギーの技術移転は行っていたかったとこから、自国のウランを活用した電源開発に関心を有している。7月にはロシアのエネルギー相ら一行がニジェールを訪問し、平和利用のための原子力開発の協力覚書を結んでいる。
ギニアビサウ、ベナンで発生したクーデター・未遂事件は、それらが各国個別の事情で起きていることもあれば、周辺の軍事政権や諸外国との関係が引き金になることもある例を示している。
[EU]
12月12日、EU理事会は、EUの鉄鋼市場に対する世界的な過剰生産能力の貿易関連の悪影響に対処するための規制案について、欧州議会と交渉するための権限を採択した。今後新規則の施行までには、欧州議会との交渉を経て、EU理事会および欧州議会が規制案を採択する必要がある。
EUは現在域内鉄鋼産業を保護するための鉄鋼セーフガード措置を導入しており、割り当て枠を超えた大半の鉄鋼に25%の関税を課しているが、この暫定措置が2026年6月末に終了する予定となっている。鉄鋼の過剰生産および米国をはじめとする第三国の貿易制限措置により、EU市場に余剰鋼材が流入する現状にあり、より高い保護を求める声が高まっていた。
EU理事会で決定された規制案の内容は以下のとおり。
①保護措置の強化: 輸入割り当ての大幅な削減:関税なしで輸入できる量が年間1,830万トンに制限(2024年の割り当て量と比較して47%の削減)。 割り当て外関税の倍増:割り当て外の関税が、現行の25%から50%に倍増。
②柔軟性と川下産業への配慮: 関税割り当ての配分などの際に、鉄鋼を使用する川下産業の経済的利益や最終消費者を明示的に考慮するとともに、制度の柔軟性を高めるため、ある四半期における未使用の関税割り当て量を、次の四半期に繰り越すことが認められる。
③サプライチェーンの透明性: 溶解・鋳造国(country of melt and pour)の証明:回避を防ぎ透明性を高めるため、輸入業者に対し2026年10月1日以降溶解・鋳造国の証明が求められる。
④割り当ての調整上限: 調整可能な関税割り当て量は1,520万トンから2,220万トンの間に制限される。
[ウクライナ]
12月14~15日、ウクライナのゼレンスキー大統領はドイツのベルリンで米国政権の交渉団などとウクライナ和平案について協議を行っている。ゼレンスキー氏は通信アプリ「ワッツアップ」で記者団の質問に対し、米国が加盟断念を求める北大西洋条約機構(NATO)加盟について、NATOに代わる形で欧米の「安全の保証」が得られれば、加盟を断念する用意があるとの考えを記者団に明らかにした。ウクライナはNATO加盟を悲願としてきたが、欧米諸国側の同意がない状況を踏まえ、妥協姿勢を示した。加盟断念となれば大きな転換点となる。同国は憲法にもその加盟願望を盛り込んでいる。ウクライナはこれまでロシアへの領土明け渡しを拒否しているが、加盟断念はロシアが求めている要求の一つである。
[シリア/米国]
12月12日、シリア中部パルミラでパトロール中だった米・シリア合同治安部隊が単独犯による待ち伏せ攻撃を受け、米兵2人と米民間人通訳1人が死亡、米兵3人とシリア兵2人が負傷する事件が発生した。犯人はその場で治安部隊により射殺された。2024年12月のアサド政権崩壊以降、シリアで米軍が攻撃を受けて死者が出たのは初めてとなる。
米中央軍は12月13日、この攻撃を「単独のIS(イスラム国)銃撃者による待ち伏せ攻撃だった」と発表した。トランプ米大統領も、これは「ISが米国とシリアに対して行った攻撃だ」と述べ、「断固とした報復を行う」と自身のSNSに投稿した。事件の詳細や背景には依然として不明な点が多いが、シリア内務省は、銃撃犯がシリア治安部隊の要員で、ISに同調的な思想を持っていた疑いがあると明らかにした。同省によれば、当局は以前から同人物の過激化を把握しており、治安部隊からの解雇手続きを進めていたという。犯行がISとの組織的な関係によるものなのか、あるいは過激化した個人によるものかについては、現在も捜査中とされる。
12月14日には、シリア当局が事件に関与した疑いのある5人を新たに逮捕したと発表した。
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