2026年9月10日 (木)
[ケニア・米国/重要鉱物]
9月9日、ケニアのナイロビで開催された「米国商工会議所ビジネスサミット」において、米国政府高官はケニアでの重要鉱物の加工産業を米国として支援すると表明した(9月9日、ロイター通信)。ケニア沿岸部のムリマ・ヒル鉱床は世界有数のレアアース(希土類)と航空宇宙産業に使用されるニオブの埋蔵量が確認されている。同鉱床の開発は現在競争入札に付されており、最終候補者6社のうち、2社が米国コンソーシアム企業だと報じられている。
重要鉱物の確保を進める米国・トランプ政権は、世界有数の銅・コバルト産出国であるコンゴ民主共和国(DRC)と重要鉱物に関する協定を結んでいるほか、ザンビアのカッパーベルトでも、ビル・ゲイツ氏やサム・アルトマン氏らが支援する米国企業KoBoldが世界最大級の銅鉱山「ミンゴンバ」プロジェクトの開発を進めている(2030年生産開始予定)。
一方で、DRCやザンビアを含め、アフリカの重要鉱物の開発において中国の存在感が圧倒的に大きい状況が続いている。そのため米国としても重要鉱物確保の巻き返しを図るべく、ザンビア、DRC、アンゴラを結ぶ「ロビト回廊」の鉄道開発プロジェクトに米国開発金融公社(DFC)を通じた資金支援を行うほか、ケニアのムリマ・ヒル鉱床のようなグリーンフィールドの重要鉱物開発を進めている。
また、ケニアのウィリアム・ルト大統領にとっても、米国との協力の上で重要鉱物および国内加工の促進の意義は大きい。同ビジネスサミットにも参加していたルト氏は、6月に重要鉱物の国内加工に関する米国との合意が最終段階にあると発表していた。歴史的に米国と緊密な関係を持つケニアは、サブサハラ・アフリカで唯一、米国の「非NATO同盟国」に指定されており、ケニアは国際社会での存在感を高めつつある。今回の重要鉱物の米国へのアクセスの提供は、さらに両国の関係を強固にする材料ともなり得る。
さらに、2027年8月に実施される大統領選で再選を狙うルト氏にとって、「国内加工」は有権者向けのアピールともなる。9月3日にルト氏は、ケニア南西部のマガディ湖でソーダ灰生産を行うインド化学大手タタ・ケミカルズに撤退を要求した(9月4日、BBCなど)。ルト氏は、ケニア国内でガラスや洗剤などの最終加工を行わず、国内の「資源」をそのまま輸出していたと非難している。この背景には、タタ・ケミカルズが操業を行うカジアド郡政府に対するロイヤルティの支払いや、コミュニティへの収入の還元義務を怠っているとして、7月28日に鉱業法違反で操業停止を命じたことがある。そのため、ルト大統領としては地元住民を外国企業の搾取から守る大統領として有権者にアピールしたい狙いもあるとみられる。他方で、こうした政府の動きは政策の予見可能性など、ケニアに対する外国投資家心理に影響を与えるとの見方もある。
(国際部 髙橋史)
[EU/公共調達改革を発表]
欧州委は9月9日、過去10年で最大の公共調達改革となる、EU全域の公共調達枠組みに関する「公共調達規則案」および、革新的技術の商業化・スケールアップを支援する「欧州イノベーション法案」を発表(いずれも法案段階)。本改革は、巨額の公共調達を欧州の産業基盤強化、イノベーション促進、グリーン・デジタル移行、ならびに経済安全保障の確立に向けた戦略的産業政策ツールとして活用することを目的としている。要注意点は、「欧州域内優遇」が核心であること。公共調達法案では、欧州由来の物品などが入札総額の50%に満たない場合、当該入札を拒否できるほか、最低価格中心だった選定基準を見直し、品質評価を原則30%以上導入することなどが見込まれる。提案された規則案は今後、共同立法機関である欧州議会およびEU理事会での審議・交渉が行われる。
従来の3つの公共調達指令および24の分野別規則を、加盟国に直接適用される単一の規則(約200ページ)へ統合し、調達手続きを集約・削減。防衛を除くすべての分野に適用される。
(2) 欧州イノベーション法案
[英制裁に対しイスラエル反発]
9月8日、英国は、占領下のヨルダン川西岸地区にあるイスラエル入植地で生産された商品の輸入を禁止すると発表した。2025年9月にパレスチナを国家として正式に承認して以降、最も重要な政策転換とされる。ミリバンド英外相は、入植地は国際法上違法だとの立場を改めて示し、イスラエル政府による行動を「民族浄化」と批判した。一方、今回の措置はイスラエル国民やユダヤ人を対象としたものではないと強調し、英国国内で深刻化する反ユダヤ主義にも厳しく対処する姿勢を示した。
英国が発表した措置には、入植地産品の輸入禁止に加え、入植地の建設やインフラ整備、資金調達、不動産提供に関わる企業や個人への制裁、入植地にある不動産の販売を目的とした英国国内での広告禁止、パレスチナ人への暴力を支持・扇動する過激派入植者への制裁が含まれる。また、占領に実質的に寄与する武器などについては、新たな輸出許可を出さない方針も示した。
さらに、英国、フランス、カナダ、スペインなど12か国の外相は共同声明を発表し、入植地との物品取引を規制する国内措置を導入するか、欧州レベルでの規制を支持・検討すると表明した。各国は、入植地の拡大や入植者による暴力が二国家解決の可能性を損なっているとして、イスラエル政府に入植地拡大の停止と、暴力行為に対する責任追及を求めた。特に、イスラエル政府が8月に発表したE1地区での住宅建設計画については、東エルサレムとヨルダン川西岸地区のつながりを断ち、将来のパレスチナ国家を分断する恐れがあると懸念されている。
イスラエルのサアル外相は、英国側の主張を「虚偽の非難」だとして強く反発した。イスラエル政府は対抗措置として、東エルサレムにある英国領事館の閉鎖、ガザ支援拠点からの英国代表団の排除、英国によるパレスチナ自治政府部隊への訓練の中止、英国下院議員12人の入国禁止を発表した。米国は英国主導の貿易制限には加わらないものの、西岸地区における暴力の拡大と情勢の不安定化への懸念は共有しているとされる。入植地産品の貿易額は英国・イスラエル間の貿易全体と比べるとごくわずかであり、直接的な経済効果は限定的とみられる。しかし、二国家解決を維持し国際法を順守するという点で、今回の措置が持つ政治的・外交的な意味は大きい。(国際部 広瀬真司)
[インド/VWとJSWの合弁会社]
9月9日、フォルクスワーゲングループ(VW)は、インド子会社Skoda Auto Volkswagen IndiaがインドJSWグループとの間で合弁会社を設立することに関してMoUを締結したと発表した。JSWが株式の51%を保有する予定。投資規模は10億ユーロ超(約1,000億ルピー)の見込み。合弁会社は、マハラシュトラ州(チャカンおよびチャトラパティ・サンバジーナガル)にあるVWの既存工場(年間生産能力約40万台)を活用し、主にSkodaおよびVWブランドの大衆車(ガソリン車、ハイブリッド車、EV)を生産する予定である。なお、アウディ、ポルシェ、ランボルギーニ、ベントレーなどの高級ブランドは当面除外される見込み。
インドの乗用車市場に関し、年間生産台数は約500万台と世界第3位の市場規模で、2020年度以降は年平均13.4%で成長している(JETRO、2024年度)。市場シェアに関し、マルチスズキが40%、地場企業2社(タタ・モーターズ、マヒンドラ&マヒンドラ)が25%、ヒュンダイが13%を占める。フォルクスワーゲンは2000年にインド市場に参入したが(当時はSkoda)、市場シェアは2~2.5%程度にとどまり、拡大に苦戦している。同社はこれまでもタタ・モーターズ(2017年)やマヒンドラ&マヒンドラ(2024年)との提携を交渉・検討してきたが、技術移転や企業評価額の不一致などにより提携が成功しなかった。VWとしては今回の合意により、JSWグループの資金力やグループで生産される塗料・鋼材などを活用し、成長を続けるインド市場の取り込みを狙っている。加えて将来的には、欧州市場で存在感を増す中国車に対抗すべく、インド・EU間のFTAを活用してインドで生産した完成車を欧州向けに輸出することも目指すとみられる。
JSWは鉄鋼事業を主力ビジネスとしてきたが、中国の上海汽車(SAIC)との合弁(MGインド)により自動車事業を運営している。また、2025年に奇瑞汽車(Chery)との間で2027年に販売する新ブランド向けの技術・部品供給に合意した。他方で2025年には、中国政府がEVに使用されるリチウムイオン電池に必要な正極材の製造技術の輸出を規制したことで、JSWグループの50GWh規模の電池工場設立計画が停滞するなど、世界的な地政学的・地経学的対立の影響が関連事業で顕在化している。また、2026年以降は自動車産業に従事するインド人の中国向けビジネスビザの承認率が低下するなど(Economic Times、2026年)、中国側がインドへの技術移転に躊躇する姿勢が鮮明となっている。JSWとしては欧州ブランドと提携することで、地政学・地経学リスクを回避することを狙っている。
今後両社は、2026年12月までに法的拘束力のある最終合意を締結することを目指している。(国際部 土田慧)
[日本/景気ウォッチャー調査(8月)]
9月8日、内閣府は8月の景気ウォッチャー調査を発表した。3か月前と比較した足元の景気に関する現状判断指数(DI、季節調整値)は46.4で、前月比+0.7ポイント上昇した。2月(48.9)以降、中東情勢を受けて3月(42.2)、4月(40.8)と低下したが、5月(43.6)、6月(44.0)、7月(45.7)、8月(46.4)と4か月連続で持ち直した。景気ウォッチャー調査は経済活動の動向に敏感な業種から選定された2,050人を調査客体とし、調査は毎月25日から月末に実施される。
基調判断は、先月までの「持ち直しの兆しがみられる」から、「持ち直しの動きがみられる」へと上方修正された。一方、先行きについては、「中東情勢による不透明感が残ることに加え、自然災害の影響に対する懸念もみられるが、持ち直しの動きが続くとみられる」とされた。
現状判断指数を構成する3項目は全て上昇した。雇用関連DI(48.8)は+2.7ポイント、企業動向関連DI(48.2)は非製造業等が上昇し+1.6ポイントとなった。家計動向関連DI(45.5)は飲食関連等が低下した一方で住宅関連等が上昇し、+0.1ポイント。
地域別では、前月比で全国12地域中、7地域で上昇、5地域で低下した。
現状判断のプラスの理由としては、「天候にも助けられ、夏休みは国内観光客、特に家族連れが多くにぎわった。今年は県内の各観光地で来客数が多いと聞いている」(甲信越の観光名所)という意見や、「金利のある世界となり、物価高が続いていることもあるが、買い控えよりも先を見越して動いておくといった行動を取る人が増えている」(南関東の住宅販売会社)という意見がみられた。雇用では、「物価高や中東情勢への懸念は残るものの、あらゆる業種や業界で求人意欲が強くなって おり、相談も増えていることを実感している」(東北の人材派遣会社)との声が聞かれた。マイナスの理由としては、物価高による消費者の買い控えの継続や、酷暑、地震、豪雨で外出を控えることによる消費活動の鈍化などが聞かれた。
一方、2〜3か月先の景気の先行きに対する判断指数(DI、季節調整値)は48.3で、前月比+2.5ポイント上昇した。2月の50.0から、3月には38.7まで落ち込んだが、今回そこから比べると約10ポイント持ち直した。
先行きについても、指数を構成する3項目は全て上昇した。企業動向関連DI(49.1)は+3.1ポイント、家計動向関連DI(48.0)は+2.3ポイント、雇用関連DI(48.6)は+2.1ポイント上昇した。
地域別では、前月比で全国12地域すべて上昇した。
先行き判断のプラスの理由として、「お盆や夏場の旅行シーズンは終わったが、行楽シーズンは引き続き続くため、よくなることが見込まれる」(東北のタクシー運転手)との意見や、「商品価格の上昇が一服し、客にも一定の納得感が広がりつつある」(近畿の乗用車販売店)という意見がみられた。マイナスの理由として、秋以降のコメ価格以外の食品値上げによる影響、また、「中東情勢の不透明な状況が続いており、いつまた工事部材等の入手困難な状況が発生するか不透明である」(九州の家電量販店)という点も挙げられた。
継続する物価高、中東情勢の影響、自然災害の懸念はあるものの、景気に対する人々の認識は上向いてきているといえる。地域別では、九州の現状判断DI(+2.2ポイント)・先行き判断DI(+0.8ポイント)はともにプラスであり、熊本地震の影響が指数の下落に大きく表れているということはないが、九州からのコメントでは、九州新幹線が全線開通していない影響が売上に響いているとの飲食店の声も聞かれた。また、観光業では九州ふっこう応援割への期待が聞かれた。九州以外の地域からは、熊本を拠点とする客先への納入停止など、受注見通しの見極めが困難などの懸念の声が聞かれ、サプライチェーン全体での今後の影響に引き続き注意が必要。(経済部 菊井彩乃)
[チリ/銅業界が抱える課題]
チリ政府の銅委員会(Cochilco)が8月に作成し、9月7日にWeb掲載した『精鉱市場と製錬業界 2026年報告書』が興味深い。
チリは銅鉱山生産で世界首位を維持するが、2017~25年の世界の生産増加の7割弱をコンゴ民主共和国(DRC)が占めた。銅精鉱生産でチリは世界最大だが、世界シェアは23%まで低下した。
製錬では南米最大・世界第3位の処理能力を持ちながら、稼働率は6割にとどまり、銅製錬量の世界シェアは1990年の13.3%から2025年には4.2%まで後退した。チリは高品位精鉱や大規模な既存設備、鉱山との近接性などの強みを持つ一方、低稼働率、高コスト、旧来型設備が課題となっている。結果として、国産精鉱の多くが輸出に回り、2025年には精鉱輸出の67%が中国向けとなった。Cochilcoは新増設より、まず既存設備の高稼働化・近代化と競争力向上を優先すべきとしている。
背景には、世界の銅市場で生じている製錬能力と原料供給の構造的な不均衡がある。鉱山側では鉱石品位の低下、プロジェクトの遅延、地質・操業上の問題などが供給を制約する一方、中国やインドネシア、DRCなどでは製錬能力の増設や現地付加価値化政策が進み、第三者が国際市場で購入できる「カスタム精鉱」が減少している。
このため鉱山会社が製錬所に支払う加工賃(TC/RC)は2026年の年間契約でゼロ、スポットでは大幅なマイナスに低下した。つまり、銅価格上昇の恩恵を鉱山側が主に享受する一方、銅精鉱を調達する製錬所は本来受け取る加工賃を得られない、あるいはむしろ持ち出し、といった状況となっている。もっとも、製錬所には金・銀などの回収や硫酸販売による収益もあり、TC/RCのマイナスが直ちに製錬事業全体の赤字を意味するわけではない。
それでも中国やインドなどを中心に、世界の製錬能力は2041年までに銅換算で年間820万トン増加する見通しだ。鉱山供給が2028年頃に回復しても、新規供給の一部は産出国内の製錬所で処理され、カスタム市場の逼迫と低位・不安定なTC/RCが続く可能性がある。
Cochilcoは、製錬事業はTC/RCだけでは採算を確保しにくくなっており、単純な能力増強ではなく、高稼働化・近代化と副産物収益を含めた競争力の確保が重要だと結論付けている。(経済部 鈴木直美)
[中国/対日圧力とDCS国産化]
9月7日、中国商務省は半導体製造に使う日本産の特殊ガス「ジクロロシラン(DCS)」について、ダンピング(不当廉売)があり、中国産業に実質的な損害を与えたと暫定認定した。翌日から、最終決定までの暫定措置として、輸入業者に対し、信越化学工業製は99.2%、デナールシラン製は80.8%などの保証金を税関に納めるよう求めた。調査は、2025年12月8日に中国メーカーの唐山三孚電子材料が正式申請したことを受け、商務部が2026年1月7日から開始していた。
ダンピング調査の申請時期は、高市首相が2025年11月に、台湾有事と「存立危機事態」について国会答弁を行い、中国が強く反発した約1か月後であった。今年1月の調査開始も、中国が対日デュアルユース品の輸出規制を強化した翌日に発表されており、一連の対日圧力の一環との見方が強い。
他方で、DCSは中国が以前から国産化を進めてきた半導体材料でもある。日本製の中国市場シェアは2022年の79.6%から24年には65.6%、25年上期には59.5%まで低下していた。対して、中国のDCS生産量は22~24年に18.6トンから140.2トンへ急増した。しかも日本製の平均価格は24年に1キロ223元と、中国製の87元の2倍以上だった。
中国側の主張は、日本製が中国製より安いというものではなく、日本製の対中価格が22年の323元から24年には223元へ約31%下がり、それを材料に中国の半導体メーカーなどの顧客が中国メーカーにも値下げを迫ったため、国内産業が損害を受けたというものである。三孚電子は顧客との価格交渉記録などを証拠として提出した。一方、中国製DCSは日本製より大幅に安く、供給も急増していた。このため、日本企業側も中国の顧客との価格交渉で、中国製との競争を背景に値下げを求められていた可能性がある。
反ダンピング制度では、こうした価格低下が顧客との通常の価格交渉によるものであっても、輸出国の国内価格と輸出価格との比較など一定の基準に基づいて調査対象となり得る。また、重要なのは、中国メーカーの損害を日本製品の価格低下にどこまで帰せるかである。中国製DCSの生産量は22~24年に18.6トンから140.2トンへ急増し、日本製の市場シェアはむしろ低下していた。今回の措置は、高市政権への圧力と、日本勢がなお過半を占める半導体材料市場で、国産化をさらに進めたい中国側の産業政策上の思惑が重なったものとみることができる。(国際部 前田宏子)
[メキシコ/2027年予算]
メキシコ政府が2027年予算案を提出した。しかし、2026年4月に発表した財政再建計画と比べると、財政赤字の削減ペースを緩めた内容となっている。財務省は、公共部門全体の財政赤字について、2026年のGDP比4.1%から2027年には3.9%へ縮小すると見込んでいる。これは予算編成前に想定されていた3.5%と比較し、財政再建のペースを遅らせることを意味する。また、従来は6.8%の歳出削減を計画していたが、新たな予算案では1.0%の歳出増加へと方針を転換した。政権は政治的な反発が大きい大幅な歳出削減を避け、公共投資や重要な社会福祉プログラムを維持しながら、より長い期間をかけて財政健全化を進める方針に転換した。
一方で、経済成長の見通しは下方修正された。2026年のGDP成長率予測は、4月時点の1.8~2.8%から1.0~2.0%へ引き下げられた。2027年については1.5~2.5%の成長を見込んでおり、市場予想に近い水準となっている。また、今回の予算案では、財政改善を増税ではなく税収の増加によって実現しようとしている。政府は税収がGDP比15.4%だった2026年から、2027年には過去最高となる15.9%へ上昇すると予測している。しかし、この見通しは楽観的との見方が強い。特に2027年は所得税収入が実質7.2%増加することを前提としており、所得税徴収の強化が計画どおり進むかどうかが大きなリスク要因となる。
歳出面では、政府は2027年も公共投資を比較的高い水準で維持する方針を示した。公共投資額は実質3.5%増の約1兆300億ペソとなり、GDP比では2.6%に達する見込み。また、医療、教育、科学技術などの優先分野への予算配分を拡大する計画であり、以前の計画で示唆されていた厳しい投資抑制路線とは異なる内容となっている。
一方、国営石油会社ペメックスについては、2027年に政府の財政負担が一時的に軽減される見通し。債務返済支援のための政府からペメックスへの資金移転は、2026年の2,635億ペソから2027年には811億ペソへ大幅に減少するが、これは主に債務返済スケジュールの変化によるものであり、ペメックスの財務体質が根本的に改善したことを意味するわけではない。
また、利払い費は引き続き大きな負担となる。2027年の利払い費は1兆5,700億ペソと見込まれ、GDPの約4.0%に相当する。これは予想税収のおよそ4分の1に当たる規模であり、財政運営上の重要な制約となっている。さらに、公的債務残高は2027年にGDP比55.0%へ達し、その後も徐々に増加して2031年には56.5%になると予測されている。ペメックス支援の縮小によって短期的な余裕は生まれるものの、債務増加の流れそのものが変わるわけではない。
実際の成長率が想定を下回れば、税収目標や財政赤字目標の達成は難しくなる。政権は成長戦略の柱となる福祉政策や公共投資を削減しにくい状況にあるため、経済成長が低迷した場合、さらなる歳出抑制か追加的な借入れのいずれかを迫られる可能性がある。(国際部 小橋啓)
[ウクライナ検事総長辞任 新たな汚職スキャンダルとゼレンスキー政権への打撃]
ウクライナのルスラン・クラフチェンコ検事総長は9月7日、辞任を表明した。背景には、国家汚職対策局(NABU)と特別汚職対策検察庁(SAPO)が進める大規模捜査「カルタゴ作戦」がある。同捜査では、検事総長府幹部らが詐欺コールセンター網を保護し、見返りとして賄賂を受け取っていた疑惑が浮上している。捜査当局は複数の関係者を拘束し、検事総長府内の有力幹部も容疑者として摘発した。クラフチェンコ本人は関与を否定しているが、自宅改修や海外渡航手配などを巡り、主要容疑者との密接な関係が指摘されている。
今回の事件は、反汚職機関の権限縮小を巡る2025年の政治問題に続き、ゼレンスキー政権の統治能力や反汚職改革への信頼を再び揺るがしている。EU加盟交渉を進めるウクライナにとって、汚職対策は重要な条件であり、検察組織改革と後任人事の透明性が今後の焦点となる。戦時下にもかかわらず、政権中枢周辺で汚職疑惑が相次いでいることは、国内世論のみならず、欧米支援国にとっても懸念材料となる可能性がある。(国際部 ゴロシニコフ アントン)
[米国/EV事情]
米国の自動車市場で、EVシフトに修正の動きが出ている。9月9日付TechCrunchは、自動車サブスクリプション企業Autonomyが、これまでのEV中心の車両構成を見直し、FordのMustang、Ranger、F-150、Bronco Sport、Escape、Explorerなどのガソリン車を追加すると報じた。同社は2022年にTeslaなど17社から2万3,000台のEVを購入する構想を掲げたが、実際の保有台数は1,000台強にとどまり、その後のEV値下げ競争で保有車両の資産価値が大きく低下した。
これは単純な「EVからガソリン車への回帰」と見るより、EV一辺倒だった戦略が現実に直面した捉える方がよさそうだ。米国ではEV販売の伸びが鈍化する一方、ハイブリッド需要が拡大している。全米自動車ディーラー協会によると2026年8月のBEVの新車販売シェアは6%台にとどまり、前年を下回った。2025年9月末に最大7,500ドルの連邦EV購入税額控除が終了したことも逆風となっている。しかし、ガソリン価格の上昇基調に再び転じたことでEVへの関心は再び高まっており、消費者がEVそのものを拒絶している状況ではないようだ。
大きな課題の一つが残価である。2026年に中古EV価格は持ち直しているものの、5年後の平均減価率はなお5割を超え、ガソリン車やハイブリッドより値落ちが大きい傾向が続いている。技術革新やメーカーの新車値下げが速いため、既存EVの中古価格が突然下がるリスクもある。大量の車両を抱えるレンタカーやサブスク事業では、燃料費以上に数年後の売却価格が事業採算を左右するため、EV集中には依然として経営上のリスクがある。
そのため、現在の米国市場で起きているのは「脱EV」ではなく、EV、ハイブリッド、ガソリン車を需要や用途に応じて使い分けるパワートレインの再分散となる。政策支援を前提に急速なEV転換を見込んだ局面から、購入価格、充電環境、残価、燃料価格という消費者と事業者の経済合理性に合わせてペースを調整する段階に入った。Autonomyのガソリン車追加は、その変化を象徴する事例といえる。(経済部 本間隆行)
記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。
レポート・コラム
SCGRランキング
- 2026年10月29日(木)
15:00~17:00、新社会システム総合研究所主催『SSKセミナー』で当社シニアアナリスト 宮之原 正道が講演いたします。会場・オンラインのハイブリッド開催。 - 2026年10月2日(金)
『日本貿易会月報』2026年9・10月号(No.836)に、当社チーフエコノミスト 鈴木 将之が登壇した日本貿易会ゼミナール特別企画について掲載されました。 - 2026年10月1日(木)
一般社団法人 日本経済調査協議会より、当社経済部長 本間 隆行が委員として参画した「第二次地政学委員会」の報告書が公表されました。 - 2026年9月29日(火)
『日本経済新聞』に、当社経済部長 本間 隆行のコメントが掲載されました。 - 2026年9月28日(月)
毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2026年10月6日号に、当社チーフマーケットアナリスト 鈴木 直美が寄稿しました。
