インド・中国・ロシアからみたBRICS首脳会合
国際部 チーフアナリスト 前田 宏子
国際部 シニアアナリスト アントン ゴロシニコフ
国際部 アナリスト 土田 慧
政経イベントコラム第5弾
9月12日から13日にかけて、インドのニューデリーにてBRICS首脳会合が実施された。今回会合には、加盟国10か国(インド、中国、ロシア、ブラジル、南アフリカ、イラン、エジプト、エチオピア、UAE、インドネシア)に加えて、会合に参加する権利を持つパートナー国(例:カザフスタン、ボリビア)や今年のASEAN議長国であるフィリピンなどグローバルサウス諸国の首脳らが幅広く参加した。
会合では、国連安保理改革やIMFのクウォータ再編、現地通貨建て取引の拡大に加え、中東情勢や海上交通路の保護等が議論された。また中国の習近平国家主席にとり、7年ぶりのインド訪問の機会となった。
アジア大洋州・インドの視点
国際部 アナリスト 土田 慧
(専門:アジア大洋州)
- 共同声明は玉虫色に留まるも、声明発出自体が相応の成果と言えるか
今回会合にて発出された共同声明は、具体的なイシューに踏み込まない玉虫色の表現にとどまった。例えば中東情勢に関しては、「緊張激化に対し深い懸念」を表明するとともに、「最大限の自制」と「対話と外交」を促すにとどまった。議長国であるインドが、関係の深い米国・イスラエルに配慮したことに加え、紛争当事国であるイラン・UAE双方に配慮した結果と考えられる。また、ロシア・ウクライナ戦争に関する記述は皆無であった。
他方で5月の外相会合ではイラン・UAE間の対立が原因となり共同声明が発出できなかったことを踏まえると、議長国インドにとり、共同声明の内容にかかわらず共同声明を発出できたこと自体が一つの成果であったと考えられる。
また声明では、現地通貨建て貿易の拡大や新開発銀行(NDB)による現地通貨建て融資の積極化も確認されている。いずれも過去会談から議論されてきた事項であり、今回会合において新しい成果があったわけではない。他方で過去には米国がロシアの保有するドル資産を凍結するなど、ドルの基軸通貨としての地位を活かした地経学的手段を行使していることを踏まえると、加盟国にとっては現地通貨建て取引の拡大によりドルの武器化リスクを抑制することが期待できる。
- 印中関係は改善傾向も、インドは中国による地経学的手段の行使を警戒
今回の二国間会談で特に注目されたのが、モディ首相と習近平国家主席との間で実施された印中首脳会談だ。両国は2020年にインド北部のラダック連邦直轄地のガルワン渓谷にて両軍が衝突した後に関係が悪化していたが、2024年以降は関係が改善傾向にある。今年8月にはドヴァル国家安全保障顧問と王毅外相が会談を実施し、紛争防止のために実効支配線における境界画定作業を進めることを確認した。
今回の会談では、習近平国家主席が7年ぶりに訪印した。会談後に中国政府外交部が発出した声明では、インドと中国は国境地域の平和・安定確保や経済・貿易関係の発展を促進すべきとしている。なお各種事前報道では、本会談を機に中国からの投資受入拡大に向けた枠組みが創設されるとの観測もあったが(The Economic Times、2026年8月27日付記事)、声明にはそのような内容は盛り込まれなかった。
なおモディ首相は、今回会合にて「技術や重要鉱物の『武器化』を目指すべきではない」と発言している。国名を名指ししなかったものの、半導体製造装置の輸出規制を実施する米国に加え、中国も遠回しながら牽制しているとも考えられる。昨年来、中国政府はレアアースやリチウムイオン電池用正極材の製造技術の輸出規制を実施している。また二国間では、今年以降はインド人向けビジネスビザの発給を大幅に制限するなど(NDTV、2026年8月20日付記事)、中国からインドへの製造業分野における技術移転を抑制するとも受け取れる動きが目立つ。インド政府としては、中国政府との関係は改善させつつも、中国政府による地経学的な手段の行使に対しては牽制したい狙いがあるとみられる。
中国の視点
国際部 チーフアナリスト 前田 宏子
(専門:中国、東アジア)
- 米中首脳会談を見据えた外交攻勢
9月12~13日、中国の習近平国家主席は、インド・ニューデリーで開催されたBRICS首脳会合に出席した。トップに就任した当初は精力的に各国を訪問していた習氏だが、コロナ禍以降は外遊先を厳選する傾向が強まっていた。
しかし、この半月ほどは、8月末にキルギスで開催された上海協力機構(SCO)首脳会合に出席したのに続き、エジプト訪問、今回のインド訪問と、短期間に積極的な外交を展開している。さらに、9月24日にはワシントンでトランプ米国大統領との首脳会談も予定される。中国が新興国・途上国から幅広い支持を得ていると内外に示し、国際社会での存在感を高めるとともに、米国との交渉に向けて、より有利な立場で臨みたいとの意図がうかがえる。
- 具体的成果より存在感、中国はAI協力構想を打ち出す
8月末のSCO首脳会合と同様、今回のBRICS首脳会合でも、国際秩序の多極化や新興国・途上国の発言権拡大など、従来の主張が繰り返されたが、新たな大型共同事業や決済制度の創設といった目玉となる成果は乏しく、新規加盟国の発表もなかった。ただし、トランプ政権の関税・制裁政策などを背景に、BRICSなどの枠組みへの参加を通じ、米国への依存に伴うリスクを分散しようとする新興国・途上国の動きは強まっている。中国にとっては、BRICSの具体的な成果以上に、こうした国際的な趨勢を背景として、自国の外交的影響力の拡大を示すことに意義がある。
習氏はBRICS首脳会合で、AI、貿易・投資円滑化、デジタル産業、スマート製造、科学技術人材育成の5分野で協力構想を提案した。特にAIでは、中国がBRICSのオープンソース共同体の構築を主導し、大規模言語モデルの開発・応用や人材育成を支援する方針を表明したほか、AIを活用した新型工業化の推進も提唱した。米国が先端半導体などの対中輸出規制を続けるなか、中国にはBRICSを通じて自国のAI技術の普及を進め、米国に依存しない技術協力の枠組みを広げる狙いがあるとみられる。ただし、これらの構想に関する資金規模や参加国、実施日程などの具体的な内容は乏しかった。来年(2027年)は、中国がBRICS議長国となり首脳会合を開催する予定であり、ホスト国として、今回の構想をどこまで具体化できるかが焦点となる。
- 中印関係改善を演出するも、相互不信はなお残存
今回、特に注目されたのは習氏とインドのモディ首相の会談である。2020年のヒマラヤ国境での軍事衝突以降、冷え込んでいた中印関係は、2024年から徐々に緊張緩和へと動き出した。2025年にはモディ氏が約7年ぶりに訪中し、天津でのSCO首脳会合に出席した。今回はこれに続き、習氏が約7年ぶりに訪印した。中国側には、両国関係が安定化に向かっているとの印象を国内外に示し、インドとの協調を通じてBRICSの影響力拡大を図る意図がうかがえる。
もっとも、両国間の不信感が払拭されたわけではない。習氏は会談で中印関係に関する「4つの見解」を示したが、最初に挙げたのは「客観的かつ理性的な戦略的認識をもって方向性を定める」ことであり、「中印両国はパートナーであり、対立相手ではない。互いに発展の機会であり、脅威ではない」という文言が続いた。関係改善を呼びかける一方、インドの対中認識には修正が必要だとする中国側の問題意識を反映している。こうした表現は、中国外交において、摩擦を抱える相手国に対して用いられることが多く、戦略的な相互不信の解消を意味するものではない。両国間には、国境問題や貿易不均衡、中国企業のインド市場へのアクセスなど、依然として懸案が残っている。
中国にとって今回の会議は、BRICSの制度的統合を大きく前進させるというより、米国の政策に不安を抱く新興国・途上国との関係を強化し、2027年の自国開催、さらには目前の米中首脳会談に向けて、外交的な存在感を示す機会であったといえる。
ロシアの視点
国際部 シニアアナリスト アントン ゴロシニコフ
(専門:ロシア、CIS)
- ロシア非難の回避と「制裁耐性」強化を成果として評価
ロシアの視点からみると、今回のニューデリーBRICSサミットの最大の成果は、ウクライナ問題を巡るロシア批判を共同声明に盛り込ませず、BRICSを対露非難の場となることを回避した点にある。同時に、共同声明では一方的制裁や関税・非関税障壁への懸念、多極的国際秩序やグローバルサウスの発言力強化が示され、ロシアが従来主張してきた方向性と整合的な内容となった。
また、プーチン大統領がインド、中国、イランなど非西側主要国の首脳と同席し、BRICSの枠内で議論を主導したことは、ロシアが西側による孤立化圧力の下でも、グローバルサウスにおける主要プレーヤーであり続けていることを内外に示す機会となった。ロシアにとって、サミットはウクライナ問題で明示的な支持を獲得する場というよりも、非西側諸国との協調を通じて外交的孤立を回避していることを可視化する場であった。
経済面では、BRICS独自の決済・証券決済インフラ、再保険メカニズム、穀物取引所、新投資プラットフォームといったロシア提案が改めて打ち出された。これらは、SWIFTや西側保険・金融市場への依存を低下させ、制裁下でも貿易・投資・物流を継続するための「非西側経済インフラ」構築を目指すものと位置付けられる。
- BRICS穀物取引所構想が具体化、来年をめどに実現を目指す
特に穀物取引所構想については、今回のサミットでより具体的に前進した。ロシアは、BRICS域内で穀物取引や価格形成の独自枠組みを整備することで、シカゴなど西側主導の商品市場への依存を下げる狙いを持つ。BRICS諸国も、食料安全保障や農産物貿易の安定化という観点から構想を共有し、来年をめどに実現を目指す方向で調整を進めている。ロシアにとって同構想は、主要穀物輸出国としての影響力をBRICS内で制度化する手段でもある。制裁下でも輸出・決済・保険を一体で支える仕組みとなれば、ロシア産穀物の国際競争力維持にも資する可能性がある。
総じて、ロシアにとって今回のサミットは、米欧に対抗するための政治的宣伝効果に加え、決済・保険・穀物取引・投資の各分野で西側主導システムへの依存低減をBRICS共通の課題として位置付ける成果があった。
以上
<政経イベントコラム・バックナンバー>
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