本当の価格はどこにあるのか
早いもので2026年も終盤。1年を振り返り、新たな年の展望を考える時期に来ている。
1年前に考えていた商品市場の主なテーマは、地政学、電化とAI、資源や水・環境を巡る制約、そして、それに伴うサプライチェーンの混乱だった。
資源は掘り出したままでは使えない。複雑なバリューチェーンを経て、初めて使えるようになる。地政学的な緊張が高まり、電化やAI開発を巡る競争も激化する中、そのチェーンのどこにボトルネックが生じ、いかにアクセスを確保するのか。そこに焦点が当たるなら、商品価格は「景気循環」「需給サイクル」だけでなく、「アクセス・政策」が及ぼす影響を受けやすくなる。そんなことを考えていた。
その後、テールリスクと思われたホルムズ海峡の実質封鎖が現実となり、石油・ガスから硫酸、肥料に至るまで、サプライチェーンの混乱は大きな広がりを見せた。日頃、「広く浅く」資源を追いかけていると、個々の商品の奥深さを痛感させられるばかりだが、横のつながりについては自然と見えてくることもある。それが思いのほか全体把握に役立った。
こうした商品間の連動性については、世界銀行も2026年10月末に発表した半期のコモディティ見通しで特集している。エネルギー供給の混乱が輸送費や肥料価格に波及するように、異なる市場のショックは相互に伝わるが、特に経済・地政学的なストレス下ではその連動性が統計的にも高まるという。そして、一般に商品市場分析では個々の市場の需給ファンダメンタルズに焦点を当てることが多いが、世界的なストレスが生じる時期は、市場間の連関やショックの伝播に目を向けることが有用だと提言している。まさに、それを実感した。
一方で、予想以上の展開をみせたのが、商品市場の価格形成を巡る変化だ。
商品市場には国際的な価格指標があるが、実際の取引では一般に、品質や輸送費、契約条件などによって価格が調整される。これは昔からある仕組みだ。しかし、物流が制約され、市場参加者の力関係が変わる中で、従来の価格指標や値決めの慣行が問い直される場面が増えている。
象徴的な例が、最近のVLCC(超大型原油タンカー)運賃指標をめぐる騒動だろう。
中東からの原油供給量は戦争前の水準を回復しつつあるが、ホルムズ海峡の航行秩序は一変した。かつては1隻のタンカーがペルシャ湾岸からアジアまで直航していたが、いまでは危険海域を通過する船と、海峡の外で原油を積み替えて需要地まで運ぶ船との「分業制」となりつつある。危険海域を航行できる船主はごく少数で、そのリスクプレミアムは極めて高い。
このため、中東湾岸から東アジアまでの原油輸送費は、かつての1バレル当たり数ドル程度から、いまでは国際指標上で30ドル超にも達しているとされる。運賃が原油調達価格に占める割合が急上昇したことで、市場間の価格競争力にも大きな影響が及び、中東産油国はアジア市場でのシェアを保つために大幅な値引き販売を行っているとも報じられている。
ただ、中東湾岸から中国へのVLCC運賃の国際指標「TD3C」は、サウジアラビアから中国までの直航を前提としている。この直航取引が激減したことで、指標の算定は限られた市場情報や評価に頼らざるを得ず、実際の取引価格というより「理論価格」に近いとの見方もある。
実際、この指標の妥当性を巡っては、資源商社が算出機関を提訴し、過去にさかのぼって評価価格の無効化を求める事態に発展している。しかし、長年にわたり多くの契約や金融取引の基準となってきた指標を遡及的に変更すれば、市場に大きな混乱をもたらしかねない。輸送の実態が短期間で一変したことで、長年使われてきた価格指標の信頼性やあり方まで問われている。
金属鉱石の市場でも、値決めの仕組みに変化が生じている。
鉄鉱石市場では、中国の鉄鋼生産がピークアウトする一方、オーストラリア産鉄鉱石の主要銘柄の品質仕様変更(鉄分品位約62%⇒約61%への引き下げ、2025年)、ブラジルやギニアの高品位鉄鉱石供給拡大など、構造変化が進んでいる。そうした中、世界の海上鉄鉱石輸入の7割超を占める中国は、国有企業の中国鉱産資源集団(CMRG)を通じて国内製鉄会社の鉄鉱石購買を集約し、オーストラリアなどの鉱山大手に対する交渉力を強めている。報道によれば、中国側の要求は単なる値下げにとどまらず、人民元建ての国内指標を含めた複数の価格指標の採用や、自国の取引プラットフォームの利用など、値決めの仕組みそのものに及んでいる。
鉄鉱石はかつて、鉱山大手と製鉄会社の年間交渉で値決めされていたが、2010年前後にPlattsなどが算出する市場価格指数を基準とする方式に移行した。それから十数年を経て、今度は最大の買い手である中国が、価格指標の選択や取引の場を自国に引き寄せようとしている。
銅原料である銅精鉱の市場では、製錬所が鉱山会社から受け取るはずの製錬加工費が、マイナスになるという逆転現象が続いている。
従来、鉱山会社は製錬所に製錬加工費(TC/RC)を支払い、その水準は大手鉱山会社と製錬所の年間交渉が業界基準となってきた。しかし、鉱山供給の伸び悩み、中国が牽引する世界的な製錬能力の拡大、産銅国の自国製錬拡大などにより、銅精鉱の獲得競争が激化。スポットTCは大幅なマイナスとなり、製錬所が加工費を受け取るどころか、逆に鉱山会社に追加の対価を支払う事態となっている。こうした状況下、従来の年間ベンチマークの在り方が問われている。製錬所の採算は銅精鉱に含まれる金・銀などの副産物や、硫酸販売による収益にも左右されるため、単なる加工費の水準にとどまらない、持続可能な取引条件の模索が続いている。
背景はそれぞれ異なるが、この3つの例に共通するのは、物流や需給、市場参加者の交渉力の変化に、従来の価格指標や値決めの慣行が追いつかなくなっていることだ。従来の国際指標が実際の取引をどこまで反映しているのか、誰がどのような条件で価格を決めるのか、サプライチェーン内での利益配分がどう変わるのか。そうした問題が浮かび上がっている。
2027年以降も世界の混乱は続きそうだが、サプライチェーンの再編が進むにつれ、新たな取引慣行や価格形成の仕組みも生まれてくるのだろう。スクリーンに表示される国際指標だけを見ていても、「本当の価格」が見えない場面は増えるのかもしれない。価格の上げ下げだけでなく、価格形成についてどのような議論が交わされるのか、そんなところにも目を向けていきたい。
以上
財務省財務総合政策研究所での講演資料(2026年5月)
原油(2025~26年)分断が進む市場と、資源へのアクセス競争 - 住友商事グローバルリサーチ(SCGR)
中東紛争と銅:硫酸を巡る供給制約 - 住友商事グローバルリサーチ(SCGR)
金市況(2026年6月):有事に「生かす」金 - 住友商事グローバルリサーチ(SCGR)
商品市況(2026年7~8月)不確実性の定着 - 住友商事グローバルリサーチ(SCGR)
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