「トランプ大統領、アラブ・イスラム諸国にアブラハム合意への参加を要請」 中東フラッシュレポート(2026年5月後半号)

2026年06月12日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2026年6月8日執筆

 

1.米国:トランプ大統領、対イラン攻撃停止を求める地域諸国にアブラハム合意への参加を要請

 5月25日、トランプ米大統領は、イランとの新たな和平合意を進める中で、停戦を求めるアラブ・イスラム諸国に対し、イスラエルとの国交正常化を定める「アブラハム合意」への参加を強く促した。トランプ氏は、米国がイラン問題の解決に尽力している以上、イランとの停戦を求める国々もアブラハム合意に署名すべきだと主張し、特にサウジアラビアとカタールの参加を求めた。

 

 この要請が行われた電話会談には、サウジアラビア、カタール、パキスタン、トルコ、エジプト、ヨルダン、UAE、バーレーンが参加していた。ただし、UAEとバーレーンは既にアブラハム合意に参加しており、トルコ、エジプト、ヨルダンもイスラエルと外交関係を有している。このため、同合意への新規参加が大きな意味を持つのはサウジアラビア、カタール、パキスタンであり、特に地域大国であるサウジアラビアの対応が注目される。

 

 トランプ政権は従来からサウジアラビアイスラエルの国交正常化をアブラハム合意拡大の最大の目標の一つに掲げてきた。しかし、2023年のガザ紛争以降、協議は停滞しており、サウジアラビアはパレスチナ国家樹立に向けた「不可逆的な道筋」が示されない限り、イスラエルとの関係正常化には応じない姿勢を維持している。パキスタンも独立したパレスチナ国家が樹立されるまでイスラエルを承認しない方針であり、カタールも現時点でイスラエルと正式な外交関係を有していない。

 

 今回、トランプ大統領がアブラハム合意への参加を強く求めた背景には、トランプ政権がイランとの交渉で譲歩し過ぎているとの批判が国内外で高まる中、イランとの合意と引き換えにイスラエルに対する大きな外交成果を示したいとの思惑があるとみられる。

 

2.UAE:バラカ原子力発電所周辺でドローン攻撃が発生

 5月17日、UAEのバラカ原子力発電所周辺に3機のドローンが飛来し、このうち1機が施設外周部近くの発電設備に衝突して火災が発生した。UAE当局によると、放射能漏れや人的被害は確認されていないものの、国際原子力機関(IAEA)は「原子力施設の安全を脅かすいかなる軍事行動も容認できない」として深刻な懸念を表明した。UAE国防省によれば、ドローンは西側国境方向から飛来したとされるが、現時点で犯行声明は出ておらず、イランによるものか、あるいはイラクの親イラン民兵組織などの代理勢力によるものかは不明である。

 

 バラカ原発は韓国の協力の下で建設されたアラブ世界初の原子力発電所であり、UAEの電力需要の約25%を担う重要インフラである。UAEは近年イスラエルとの関係を強化しており、今回の攻撃の背景として地域情勢との関連を指摘する見方もある。また、今回のイラン戦争中には、イスラエルがUAEに防空システムを展開したとの報道もあり、両国間の安全保障協力が進展しているとの見方が広がっている。なお、カタールやサウジアラビアは今回の攻撃を非難した。

 

3.イスラエル:ガザ支援船団の拿捕をめぐり極右政治家に批判集中

 5月19日、イスラエル海軍は、ガザ支援を目的とする国際船団「グローバル・スムード・フロティラ」をキプロス沖の公海上で制圧し、50隻以上の船に乗っていた400人以上の活動家を拘束した。拘束された活動家らが両手を縛られ、地面に額を付けて跪かされる様子や、極右政治家であるベン・グビール国家安全保障相が活動家らを怒鳴りつけたり嘲笑したりする様子を収めた映像が同氏のXアカウントで公開されたことで、国際的な批判が拡大した。

 

 欧州諸国やイスラム諸国はイスラエルへの非難を強め、英国、フランス、オランダ、カナダなどは、それぞれの駐イスラエル大使を召還し抗議の意を示した。また、イスラエル国内でも野党指導者だけでなく、サアル外相をはじめとする与党政治家からもベン・グビール氏の行動を批判する声が上がった。

 

4.ソマリランド:エルサレムに世界初の大使館開設を発表

 5月19日、ソマリランド共和国はエルサレムに世界初の大使館を開設すると発表した。これは、2025年12月にイスラエルが国連加盟国として初めてソマリランドを正式に国家承認した流れを受けたものであり、両国関係の急速な深化を象徴する動きといえる。ソマリランドは1991年にソマリアからの独立を宣言し、独自の通貨、軍、行政機構を有する事実上の独立国家として機能してきた。しかし、これまで同国を国家承認する国はなく、ソマリア政府も独立を認めていない。このため、イスラエルによる国家承認に対しては、アフリカ連合(AU)や周辺のイスラム諸国などから強い反発が出ている。

 

 2025年12月以降、イスラエルのサアル外相によるハルゲイサ訪問や水資源分野での協力、駐在大使の任命などを通じて、両国は関係を急速に強化してきた。その背景には、紅海・アフリカの角地域をめぐる地政学的重要性の高まりがある。ソマリランドは、イスラエルと敵対するフーシ派の支配地域を抱えるイエメンとアデン湾を挟んで対峙しており、紅海・アデン湾の海上交通路の監視や安全保障上の拠点となり得ることから、イスラエルにとって高い戦略的価値を有している。

 

 また、今回の決定はエルサレム問題にも新たな波紋を広げている。エルサレムはイスラエル・パレスチナ問題の核心的争点であり、多くの国は大使館をテルアビブに置いている。しかし、第1次トランプ政権がエルサレムをイスラエルの首都として承認し、米国大使館を移転して以降、複数の国がこれに追随している。ソマリランド大使館が開設されれば、エルサレムに設置される8番目の外国大使館となる見通しである。

 

5.イラク情勢

  • 5月23日、イラクのザイディ新首相とクルディスタン地域政府(KRG)のバルザーニ首相はバグダッドで会談し、石油輸出、国境検問所の運営、通関手続き、ならびにバグダッドとエルビル間の歳入配分協定などについて協議した。

  • 5月26日、イラクのアメディ新大統領はイランのペゼシュキアン大統領と電話会談を行い、二国間の貿易協力拡大やイスラム世界の結束、地域の安定などについて協議するとともに、ペゼシュキアン大統領からテヘラン訪問の招待を受けた。なお、ペゼシュキアン大統領は2024年9月、就任後初の外遊先としてイラクを訪問している。

  • 5月27日、シーア派の有力指導者であり、「愛国シーア派運動(PSM)」を率いるムクタダ・サドル師は、同運動の武装部門である民兵組織「平和旅団」をイラク国軍へ全面統合する方針を発表した。また、サドル師は他の武装組織に対しても、保有する武器を国家に引き渡すよう呼びかけた。これに対し、ザイディ首相は同師の決定を歓迎するとともに、他の武装勢力にも同様の対応を取るよう促した。イラク国内の民兵勢力をめぐっては、米国政府がその影響力の縮小を求め、イラク政府に対して継続的に圧力をかけている。

  • 5月31日、トランプ大統領は自身のSNSで、トム・バラック駐トルコ米大使をシリア・イラク担当の大統領特別代表に任命すると発表した。バラック氏はレバノン系米国人の不動産投資家・実業家であり、トランプ大統領の長年の盟友として知られる。サウジアラビアをはじめとする湾岸諸国との深い関係を背景に、中東の政財界に幅広い人脈を有しており、トランプ政権の対中東政策における重要なキーパーソンとみられている。

  • ホルムズ海峡封鎖の影響により、4月のイラクの原油生産量は日量平均138.9万バレルまで落ち込み、ここ数十年で最も厳しい状況に直面した。イラン戦争勃発前の3ヶ月間の平均生産量が日量410万バレル超であったことを踏まえると、4月の生産量は約3分の1に減少したことになる。国家歳入の9割以上を石油収入に依存するイラクにとって、これは財政および経済の安定を揺るがしかねない深刻な打撃となっている。

 

6.リビア情勢

  • リビアでは近年の政治的安定化を背景に、エネルギー分野への海外投資が拡大している。2025年の原油生産量は日量137万バレルと15年ぶりの高水準に達し、政府は2030年までに日量200万バレルへの増産を目指している。こうした中、2025年には17年ぶりとなる国際入札を実施したほか、BP、シェル、エクソンモービル、シェブロンなど大手エネルギー企業との協議も進めており、内戦によって停滞していた探鉱・開発活動が再び活発化している。天然ガス分野では、生産停滞と国内需要の増加を背景に輸出が低迷していたものの、エニによる大規模開発計画が進展しており、今後の輸出拡大が期待される。中東情勢の緊迫化に伴う原油価格上昇も追い風となる中、リビアは欧州向けエネルギー供給国としての存在感を高める可能性がある。

  • こうした回復基調を反映し、5月31日には国営石油公社(NOC)のスレイマン会長が、同公社の5月の収益が約40億ドルに達したと発表した。これは過去10年間で最高の月間収益となる。

     

    以上

     

    OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

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