「サウジアラビア/トルコ/パキスタン:「メッカ共同防衛協定」に署名」 中東フラッシュレポート(2026年8月号)

2026年09月24日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2026年9月17日執筆

 

1.サウジアラビア/トルコ/パキスタン:「メッカ共同防衛協定」に署名

 8月7日、サウジアラビア、トルコ、パキスタンの3か国は、サウジアラビアの聖地メッカで「メッカ共同防衛協定(Mecca Joint Defense Agreement)」に署名した。協定の全文は公表されていないが、3か国の共同発表によると、いずれか1か国に対する武力攻撃を3か国すべてに対する攻撃とみなす集団防衛の原則を定めている。トルコのフィダン外相は、この条項を「技術的には北大西洋条約機構(NATO)第5条と同じ」と説明した。もっとも、加盟国への攻撃が直ちに3か国すべての参戦につながるわけではない。フィダン外相によると、被攻撃国が正式に支援を要請したうえで、他の2か国が脅威の性質や規模に応じ、情報共有、兵站支援、必要な場合には部隊派遣などの対応を判断する仕組みとされる。

 

 3か国はそれぞれ異なる強みを持つ。サウジアラビアは経済力と中東・イスラム世界における政治的、宗教的影響力、トルコはNATO加盟国としての軍事経験、大規模な軍と発達した防衛産業、パキスタンは豊富な軍事経験と核戦力を有する。このため、各国の能力を補完的に組み合わせ、単独では得にくい抑止力と防衛産業基盤を構築する狙いがあるとみられる。

 

 協定成立の背景には、イランを巡る戦争や、イエメンのフーシ派によるサウジアラビアの石油施設、輸送網などへの攻撃をはじめとする地域情勢の不安定化がある。サウジアラビアとパキスタンは2025年9月にも、いずれか一方への攻撃を両国への攻撃とみなす「戦略的相互防衛協定」を締結している。今回の協定は、この協力関係にトルコを加え、政治、軍事、防衛産業面で制度化したものとみることができる。

 

 また、相次ぐ地域紛争を受け、米国の安全保障保証がどこまで確実に機能するのかという懸念が、米国の友好国の間で強まっていることも背景にある。もっとも、3か国はいずれも米国との安全保障関係を維持しており、トルコはNATO加盟国でもある。トルコ政府は、この協定が既存の同盟や二国間協定に代わるものではなく、特定国を敵とするものでもないと説明している。一方、イスラエルはインドとの間で防衛装備や軍事技術を巡る協力を長年進め、UAEとも国交正常化後に安全保障協力を拡大している。ただし、これらは今回のような相互防衛義務を明記した協定と同一ではない。中東の安全保障環境は、「米国・イスラエル対イラン」や「湾岸諸国対イラン」といった単純な対立構造だけでは捉えにくくなり、各国が複数の相手との間で重層的な安全保障ネットワークを形成する方向へ進んでいる。

 

 メッカ共同防衛協定は、サウジアラビア、トルコ、パキスタンが、米国との関係を維持しながらも、独自の防衛協力と戦略的自立性を強化しようとする動きを象徴している。ただし、集団防衛条項が実際の危機においてどこまで機能するかは未知数である。フーシ派によるサウジアラビアへの攻撃が続くなか、パキスタンとトルコはサウジへの支持を表明しているものの、大規模な軍事介入には踏み切っていない。また、インドとパキスタンが再び武力衝突した場合、サウジアラビアが協定に基づいてどのような支援を行うかも明確ではない。サウジアラビアはインドとも重要な経済・戦略関係を構築しているためである。

 

 このように、協定の政治的な抑止効果は大きい一方、自動参戦を保証する強固な軍事同盟として機能するかは、今後の協議と実際の危機対応を見極める必要がある。それでも、中東を中心に米国以外の安全保障ネットワークが形成されつつある点には、引き続き注意を払う必要がある。

 

2.イラン/オマーン:ホルムズ海峡の管理を巡る協議

 イランとオマーンは、ホルムズ海峡における船舶の航行ルートと将来の管理枠組みについて協議を続けている。8月上旬には、イランのアラグチ外相が、両国は通航ルートの設定について合意に近づいているとの認識を示した。ただし、海峡の全面的な再開や管理方式を含む最終合意は、現時点で確認されていない。オマーンは当初、湾岸諸国が参加する地域的な管理の枠組みを提案した。これに対し、イランは、多国間による共同管理を拒否し、イランとオマーンがそれぞれの管轄海域を管理すべきだと主張している。さらにイラン側は、ペルシャ湾に入る航路の全体と、湾外へ出る航路の一部を自国の管理下に置くことを要求していると報じられている。

 

 イランはまた、米国がイラン港湾に対する海上封鎖を解除し、イランと周辺地域に対する軍事的圧力を停止しなければ、海峡の再開には応じられないとの立場を示している。ホルムズ海峡の通航制限に伴う原油価格の上昇が米国を含む各国の燃料価格を押し上げていることから、米政権にとって海峡の安全な通航回復は重要な政策課題となっている。

 

 海峡の利用に伴う費用負担も争点の一つである。オマーンが提案した地域管理案では、航行管理、環境保護、捜索・救難などのサービスに必要な費用を賄うため、船会社などから任意の拠出を求める仕組みが想定されていた。一方、イランは海峡を管理する権利と船舶から料金を徴収する権利を主張しており、米国などは、国際水路における強制的な通航料の徴収に反対している。船舶自動識別装置(AIS)などを基にしたKplerの速報値によると、海峡の通航量は戦争前の1日約130隻から大幅に減少している。もっとも、攻撃対象として探知されることを避けるため、AISの発信を停止して航行する船舶もある。このため、AISで確認できる船舶数と実際の通航数が一致しない可能性がある。機雷の除去、安全な航路の設定、保険会社や船会社による安全性の確認にも時間を要することから、海峡の通航が戦争前の水準に戻るまでには数カ月を要するとの見方もある。

 

 海峡再開を巡る米国とイランの交渉では、オマーンが中心的な仲介役を務め、カタールなどの湾岸諸国も外交的な働きかけを行っている。湾岸諸国は、紛争が拡大すれば、自国のエネルギー施設、海水淡水化施設、港湾などが報復攻撃を受ける可能性があるため、米国に対して軍事的圧力だけでなく外交的解決を重視するよう求めている。

 

 一方、イランは、米国による海上封鎖の解除に加え、国外で凍結されているイラン資産の解放、経済制裁の解除、米軍の地域からの撤収、戦争被害への補償なども要求している。これらの条件を巡る米・イラン間の隔たりは大きく、米議会による審査やトランプ大統領の最終判断も、合意形成を左右する要因となる。イランの核問題も解決しておらず、紅海とバーブルマンデブ海峡ではフーシ派による攻撃が激化している。このため、中東情勢が短期的に全面的な安定へ向かう可能性は低い。外交交渉による限定的な緊張緩和と、軍事衝突の再激化が交互に起きる「不安定な休戦状態」が続く可能性が高い。

 

3.サウジアラビア/イエメン:情勢がさらに緊迫

 8月6日、イエメンの親イラン武装組織フーシ派は、国際的に承認されたイエメン政府の支配地域であるマアリブ州とハドラマウト州の軍事拠点を、弾道ミサイルやドローンで攻撃した。政府関係者によると、政府側部隊の兵士少なくとも30人が死亡した。この攻撃は、2022年に国連の仲介で成立した停戦以降で、最も深刻な軍事的エスカレーションの一つとなった。フーシ派は、サウジアラビアの支援を受ける部隊がイエメン東部で軍備を増強していたことへの対抗措置だと主張した。両州はいずれも重要な産油地域である。特にマアリブ州は、フーシ派が支配する首都サナアの東に位置する政府側の主要拠点で、多数の国内避難民が暮らしている。

 

 背景には、サウジアラビアとフーシ派の対立再燃がある。フーシ派は7月20日、サウジアラビアによるイエメン封鎖への報復として、紅海とバーブルマンデブ海峡を通過するサウジ関連船舶などを対象とする「海上封鎖」を宣言した。これは海峡を通航するすべての船舶を一律に封鎖するという意味ではなく、主としてサウジの輸出品を運ぶ船舶を攻撃対象とするとの威嚇である。その後、フーシ派はサウジ国内の石油関連施設や輸送インフラなどへの攻撃を強め、サウジ主導連合軍も船舶の防護措置を講じるとともに、フーシ派に対して武力で対応する方針を示した。サウジ南部に対するフーシ派の攻撃では民間人も負傷しており、緊張はイエメン国内にとどまらず、サウジ領内にも波及している。

 

 イエメン内戦は、フーシ派が2014年に首都サナアを制圧したことを契機に本格化し、すでに12年に及ぶ。2022年に成立した停戦が失効した後も大規模な戦闘はおおむね抑制され、事実上の停戦状態が続いてきた。一方、包括的な和平交渉は停滞している。サウジアラビアは、経済多角化や海外投資の誘致を進めるうえで、紅海沿岸地域の安定を重視している。このため、フーシ派との全面戦争を回避し、外交交渉を通じた沈静化を図りたいとみられる。しかし、衝突が長期化すれば、紅海とバーブルマンデブ海峡の船舶通航やエネルギー輸送に影響が及び、中東全体の経済・安全保障上のリスクが一段と高まる可能性がある。今後のイエメン情勢には、引き続き注意が必要である。

 

4.イラク情勢

  • 8月1日、イラクとトルコは、イラク・トルコ石油パイプライン(キルクークージェイハン・パイプライン)の利用を継続するため、期間1年の協定に署名した。従来の二国間協定は7月27日に失効していた。ホルムズ海峡を巡る混乱が長期化するなか、トルコ経由の原油輸出ルートを確保することは、イラクにとって一段と重要になっている。

  • 8月10日、イランの革命防衛隊(IRGC)コッズ部隊のカーニ司令官がバグダッドを訪問し、イラクの政治・治安当局者やシーア派民兵組織の指揮官らと非公開で会談したと報じられた。イラクのザイディ首相は、武装組織を国家管理下に置く方針を示し、9月30日を武装解除の期限としているが、一部の親イラン組織は依然として武器の引き渡しを拒んでいる。

  • 8月12日、ザイディ首相は、米国主導の対IS(イスラム国)有志連合によるイラクでの任務終了と部隊撤収の期限である9月30日について、「確定しており、最終的なものだ」と述べた。この発言は、クーパー米中央軍(CENTCOM)司令官との会談後になされた。米軍は2011年末にイラクから主要部隊を撤退したが、ISの勢力拡大を受けて2014年に部隊を再派遣した。その後、2025年にはイラク国内の大半の基地から撤収し、部隊を主として北部のクルド自治区に集約していた。IS残存勢力による事件が現在も発生するなか、イラク治安部隊が独力で対テロ戦争を遂行できるかが焦点となっている。

  • 8月17日、イラク北部のクルド自治区で、クルド自治政府(KRG)のバルザニ首相官邸と、KRGの治安・情報機関トップの自宅がドローン攻撃を受けた。人的被害は報告されていない。バルザニ首相は攻撃を「違法かつ容認できない」と非難した。KRG当局はドローンがイラン領内から飛来したと発表した一方、イランのアラグチ外相は、イランとKRGの分断を狙った「偽旗作戦」である可能性を指摘した。

  • 8月下旬、イラン国営メディアは、イランがイラク産原油を積載した一部タンカーにホルムズ海峡の通航を認めたと報じた。イラクの原油輸出量は、7月の日量約135万バレルから8月には同約234万バレルへ急増した。特別通航に加え、大幅な値引きによって買い手が増えたことも輸出回復の要因とみられる。ただし、2月末に始まった米国・イスラエルとイランの軍事衝突前の日量約330万~350万バレル程度を、依然として大きく下回っている。

  • 民間調査会社Focus2Moveによると、2026年上半期のイラクの新車販売台数は5万9,264台で、前年同期比28.6%減少した。ブランド別では、Kiaが市場シェア約28%で首位、トヨタが同約22%で2位となった。なお、これらは公的な自動車登録統計ではなく、同社の市場推計に基づく数値である。

 

5.リビア情勢

  • 8月10日、首都トリポリの西約40キロメートルに位置するザウィヤ製油所のガソリン貯蔵タンクがドローン攻撃を受け、大規模な火災が発生した。同製油所では、8月8日に未処理のナフサの貯蔵タンク、9日には海水淡水化施設の貯水タンクがそれぞれドローン攻撃を受けていた。一連の攻撃による死傷者は報告されていない。

  • 8月20日、国連の支援を受ける「4+4委員会」は、チュニスでの協議を経て、大統領選挙および議会選挙の実施に向けた合意案をまとめたと報じられた。同委員会は、西部の国民統一政府(GNU)、国家高等評議会(HCS)、東部を拠点とする代表議会(HoR)、リビア国民軍(LNA)の4機関から各2人、計8人の代表で構成される。

  • 8月30日、「4+4委員会」の代表者らは、トリポリにある国連リビア支援団(UNSMIL)の施設で、国政選挙の実施に向けた合意文書に正式に署名した。同文書は、統一された行政権および国家機関の下、「24か月を超えない期間」内に議会選挙と大統領選挙を実施するとしている。また、二重国籍者の大統領選挙への立候補を認める一方、当選者には就任宣誓前に外国籍を放棄することを求めている。リビアでは、2021年に国政選挙が予定されていたが、主要候補者の資格や選挙法をめぐる対立により実施されなかった。今回の合意もHoRとHCSによる承認や実施体制の整備を必要としており、選挙の実現にはなお不確実性が残る。

  • リビア国営石油会社(NOC)は、8月の原油生産量が4,330万5,997バレルとなり、7月の4,171万3,000バレルから約3.8%増加したと発表した。日量平均では、7月の134.6万バレルから8月は139.7万バレルへ増加した計算となる。リビアは、原油生産量を現在の日量約140万バレルから、まず同160万バレルへ引き上げ、長期的には同200万バレルを目指す方針を掲げている。

     

    以上

    OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)


<執筆者・アーカイブ>広瀬 真司 
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