中東紛争の経済成長率への影響

コラム

2026年08月25日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
菊井 彩乃

 
経済部 チーフエコノミスト 鈴木 将之
シニアエコノミスト   菊井 彩乃
国際部     アナリスト 土田 慧

 

政経イベントコラム第4弾

 米国・イスラエルとイランの戦争開始から5か月以上が過ぎた。6月の停戦合意後、ホルムズ海峡の通航再開が期待されたが、7月に入り停戦合意が破られ、イエメンの親イラン組織フーシ派とサウジアラビアの紛争も再燃するなど、中東情勢は不安定な状況が続いている。ホルムズ海峡やバブ・エル・マンデブ海峡の通航制約が続く中、中東依存が高い国・地域では物価上昇率に加えて、実質GDP成長率にも影響が見られている。中東情勢の経済に及ぼす影響は見通し難いものの、その影響を考える手がかりとして足元までのGDP成長率の動向を整理しておく。

 

 


日本の物価
経済部 シニアエコノミスト 菊井 彩乃

(専門:日本経済)


 

  • 3四半期連続のプラス成長だが、プラス要素は限定的

 

 内閣府が8月17日に発表した日本の2026年4~6月期の国内総生産(GDP)1次速報によると、物価変動の影響を除く実質成長率(季節調整値)は前期比+0.3%(年率換算+1.1%)となった。2025年10~12月期(+0.2%)、2026年1~3月期(+0.5%)に続き3四半期連続でプラスを維持したものの、前期から成長が鈍化した。名目では+1.2%(年率換算+4.8%)となった。

 

 政府は、「景気は基調として緩やかな回復が続いている」との認識を示しており、4~6月期は中東紛争の影響をフルで受けた期間にもかかわらず持ち堪えたとも言えるが、中身を見ると、個人消費や企業投資などの力強さに欠け、プラス要素は限定的だった。

 

 実質成長率+0.3%に対する内需・外需の寄与度をみると、内需が▲0.2ポイント(3四半期ぶりのマイナス)、外需が+0.5ポイント(3四半期連続のプラス)となった。内需が振るわず、外需が実質成長率を押し上げた。ただし、外需については「輸出-輸入」で計算され、今回は輸出が研究開発サービスの増加や北米向けの自動車やAI需要に伴う半導体で下支えされて+0.5%となったことに加えて、輸入がホルムズ海峡封鎖に伴う中東からの原油輸入の大幅減で▲1.5%となったことで、輸入の減少がプラスに働いた。

 

 内需では、GDPの約半分を占める個人消費が▲0.0%と8四半期ぶりのマイナス、住宅投資は▲0.5%と3四半期ぶりのマイナスとなった。企業の設備投資は研究開発投資等が減少したとみられ、▲1.2%と2四半期連続のマイナスとなった。企業業績は好調で、設備投資意欲は底堅いことが6月調査の日銀短観からも示されているが、中東紛争の先行きを注視しつつ実施を先送りしている可能性や、原材料価格の高騰に起因するコスト上昇により投資計画の見直しや縮小を迫られている可能性もある。

 

 また、企業が在庫を積み増す動きがみられ、民間在庫変動が成長率を+0.3ポイント押し上げた。ただしその中身は、中東紛争開始後、ナフサをはじめとした原材料不足が叫ばれていた時期に高値で購入した在庫が積み上がっている懸念もある。今後、高値の在庫が企業収益の下押し圧力や消費者物価への転嫁につながり、個人消費を更に冷やすことにもつながりかねない。

 

 政府消費は+1.6%と5四半期連続のプラスとなった。高校授業料無償化や公立小学校の給食費無償化など、本来は家計にて負担されるものが政府消費に計上されているため、実際のプラスの影響はわずかとみられる。また、国家在庫変動は、成長率に対して▲0.5ポイントの寄与度となった。ホルムズ海峡封鎖に伴い、国家備蓄原油の放出を行ったことに起因するが、裏を返せば、上述の輸入減少による成長率へのプラスインパクトが、国家在庫の減少によるマイナスインパクトに置き換わったと言える。

 

  • 今後の懸念点

 7~9月期は、中東原油からの代替調達が進んでいるため、輸入の減少に伴う外需の押し上げ効果は期待できない。また、中東紛争の影響に加えて、7月末に発生した熊本地震による自動車工場や半導体関連工場などの操業状況がサプライチェーンに影響を及ぼす可能性がある。個人消費については、長引く物価高の影響で消費者の財布のひもは堅く、積極的に消費するような機運はあまりみられない。耐久財に関しては、2027年4月の省エネ基準引上げを見越したエアコンの買替え需要や、2026年3月末の自動車税の環境性能割の廃止を受けて自動車販売が大幅に増加したものの、当然ながら一度買うと数年は購入機会が無くなる物であり、これらの需要が落ち着けば、ほかにプラス要素も見出しにくい。

 

 なお、国内経済の総合的な物価動向を示すGDPデフレーターは前年同期比+2.6%と、2%を超えている。原油価格は一時期の高値から落ち着いているものの、輸入物価が跳ね上がっており、それが企業物価上昇に繋がっている。さらに消費者物価に波及して景気を冷やすことにならないか懸念される。

 

 


米国の視点   
経済部 チーフエコノミスト 鈴木 将之

(専門:マクロ経済 )


 

  • 5四半期連続のプラス成長

 

 米商務省によると、2026年第2四半期(Q2)の実質GDP成長率は前期比年率+1.5%となり、2025年Q2以降5四半期連続のプラス成長だったものの、Q1(+2.1%)から減速した。

 

 米国はエネルギーの純輸出国であり、原油の中東依存度が高いアジア諸国などとは異なり、数量不足よりも価格上昇の影響を受けやすい。実際、ガソリン価格が一時1ガロンあたり4ドルを超えたように、物価上昇が経済成長の重石となることが懸念されている。

 

  • AI・半導体関連投資がけん引

 

 Q2の成長率の内訳を見ると、個人消費(+3.2%)がQ1(+0.5%)から加速した。ガソリンなど物価高が重石となった中で、耐久財(+6.8%)を中心に財(+5.2%)が増加し、サービス(+2.2%)も底堅い動きを見せた。

 

 こうした中で、企業設備投資(+8.4%)がQ1(+10.6%)に続いて堅調に増加したことが目立った。特に、データセンター建設に伴うAI・半導体関連投資を追い風に機械装置(+15.2%)が2四半期連続の2桁増となった。なお、民間在庫の寄与度は▲0.67ポイントであり、原油備蓄などが一部取り崩されたとみられる。これら内需(寄与度+2.7ポイント)が経済成長のけん引役だった。

 

  • 外需は不振

 それに対して、外需(寄与度▲1.0ポイント)は成長の抑制要因だった。輸出(+4.5%)は2四半期連続で増加した。サービス(▲3.3%)が3四半期連続で減少したものの、日本への原油輸出などが伸びたこともあり、財(+8.9%)はQ1(+18.8%)に続いて高い伸び率になった。しかし、AI・半導体関連の設備投資に用いられる輸入財も増加しており、輸入(+11.5%)は2四半期連続で2桁増だった。

 

  • 先行きの経済には懸念材料も

 米国経済の先行きには、懸念が残っている。中東情勢に起因するガソリンなどの物価高騰の中で個人消費を下支えしてきた貯蓄の取り崩しも限界に近づきつつある。実際、6月の貯蓄率(2.7%)は2022年6月以来となる3%割れになっている。高めの物価上昇率が当面継続すると見込まれるため、Q3以降の個人消費に下押し圧力がかかりやすい。

 

 AI・半導体が成長をけん引し、経済の一部に恩恵をもたらす中で、個人消費の腰折れ懸念は米国経済の脆弱な一面を示しており、秋の中間選挙にも影響を及ぼしそうだ。

 


ユーロ圏の視点   
経済部 チーフエコノミスト 鈴木 将之

(専門:マクロ経済 )


 

  • 前期から成長ペースは加速

 EU統計局(Eurostat)によると、ユーロ圏経済は2026年Q2に前期比+0.4%(前期比年率+1.8%)と、Q1(前期比▲0.0%)から加速した。Q1には設備投資が減少するなど内需が弱かったことに加えて、輸出の減少から外需も成長を押し下げていた。

 

 また、国別に見ると、フランス(▲0.1%)が5四半期ぶりにマイナス成長だった上、IT関連の多国籍企業が集積するアイルランド(▲7.0%)が2四半期連続でマイナスとなった下押し圧力も大きかった。しかし、Q2になるとフランス(+0.2%)やアイルランド(+3.9%)がプラスに転じており、ユーロ圏の設備投資や輸出も持ち直したようだ。なお、中東情勢に関連した価格高騰を控えた前倒し需要も下支え要因になった。

 

  • 物価上昇が個人消費の重石に

 ユーロ圏のエネルギーの中東依存度は低いため、米国と同様に数量の確保よりも価格の上昇が課題となっている。実際、川上の生産者物価指数の伸び率は、3月以降プラスに転じて5月(前年同月比+5.9%)にかけて拡大した。

 

 川下の消費者物価指数も欧州中央銀行(ECB)の中期目標の2%前後を推移していた2月(+1.9%)から5月(+3.2%)にかけて上昇率を拡大させた。物価上昇は需要の抑制要因として、ユーロ圏経済の重石になっている。足元では上昇圧力がやや緩和したとは言え、それも中東情勢次第であり、このまま落ち着くかどうか見通し難い。

 

  • 外需の鈍さと熱波の悪影響

 また、輸出自体の動きが鈍いことも懸念される。輸出数量は、関税政策で対立する米国向けに加えて、競争激化と内需不振にあえぐ中国向けでも低調な動きを続けている。米国が7月に発表した新しい関税は従来のものと比べて負担増になったわけではないものの、輸出の抑制要因であることに変わりない。

 

 さらに、今夏の熱波の悪影響も懸念材料だ。個人消費など経済活動が低調になることに加えて、川の水位が低下し、物流が滞るなど悪影響がすでにあらわれている。欧州では発電時の冷却水として河川の水を使う場合もあり、発電にも悪影響が及んでいる。そうした影響がユーロ圏経済全体にも波及する恐れがあり、熱波が供給制約としての存在感を高めている。

 

  • 経済の不調から政治の不安定さへ

 ユーロ圏では、これから冬季の暖房需要のために天然ガスなどの備蓄を進める必要がある。しかし、緊迫化した中東情勢のあおりを受けて、それらの価格が上昇しコスト増になるため、数量の確保にも懸念が残る。

 

 これらを踏まえると、Q2の経済成長は持ち直したものの、そのペースを維持できるかは不透明だ。経済の不調さが結果として選挙を控えるドイツやフランスの政治の不安定さにつながるなど別の地政学リスクの高まりにつながることにも注意が必要だろう。

 

 


東南アジアの視点  
国際部 アナリスト 土田 慧

(専門:アジア大洋州 )


 

 8月17日までに、ASEAN6か国の第2四半期実質GDP成長率が各国の統計当局より公表された。全体としては、中東情勢を受けたエネルギー価格上昇やインフレ率の高止まりにより民間消費はやや減速したものの、第1四半期に続き、米国をはじめとしたAI・データセンター需要を背景とした電子機器・電子部品輸出が成長を下支えし、成長率は総じて堅調であった。

 

・インドネシア:5.3%(第1四半期は5.6%)(いずれも前年同期比。以下同様)

・シンガポール:5.9%(第1四半期は5.6%)

・タイ:1.9%(第1四半期は2.8%)

・フィリピン:2.3%(第1四半期は2.8%)

・ベトナム:8.4%(第1四半期は7.9%)

・マレーシア:6.0%(第1四半期は5.4%)

 

  • 中東情勢の影響はタイ・フィリピンで顕著に発現

 今回、前四半期に比べ成長率が特に低下した国はタイ、フィリピンの2か国である。両国はASEAN6か国の中でも、特に中東情勢の影響を受けやすい経済構造にある。

 1点目に、両国ともに観光業への依存度が高い。観光関連産業につき、タイはGDPの約12%、フィリピンは約20%を占めている。中東情勢を受けたフライト料金高騰や航空各社による路線欠航等を受けて観光客数が減少した結果、サービス産業の伸びが減速した。特にタイについては、年初から7月までの累計観光客数が1,850万人と、前年比3.2%減少している。

 2点目に、特にフィリピンは家計所得の海外在住労働者からの送金への依存度が高い。彼らの国内送金は、外貨収入(貿易収支、サービス収支、第一次所得収支、第二次所得収支の受取額合計)のうち約25%を占めるほか、GDP比8.7%と規模が相応に大きい。なおサウジアラビア・UAEなどの湾岸諸国は、2024年に海外に渡航した労働者の約3分の1を占めるほか、同地域在住の労働者からの送金額は送金額全体の約2割を占める。これまで、湾岸諸国在住労働者からの送金額は前年比4%以上で増加し続けてきたが、中東情勢も受けて今年3月以降は2~3%台で停滞している。エネルギー価格を抑制するエネルギー補助金制度が存在しないことによる高インフレも相まって、民間消費を圧迫した形となった。

 

  • 今後はコメを含めた農作物収穫量の低下・インフレ促進に要留意

 今後の見通しを考える上での論点は、(1)天候不順・肥料価格高騰による農作物収穫量減少、(2)AI・データセンター関連需要の持続性、(3)米国による関税――の3点と考えられる。 特に(1)に関し、エルニーニョ現象による降雨量減少・気温上昇が、中東情勢を受けた肥料(主に尿素)価格の高騰と相まって主食であるコメの収穫量減少につながることが危惧される。特にコメ生産国であるタイ、フィリピン、ベトナム、インドネシアでは本影響が顕著に発現すると考えられる。中東情勢によりインフレ圧力が続く中で物価上昇率が更に高まれば、民間消費を停滞させかねない。

 

 


中国の視点   
経済部 チーフエコノミスト 鈴木 将之

(専門:マクロ経済 )


 

  • 成長ペースは鈍化

 中国国家統計局によると、2026年Q2の中国の実質GDP成長率は前期比+0.9%(前期比年率+3.6%)へ減速した。1%を下回るのは2023年Q4(+0.8%)以来のことだった。「内巻」が課題になっていた2025年よりも、足元の成長ペースは鈍化している。

 

  • 目立つ内需の弱さ

 中国も例外なく、中東情勢の緊迫化に伴う悪影響を受けている。例えば、中国は原油の約7割を輸入に依存しているからだ。しかし、内需の弱さから原油需要が弱含む中で、政府や企業は在庫を取り崩したり、ガソリンなどの輸出規制を実施したりするなど、需給調整に努めてきた。そのため、数量確保が課題となる中でも、その悪影響はこれまであまり目立っていない。

 

 むしろ、国際市場における需給バランスの調整役として、中国経済の存在感が高まっているという見方もある。その一方で、弱含む個人消費や底打ちが見えない不動産開発投資など、内需の弱さが成長の抑制要因になっているという事実も見えている。

 

  • 純輸出が示す成長の変調

 実際、GDPの内訳を把握できる前年同期比の成長率は+4.3%と、Q1(+5.0%)から縮小した。内訳を計算すると、最終消費の寄与度はQ1(+2.3ポイント)からQ2(+1.9ポイント)へ、設備投資などの資本形成は+1.9ポイントから+1.5ポイントへそれぞれ低下した。

 

 その一方で、純輸出は+0.8ポイントから+0.9ポイントへ小幅に上昇しており、2024年半ば以降純輸出すなわち外需の寄与度が目立つようになっている。それ以前の好調だったときの経済成長のけん引役は内需であり、外需はほとんど成長に貢献していなかった状態と大きく異なっている。雇用環境を保つ上でも、生産活動の維持が必要であり、内需を超える部分が輸出の形で海外に漏出していることになる。

 

  • 実質的な所得減という痛み

 中国でも、ガソリンをはじめとして価格が上昇し、消費者物価指数の上昇率は2026年2月から6月にかけて1%を上回った。輸入物価指数も上昇しており、交易条件が悪化している。それは交易損失の拡大を通じて、実質GDPよりも実質GNI(国内総所得)を下振れさせる。

 

 その結果、購買力が低下するため、弱い内需に下押し圧力がさらにかかりかねない。中東情勢の緊迫化に伴う物価上昇などを経験し、その悪影響が継続することが、中国経済が安定成長に移行する道のりを険しいものにする恐れがある。

 

 

以上

 


<政経イベントコラム・バックナンバー>

中東紛争の物価への影響(2026/8/7)

通商法301条の影響――米国・アジア・サブサハラの視点 (2026/8/4)

NATO首脳会合の「成功」―欧州・トルコ・ウクライナの思惑(2026/7/10)

 

 

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。