商品市況(2026年7~8月)不確実性の定着
2026年08月06日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美
概要
- 2026年7月、進行中の2つの戦争を巡る局面が変化し、エネルギーや穀物市場は6月までの下げから急反発した。貴金属・非鉄金属は相対的には小動きで、それぞれの需給状況を映した推移となっている。
- 異常気象も猛威を振るっている。欧州の熱波は農業・物流・発電など、さまざまな影響を及ぼしている。現在、エルニーニョ現象が発達中で、「スーパーエルニーニョ」のリスクに対する警戒も強い。
- 世界は一時的な危機に対応しているのではなく、不確実性そのものを前提に物事の秩序を組み替え始めている。今後も、価格動向からは見えない供給網の再構築や構造変化に着目していく必要がある。

1. 商品市場を取り巻く状況の変化
① 中東情勢
米国とイランは6月中旬、戦闘終結に向けた60日間の協議の前提となる14項目の了解覚書に署名した。これを受け、ペルシャ湾内で足止めとなっていた船舶が次々にホルムズ海峡を通過し、通航量は一時的に増加した。これは湾内に停泊していた船舶が外洋へ出た動きが中心で、物流が本格的に正常化したわけではなかったが、市場では供給正常化への期待が強まった。
しかし、その状況も長くは続かなかった。合意履行を巡る対立から軍事的応酬が再開し、停戦合意はわずか3週間で事実上崩壊。ホルムズ海峡に加え、紅海でも通航リスクが高まった。
現在も停戦努力と戦闘再開を繰り返し、ホルムズ海峡の通航秩序はかつての状況に戻らないとの見方も強まっている。各国・企業は代替ルートの構築を急いでいるが、その選択肢や難易度は商品特性や地理的条件によって大きく異なる。
② ロシア・ウクライナ情勢
戦争開始から4年以上が経過し、戦況は長距離ドローン大量投入と迎撃による消耗戦へと移行。双方の重要インフラへの攻撃が激化し、穀物・エネルギー輸出の双方に影響が生じている。ロシアでは製油所損傷により精製燃料不足が深刻化したほか、7月にはクリミア半島への補給遮断を狙いとした石油タンカーへの攻撃激化を受け、黒海とクリミア半島の東のアゾフ海を結ぶケルチ海峡の航行が制限された。代替ルートとなる黒海沿岸の港湾でもドローン攻撃を受けている。ロシアもウクライナの港湾を攻撃しており、一部の船主は黒海海域への寄港を見合わせている。
③ 中国経済
中国の2026年第2四半期GDP成長率は前年同期比+4.3%に減速した。長引く不動産不況や地方政府の財政難による内需の弱さを、政策支援を受けた先端製造業と輸出でカバーしている構図がより鮮明となっている。EV、電池、太陽光発電製品やロボットなどの輸出拡大は貿易黒字を押し上げる一方、各国では国内産業を圧迫する『チャイナショック2.0』への警戒も強まっている。中国側はこうした「近隣窮乏化」批判を否定し、技術革新と産業高度化を通じて世界に新たな成長機会を提供する『チャイナ・オポチュニティ2.0』だとの立場を示している。
④ 異常気象
6月下旬、欧州の複数の国で過去最高気温を記録。健康・農業・インフラ等に様々な影響を与えた。EUの冬作物は熱波により穀物の充填期が短くなり、収穫が早まった一方、夏作物も一部地域で収量予測が大きく低下している。また、ライン川・ドナウ川の記録的低水位は、船舶の積載量低下による輸送コスト上昇や工場向け原料輸送の停滞、発電制約を引き起こした。
現在発達中のエルニーニョ現象は今後急速に勢力を強めると予想されている。エルニーニョは世界的に気温上昇・異常気象リスクを高めるが、干ばつ・渇水・山火事だけでなく、地域によっては多雨・洪水リスクもあり、商品にも複雑な影響を及ぼす。
2. 商品市況
商品市場では、中東・黒海地域の物流制約を受けてエネルギーや穀物が反発する一方、金属は個別の需給や政策要因を映した動きとなった。
① 原油:脆弱性が露呈、供給リスク再燃
中東の紛争開始前まで、2026年の原油市場は供給過剰が予想されていた。ホルムズ海峡の実質封鎖を受けて、供給見通しが一変した3~4月には価格は急騰したが、備蓄放出、迂回輸出、中国の予想外の輸入大幅削減などにより、当初危惧された極度の逼迫を免れた。米国・イランの停戦合意を受けてホルムズ海峡の通航が増加すると、ブレント原油価格は7月初旬に1バレル70ドルまで押し下げられた。現物需給も一時的には緩和の兆候を示し、湾岸諸国は8月積み原油のOSP(調整金)を大幅に値下げした。このことは、イラン原油に対するさらなる下押し圧力となり、同国の輸出収入回復の期待を削ぐ結果となった。しかし、停戦崩壊を受けて原油価格は反発し、月間で30ドルもの値幅で変動した。
米州(ブラジル・ガイアナ・アルゼンチンを含む)の生産拡大は続いている。また、ロシアは製油所の損傷を受けて、原油輸出を増やしている。OPEC+の生産量は割当量を大幅に下回り、UAEは5月1日付でOPEC+を離脱したことから、ホルムズ海峡の通航状況が改善すれば、供給は一定程度回復するとみられている。これまでに備蓄を大きく取り崩したことで、新たな供給途絶への耐性が低下しており、価格急騰リスクは残るが、一本調子の上昇を見込む予想は多くない。
ただし、今後の中東情勢の帰結としては、「長期的な不安定化」と「従来の自由航行の終焉」との見方が広がっている。実際、サウジアラビアやUAEのホルムズ迂回ルート増強計画は具体的に進んでおり、イラクもシリア経由などのルートを検討している。2028年頃までに従来の約半分の日量1,000万バレル程度が迂回輸出になるという予測も出ている。
短期的には、原油以上に供給が不安視されるのが石油製品だ。欧米では近年、規制コストや石油需要減少、新興国の大型製油所との競合などにより製油所閉鎖が相次いだうえ、中東やロシアの戦争で世界の精製量が減少している。現存する米国の製油所はほぼフル稼働で、追加余力は乏しい。精製マージンは歴史的高値圏で推移しており、原油よりも石油製品価格が高騰することで需給調整が図られているともいえる。戦争で損傷した精製能力の修復には時間を要するため、冬場に向けてディーゼルなど石油製品の逼迫懸念は残る。一方、中長期的にはアフリカ・アジアの新増設や、中国の需要低下に伴う輸出余力増加も予想され、基調の変化も注視する必要がある。
② 農産物:黒海地域の供給減少、今後の肥料・天候リスク
農産物市場では、肥料・燃料不足やエルニーニョなどの供給リスクと、エネルギー危機下のバイオ燃料需要拡大を織り込み、春先に穀物価格が上昇した。しかし、先物がリスクを前倒しで織り込んだ後は、2025/26年度産の繰越在庫の多さや南米の豊作を背景に調整安へと転じた。北半球の農家は事前調達肥料の消化や代替調達、転作などで対応し、米国トウモロコシ栽培面積の減少も市場予想の範囲内に収まった。中国が5月に尿素輸出を割当枠管理へ移行したことも、不安心理の緩和に寄与した。
これに対し、7月以降はロシア・ウクライナ双方の物流インフラ攻撃激化により、黒海・アゾフ海ルートの航行リスクが高まり、実際に穀物輸出が滞っている。ウクライナは2022年にも検討した代替輸出ルートを模索しているが、今回はドナウ川が渇水のため有力ルートとならず、鉄道・道路輸送では海上輸出の一部しか代替できない。ロシアの7月穀物輸出も前年比▲37.6%減少した。今後、物流制約の長期化や、エルニーニョや肥料逼迫の影響本格化の可能性もあり、7月以降、小麦・大豆などの価格は再び強含んでいる。供給面の不確実性が残る中、底堅い推移が続くとみられる。
なお、OECD-FAO(経済開発機構/国連食糧農業機関)の長期農業見通し(6月公表)では、従来と同様、新興国中心に食料需要が拡大する一方、生産性向上により実質価格は概ね横ばいとの見方が示されている。一方、2026年版で印象的なのは、肥料・エネルギー高騰の影響を明示した「逆境シナリオ」を提示し、リスク下でのレジリエンスの重要性を強調していることだ。また、中国の人口減少・食料自給率向上、AI/ドローンなど新技術活用など、構造変化に関する言及が多いことも特徴的だ。外貨不足や気候変動に直面する途上国が、干ばつに強い国産のキャッサバなど地域資源の活用を進めているとの記述は、従来の供給網が混乱するなかで、ローカル資源を活用してレジリエンスを高める動きの象徴ともいえる。
③ 金属鉱物:供給リスク・副産物・重要鉱物政策の影響強まる
非鉄金属は、2025年の上昇後、足元では相対的に小動きとなっている。需要面では、中国経済が不動産・投資主導からハイテク製造業主導へと構造変化するなか、再エネ・AI関連の非鉄金属需要拡大期待が強い一方、鉄鋼は需要ピークアウト後の過剰生産や貿易摩擦が課題となっている。
銅は、精鉱逼迫や構造的な供給不足懸念が続く中、チリの悪天候による生産障害や、米国の232条関税判断を控えた対米輸出の増加、米国以外の地域での在庫減少が懸念を高めている。一方、アルミは中国からの半製品輸出増加やインドネシアでの増産、政策支援を受けた欧米の休止製錬所再開などを背景に、供給懸念が幾分後退し、調整安となっている。ホルムズ海峡の通航障害が長引くと予想される中でも、中東の製錬所はアルミナを海峡外の港から陸路輸送するなどの工夫を行っており、7月は原油の急反発とは対照的に、アルミは小幅な上昇にとどまっている。
重要鉱物が国家安全保障に直結する中、関税や輸出管理など各国の政策が価格・供給に与える影響は強まっている。また、副産物の希少元素が主産物に影響する場面も散見される。銅では製錬マージンの大幅マイナスが継続しているが、硫酸や貴金属・レアメタルなどの副産物価値の高騰が操業を支えている。インドネシアでは7月、レアアース・放射性元素の輸出規制の適用範囲が不明確で、それらを微量に含む鉱物の輸出検査が過剰となったことにより、アルミナやニッケル銑鉄の輸出が一時停滞した。政府は輸出再開を認めたが、今後、含有率などの規制を整備し、輸出管理を強化する可能性がある。
金属製錬では中国が圧倒的なシェアを握り、精製部門のボトルネックは切実な課題だ。IEA(国際エネルギー機関)は、7月に公表した「グローバル重要鉱物アウトルック2026」で、中国が2025年秋に施行を1年延期したレアアース規制が完全施行されれば、欧米などの6.5兆ドル規模の産業がリスクに直面すると警鐘を鳴らした。重要鉱物を巡る供給安全保障強化は、今後も市場構造を左右する大きな要因になるとみられる。
以上
<執筆者・アーカイブ>鈴木 直美
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