2026年8月3日 (月)
[米国による対イラン攻撃停止の背景と今後]
8月1日、トランプ大統領は、イランとの合意が早急に成立することを条件に、予定していたイランのエネルギーインフラを標的とする大規模攻撃を停止すると発表した。トランプ大統領はその理由として、イランやそのほかの中東諸国から、イランとの交渉の進展を理由に攻撃の停止を要請されたと、自身のSNSに投稿している。
7月29日には、サウジアラビアの有力者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MbS)の弟のハーリッド国防相がワシントンを訪問し、トランプ大統領とバンス副大統領との会談を行い、イランによる報復で自国の石油施設が攻撃されることに対する懸念を表明したもよう。サウジはその前日である28日には、イラクの親イラン武装勢力に対する米国との共同空爆に参加したものの、紛争拡大を望んでいるわけではなく、フーシ派への対応に関しても自国で管理できると伝えたと報じられている。
今後はオマーンやカタールなどを通じた外交交渉が進む見通しだが、協議が停滞すれば、米国が再び軍事的圧力を強める可能性がある。米政権内では、イランへの決定的な攻撃を求める強硬派と、報復、弾薬不足、経済への悪影響を懸念する慎重派との間で意見が対立している。
イランは、ホルムズ海峡やスエズ運河周辺、湾岸諸国、米軍拠点への攻撃能力を示し、米国を地域から後退させる狙いを明確にしている。米軍は迎撃ミサイルや艦艇の不足に直面し、長期戦への対応力が低下しているとの報道もある。戦争は米国内でも不人気であり、物価上昇や中間選挙への悪影響が懸念されている。イラン側は、6月にMoUで合意した内容が米国側によって履行されなかったとの不信感から、今回の交渉ではホルムズ海峡の管理権、戦争再開を防ぐ保証、凍結資産の事前解除などに関する明確な譲歩を強く求めるものと考えられる。前回のMoU合意の失敗で、イラン側で交渉を担当した穏健派は意思決定に関する影響力を失い、革命防衛隊など強硬派がより強い主導権を握っているとみられている。
湾岸諸国も米国の安全保障に関する保証を全面的には信頼せず、独自の緊張緩和とリスク分散を進めている。UAEはイランとの外交・経済関係を再開しつつ、米国やイスラエルとの防衛協力も強化している。中国は米国の軍事的消耗を静観しながらも、湾岸産エネルギーへの依存からイランへの公然たる支援を避けている。
全体として、今後1~2週間は恒久的な停戦よりも、戦闘の再燃と仲介努力が交互に繰り返される可能性が高く、情勢は制度的な判断よりもトランプ大統領個人の意思決定に大きく左右される。(国際部 広瀬真司)
[マレーシア/州議会選挙]
8月1日に、ヌグリ・スンビラン州議会の選挙が実施された(総議席数は36)。選挙の結果、アンワル首相の所属する政党連合である希望連盟(PH)は議席を17から11に減らした一方で、国民戦線(BN)およびBNと選挙協力した国民連盟(PN)の合計議席数は19から25まで増加した。PHおよびBNは連邦議会では連立与党を組んでいるが、前回ジョホール州議会選挙と同様に選挙協力を実施していなかった。
今回のヌグリ・スンビラン州選挙では、PHの得票率は2023年の37.8%から今回は40.2%へとむしろ上昇しており、単独の政党連合としては最も多くの票(23万2,230票)を獲得しているが、BN(得票率38.3%)とPN(同17.4%)の票が分散せずに一本化された結果、議席数でPHが圧倒される構造になった。より根本的には、政権発足後に約束された改革の遅れ(例:首相任期制限、エネルギー補助金の削減)や反汚職委員会を巡る汚職スキャンダルなどにより、支持基盤である進歩派や都市部の非マレー系有権者を中心に失望が広がっており、彼らがPHに投票しなかったことで投票率が想定を下回ったことが敗北の要因となっている。対してBNおよびPNは農村部や半都市部に地域密着型の強固な支持基盤を持っており、マレー系・ムスリムの団結をあおる「アイデンティティ政治」を効果的に活用したことで議席を獲得できたと考えられる。
連邦議会では、2028年2月に総選挙実施が予定されている。BNは、先月のジョホール州選挙においても議席数を増やしている。近年、PHとBNは政策スタンスの違いを背景に確執が深まっていることから、一部専門家は、現在の勢いがあれば国政レベルでもさらに議席を伸ばせるとBNが判断した場合、連立を離脱し不信任案を提出することで早期総選挙の実施を強く後押しする可能性があると指摘している(South China Morning Post、2026年8月2日付記事)。もしくはPH自身が、支持率が下がる前に早期総選挙の実施を求める可能性もある。なお、9月にはマラッカ州でも議会選挙が実施される。本選挙においてBN・PH各々がどれだけ議席を獲得できるかが注目される。(国際部 土田慧)
[OPEC+減産緩和と今後の課題]
8月2日、OPECプラス有志7か国(サウジアラビア・ロシア・イラク・クウェート・カザフスタン・アルジェリア・オマーン)は月例会合を開催した。会合後に発表した声明によると、7か国は石油市場の安定を支援する共同の取り組みとして2023年から実施してきた自主減産の縮小を進める一環として、2026年9月も生産枠を日量18万8,000バレル引き上げることを決定した。「協力宣言」を完全に順守し、超過生産は完全に相殺することも確認した。次回会合は9月6日に開催する。
OPEC+は2022年10月、中国のゼロコロナ政策(都市ロックダウン)等を受け、全体で2022年8月比で日量200万バレルの減産で合意し、11月から開始した。それでも市況低迷が続いたが、減産拡大が困難な国もあるため、余力がある8か国(UAE含む)が2023年4月と11月に自主的に追加減産を決定し、実施してきた。しかし、減産と価格低迷が長引く中では、石油収入確保を望む国が割当を超過して生産する例が頻出するなど、合意順守に苦慮してきた経緯がある。
自主的追加減産の解消は2025年4月に開始し、解消ペースを加速したが、需給緩和の兆候を受けて2026年初頭は一時的に生産枠引き上げを見送っていた。2月の米国・イラン軍事衝突後は6か月連続で枠を引き上げてきたが、ホルムズ海峡の通航制約などを背景に輸出環境は不安定化し、3月以降、実際の生産量は割当枠を大幅に下回っている。2026年4月にはUAEが5月1日付でのOPECおよびOPEC+脱退を発表し、自主減産実施国は7か国に減少した。
9月の生産枠引き上げにより、2023年5月に始めた日量165万バレルの自主減産は終了する。IEA(国際エネルギー機関)の7月月報によると、当該7か国の6月産油量は目標を日量約720万バレル下回っており、通航制約が続く中での生産枠引き上げは象徴的な意味合いに留まるが、状況改善次第、増産する余地が生まれる。2026年第4四半期の生産量については次回会合で協議するとみられる。
自主減産の終了後は、OPEC+全体として2022年10月に合意した日量200万バレルの減産をどう扱うかが焦点となる。現行の減産は2026年末までとなっている。加盟国の生産能力見直しや2027年以降の新たな生産基準の策定が進む中、中東情勢によって各国の実際の生産能力や輸出環境の評価は一段と難しくなっている。通航状況が改善したときに各国が割当を上回る増産に動けば、OPEC+の結束力が改めて試される可能性がある。(経済部 鈴木直美)
[EU/AI規制]
8月2日、AI法の適用が開始された。同日から適用された新たな透明性ルールは、特定のAIシステムを利用する企業に対し、ユーザーへの対話通知や、コンテンツが生成・改変されたものであることの明示を義務付ける。本規制の主な目的は、オンライン情報の真偽判別を容易にし、欺瞞や操作を防ぐことで、市民が適切な選択を行えるよう支援することにある。
具体的には、チャットボットなどの対話型AIには、非人間である旨の開示義務が課され、商業用途のディープフェイクやAI生成コンテンツには、明確なラベル表示が義務付けられた(例えば、ディープフェイクや、人間による校閲を受けていないAI生成ニュース記事などについて、利用者への通知が義務付けられる)。検出を容易にするため、機械読み取り可能な透かし(watermark)などのデジタルな目印を埋め込むことも求められ、不順守には巨額の罰金が科される。既存システムには2026年12月2日までの猶予があり、個人による私的利用や、芸術・風刺などの創作物は対象外となる。
多様なタスクを実行可能な汎用AIについて、システムリスクを伴う最先端モデルの提供企業には、化学・生物・放射性・核関連事故、制御喪失、サイバー攻撃、人権侵害といったインシデントに対処する追加義務が課される。また、プロバイダーには、情報の文書化、著作権ポリシーの策定、訓練データの要約の公開が求められる。加えて、人権を脅かす不公正なスコアリングなど、特に有害な「禁止されたAI慣行」に対する取り締まりも開始される。(国際部 濱嵜隆吏)
[コンゴ民/エボラ出血熱]
8月1日、世界保健機関(WHO)は、コンゴ民主共和国(DRC)で流行しているエボラ出血熱の感染症例が、7月30日時点で3,605例、死者が1,587人(致死率44%)に達し、同国で過去最速のペースで拡大していると警鐘を鳴らした。
[日本/完全失業率、有効求人倍率(6月)]
7月31日、総務省が発表した労働力調査によると、6月の完全失業率(季節調整値)は2.5%となった。4月、5月から横ばいで、低水準を維持した。完全失業者数は178万⼈(前年同月比+2万⼈)で、11か⽉連続で増加した。求職理由別では、「非自発的な離職」が44万人(+6万人)で、そのうち「勤め先や事業の都合による離職」が22万人(+3万人)と増加した。また、「新たに求職」が48万⼈(+3万⼈)と増加し、「自発的な離職(自己都合)」が75万人(▲4万人)と減少した。より良い条件を求めての転職活動が行われているとみられるが、リストラや倒産などの「勤め先や事業の都合による離職」が今後増加しないか注意が必要。
就業者数は6,890万人(+17万人)と、5か月連続で増加した。
産業別で増加したのは「製造業」(+39万人)、「教育, 学習⽀援業」(+17万⼈)、「医療, 福祉」(+16万⼈)。減少したのは「農業, 林業」(▲16万人)、「学術研究, 専⾨・技術サービス業」(▲13万⼈)、「卸売業, 小売業」(▲5万人)。
雇用者数は6,245万人(+40万人)で、52か月連続の増加。そのうち正規の職員・従業員数は3,741万人(+21万人)で、32か月連続の増加。非正規の職員・従業員数は2,157万人(+20万人)で、3か月連続の増加。
また、同日に厚生労働省が発表した一般職業紹介状況によると、6月の有効求人倍率(季節調整値)は1.18倍と、6月から+0.01ポイント上昇した。有効求人倍率は、全国のハローワークで仕事を探す求職者1人あたり何件の求人があるかを示す。全国では引き続き1倍を上回っており、一般的には相対的に労働需要が強いことを示唆するものの、足元にかけては人手が集まらない状況になっている。
正社員の有効求人倍率(季節調整値)は0.99倍と、4月から横ばい。
新規求人倍率(季節調整値)は2.16倍と、5月から+0.05ポイント上昇した。新規求人数(原数値)は79.6万人と前年同月比+3.1%増加した。増加は2025年4月以来14か月ぶり。
産業別で増加したのは「サービス業(他に分類されないもの)」(+11.5%/労働者派遣業など)、「製造業」(+10.4%)、「宿泊業, 飲食サービス業」(+5.4%)、減少したのは「情報通信業」(▲6.4%)、「卸売業, 小売業」(▲2.6%)など。より細かい内訳では、中東情勢の影響で製造業のうち「石油製品・石炭製品製造業」で▲20.4%の一方、AI・半導体需要から「電子部品・デバイス・電子回路製造業」で+42.7%となった。
引き続き、日本の雇用環境は堅調といえ、求職者1人あたり1件以上の求人があるが、個人の希望や適性と求人とのマッチングが鍵となる。(経済部 菊井彩乃)
[中国/新出入国管理規定を公布]
7月31日、中国国務院は新たな「出入国管理規定」を公布した。9月15日から施行する。
一部から、この規定は中国国民の出国制限を拡大する可能性があるとして強い懸念が出ている。「国家安全」「産業安全」「技術安全」などについて「危害を及ぼす可能性がある場合」といった抽象的な表現が繰り返し用いられており、違法行為が確認されなくても、当局の判断によって出国を禁止されうる。
また、出国禁止の決定権限が中央政府だけでなく、省政府や商務部など幅広い行政機関に与えられていることから、運用の恣意性や裁量権の拡大につながる可能性があると指摘されている。
さらに、国家安全上の理由がある場合には出国禁止の理由を本人に通知しなくてもよいとされており、空港で突然出国を拒否される事態や、事前に異議申立てを行う機会が失われることへの懸念が指摘されている。
他方で、この規定は、中国の技術流出防止と経済安全保障の強化という意味をもつ。規定では、輸出管理法や技術輸出入管理規則に違反し、「国家の産業安全・技術安全を害する可能性」がある中国国民について、商務部などが出国禁止を決定できることが初めて明文化された。
また、海外で国家安全や国家利益を害する違法・犯罪行為を行った中国国民に対しては、帰国後6か月~3年間の出国禁止措置を科すことが可能となる。
新規定は、もともと出入国管理法や反スパイ法など複数の法律に分散していた出国制限の根拠を具体化し、輸出管理制度の対象を企業だけでなく、技術者や研究者個人の海外移動にまで拡大した。これまで報じられてきたAI企業Manus幹部やレアアース技術者、DeepSeekなどの研究者に対する渡航制限などに対し、新規定は法的根拠を与えることになる。中国政府も、この規定は既存法制を具体化し、技術流出防止や輸出管理、反外国制裁措置の実効性を高めるための制度整備であり、個人情報や営業秘密については法に基づき保護すると説明している。(国際部 前田宏子)
[ユーロ圏/消費者物価指数]
EU統計局(Eurostat)によると、7月のユーロ圏の消費者物価指数(HICP)は前年同月比+2.9%だった。上昇率は6月(+2.8%)から小幅に拡大したものの、市場予想(+2.9%)と一致した。2月の上昇率を振り返ると、2月(+1.9%)から5月(+3.2%)まで3か月連続で拡大した後、6月(+2.8%)に4か月ぶりに縮小していた。
物価の基調を表す食品とエネルギーを除くコア指数は+2.5%となり、6月(+2.4%)から小幅に拡大した。上昇率は2月(+2.4%)から5月(+2.6%)にかけて小幅に拡大し、高止まりしている。
内訳を見ると、食料品(+1.2%)が6月(+1.5%)から縮小した。2025年半ばから緩やかに縮小してきた。エネルギーは+10.0%となり、6月(+8.5%)から拡大し、2か月ぶりに2桁上昇となった。上昇率は3月からプラスに転じ、4~5月(ともに+10.8%)には2桁上昇まで拡大していた。エネルギー以外の工業財は+0.9%であり、6月(+0.7%)から拡大し、5月と同じだった。サービス(+3.3%)は6月(+3.2%)から上昇率をやや拡大させたものの、5月(+3.5%)を下回った。
国別に見ると、ドイツ(6月+2.4%→7月+2.8%)やフランス(+2.0%→+2.4%)、スペイン(+3.6%→+3.8%)が上昇率を拡大させた一方で、イタリア(+3.0%→+2.9%)は小幅に縮小させた。域内を見ると、エストニア(+2.0%)やマルタ(+2.1%)などの上昇率が低かったのに対して、リトアニア(+5.6%)やブルガリア(+4.1%)などの上昇率が高かった。
このように、7月のユーロ圏の消費者物価指数の上昇率は6月に比べて小幅に拡大した。エネルギーや財、サービスなど幅広い品目の上昇率が拡大した。しかし、上昇率は5月を下回っている。そのため、高めの物価上昇率が継続していることに変わりないものの、物価上昇ペースが急速に速まったわけではない。ECBが次回9月理事会で、政策金利を引き上げなければならないという判断材料とはならず、引き続き状況を見極めることになる。(経済部 鈴木将之)
[ロシア/「魔の8月」再来か:ルーブル相場の下落リスク]
ロシアでは、過去30年間に政変、金融危機、大事故、紛争などが8月に相次いで発生したことから、8月を「不吉な月」とみる向きが根強い。通貨市場でも、8月はルーブル安が進みやすい月とされる。1998年から2025年までの28年間で、ルーブルが対ドルで下落した年は20回に上る。特に1998年のロシア財政危機では、ルーブルが対ドルで58%超下落した。また、2018年には米国の利上げや対ロ制裁強化、2024年にはモスクワ取引所への制裁や輸出外貨収入の本国還流義務緩和が、ルーブル下落の大きな要因となった。
2026年8月についても、ルーブル相場には下落リスクが意識されている。7月末には一時1ドル=80ルーブルを突破し、約3カ月ぶりのルーブル安水準となった。背景には、原油価格の変動、納税期終了に伴う輸出企業の外貨売り減少、米FRBによる利上げ観測、対ロ追加制裁への警戒感などがある。一方で、経常収支黒字、高水準の金利、輸出企業による外貨売却、原油高はルーブルを下支えする要因とみられる。
市場関係者の中心的な見方では、2026年8月のルーブル相場は1ドル=76~83ルーブル、対人民元では1人民元=11~12ルーブル台で推移する可能性がある。悲観シナリオでは、追加制裁や地政学的緊張の高まりにより、1ドル=85~87ルーブルまで下落する展開も想定される。一方、楽観シナリオでは、原油高の定着や外貨供給の増加を背景に、1ドル=72~74ルーブルまでルーブル高が進む可能性もある。8月特有の季節要因に加え、制裁、原油価格、米金融政策をめぐる不確実性が重なるなか、ルーブル相場は引き続き神経質な展開となりそうだ。(国際部 ゴロシニコフアントン)
[アルゼンチン/原油輸出拡大]
2026年上半期、アルゼンチンの輸出のうち、原油が初めて最大の輸出品目となり、これまで上位を占めてきたトウモロコシや大豆粕を上回った。
この期間の原油輸出額は46億9,300万ドルに達し、アルゼンチンの財の輸出全体の9.5%を占めた。これに対し、トウモロコシは41億7,100万ドル、大豆粕など41億6,100万ドルで、それぞれ8.4%だった。原油輸出額は前年同期比で47.7%増加し、15億1,600万米ドルの伸びを記録した。一方、トウモロコシ輸出は6.6%増、大豆粕輸出は0.6%増にとどまり、原油が急速に追い上げて首位に立った。
もっとも、輸出全体を部門別に見ると、加工農産品が32.0%、一次農産品が25.5%を占め、両者を合わせると57.5%に達する。輸出額では284億5,000万米ドルに相当し、依然として農業部門が最大の外貨獲得源となっている。
かつて天然ガスや燃料の輸入に多額の外貨を費やしていたアルゼンチンは、原油輸出国へと変貌しつつある。2026年上半期の燃料・エネルギー部門の貿易黒字は50億7,600万ドルとなり、前年同期比で61.7%増加した。
しかも、この成長にはまだ大きな余地が残されている。その理由は、最大の輸出インフラ計画である「VMOS(Vaca Muerta Oil Sur)」パイプラインがまだ稼働していないためである。このプロジェクトは内陸部のアジェンから大西洋岸のプンタ・コロラダ新港まで原油を輸送するもので、総事業費は約30億米ドルに達する。YPFを中心とする9社の共同事業として進められており、2026年7月時点で完成率は70%を超えている。
YPFは2026年末から2027年初頭にかけて日量18万バレル規模で輸送を開始し、その後2027年第3四半期までに日量55万バレルへと拡大する計画を示している。さらに需要と生産量の増加に応じ、2028年以降には日量70万バレル超への拡張も可能とされる。既存のパイプライン網と合わせれば、最終的には日量130万バレル規模の輸送能力を持つ見込みである。
一方で、計画には不確実性も存在する。プンタ・コロラダの輸出ターミナルは保護地域に近接しており、2026年7月にはユネスコ世界遺産委員会が工事の一時停止を求めた。この問題が長期化すれば、パイプライン稼働時期にも影響を与える可能性がある。
原油の躍進は、アルゼンチン経済に新たな強みをもたらしている。農産物輸出は天候不順や病害虫、国際貿易摩擦の影響を受けやすい。一方、エネルギー輸出は原油価格やインフラ整備の進捗に左右される。リスクの種類が異なるため、農業とエネルギーという二本柱を持つことは、外貨収入の安定化につながる。
アルゼンチンは長年、慢性的な外貨不足に苦しんできた。エネルギー輸出の拡大は中央銀行の外貨準備の積み増しを後押しし、長期的には通貨ペソの安定や厳しい為替規制の緩和にもつながる可能性がある。もちろん、インフレ問題や財政課題が直ちに解決するわけではない。しかし、かつて輸入に依存していたエネルギー分野が輸出産業へと変化し、原油が農産物を上回る外貨を稼ぎ始めたことは、アルゼンチン経済における転換点といえる。(国際部 小橋啓)
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