2025年10月1日 (水)
[中国/米国]
9月28日、中国国務院は李強首相の署名により「中国国際海運条例」を改正し、即日施行した。中国の経済誌『財新』によれば、この改正の目的は、米国が中国の海事業界に対して10月14日から発動する追加費用措置への対抗策を準備することにあるという。
今回の改正では5項目が修正されたが、なかでも注目されるのは第46条の改正で、国際海運条約や協定に違反し、中国の利益を損なう国や地域に対して、中国政府が是正を要求し、必要に応じて義務の停止や終了を行えることが明記された。さらに、外国が中国の国際海運関連事業者、船舶、船員に対して差別的な禁止措置や制限を行った場合には、中国が対抗措置を講じることができると規定している。具体的には、相手国の船舶に対する特別料金の徴収、中国港湾への出入りの制限、中国国際海上運輸関連情報の取得禁止、そして中国港湾を拠点とする国際海上運輸およびその補助業務の経営制限などが含まれる。
2025年4月、米国通商代表部(USTR)は、中国の海事、物流、造船分野における不公正な貿易慣行に対抗するためとして、通商法301条に基づく措置として、中国で建造された船舶が米国港湾に入港する際に追加料金を課すこと、また米国港湾での荷役に対しても追加料金を課すことを発表した。
この措置により、中国製船舶を利用する非中国資本の船主には、航海ごとに純トン数あたり18米ドル(TEUあたり120米ドル相当)が課徴され、以後毎年段階的に引き上げられ、最終的には純トン数あたり33米ドル(約250米ドル/TEU)になる。一方、中国資本の船主(香港・マカオを含む)に対しては、より高額な課徴金が設定されており、航海ごとに純トン数あたり50米ドル(約350米ドル/TEU)が徴収され、最終的には純トン数あたり140米ドル(約980米ドル/TEU)に増額される。
業界では、もっとも大きな影響を受けるのは中国遠洋海運(COSCO)だと見られている。HSBCの試算によれば、COSCOが2026年に米国へ支払うUSTR関連費用は約15億ドルに達し、これは同社の年間予想収益の5.3%に相当し、収益を大きく圧迫する見込みである。
COSCOは9月16日、顧客向けに通知書を発行し、USTRによる費用が会社運営に一定の課題をもたらす可能性があるものの、米中航路に安定した輸送力を投入し、サービス品質の維持を堅持する方針を伝えた。『財新』によれば、COSCO関係者は同誌の取材に対し、米国航路から撤退する意向はなく、同航路での市場シェアを維持し、USTRによる費用を顧客に転嫁しない方針であると述べたという。
中国政府は、米国の措置が2003年の米中海運協定(第6条:第三国と同等の扱いを保証)に違反していると主張しており、今回の条例改正は対抗措置の法的根拠を整備するものとなっている。現在、米国籍船舶の世界シェアは1%未満に過ぎないが、米国船主で最大規模のMatson Lineは、米中航路、特に越境EC向けの高速サービスにおいて高い収益を上げており、中国の対抗措置の対象となる可能性がある。
[モロッコ]
北アフリカのモロッコで、教育・医療改革を求める抗議デモが拡大している。9月27日以降、国内少なくとも11都市で数百人の若者が4日連続でデモを実施し、30日には一部が暴力的なものに発展して警官隊と衝突した。過去4日間で200人以上が逮捕されたとのことだが、その多くはすでに釈放されたとされる。
今回のデモには明確な指導者はおらず、Z世代を中心とする匿名のオンライン・グループ「GenZ212」や「Moroccan Youth Voice」が呼びかけ役となった。呼びかけはTikTokやインスタグラム、ゲームアプリのDiscordなどを通じて拡散され、参加者は教育や医療の改革、汚職との闘いを訴えつつ、祖国への愛を示している。街頭に集まった若者たちは、教育制度の改革や医療サービス改善を求めて政府を批判した。
一方、モロッコ政府は12月に開催されるサッカー・アフリカ杯や、2030年にスペイン・ポルトガルと共催するサッカー・ワールドカップに向け、数十億ドルを投じて3つの新スタジアム建設や複数の既存スタジアムの改修を進めている。こうした中、アガディールの公立病院で8人の妊婦が出産中に死亡する事件が発生し、国民の不満が爆発した。モロッコ統計局によれば、若年層の失業率は35%を超えており、社会的不平等に対する不満が若者世代を中心に高まっている。
[日本/短観]
日本銀行「短観」(2025年9月調査)によると、大企業製造業の業況判断指数(DI、「良い」と「悪い」の回答割合の差)は+14となり、前回6月調査(+13)から小幅に改善した。改善は2四半期連続であり、前回時点の先行き(+12)を上回った。また、大企業非製造業は+34で前回から横ばいにとどまったものの、前回見通し(+27)を上回った。日本経済全体の相当する全規模全産業の業況判断指数は+15で前回から横ばいであり、前回先行きの(+9)を上回っており、関税の悪影響が懸念されたものの、足元の景況感は底堅く推移しているようだ。
先行きについて、大企業製造業は+12、大企業非製造業は+28でそれぞれ低下する見通しになっている。全規模全産業は+10であり、これも足元から低下すると予想されている。
大企業製造業の内訳を見ると、鉄鋼が▲14(前回▲3)から大幅に低下した。また、石油・石炭製品はゼロ(同+9)、木材・木製品は▲8(同ゼロ)へ低下した。一方で、自動車は+10(同+8)へ小幅に上昇、はん用機械も27(同+23)へ上昇した。素材業種が+12で前回から横ばいにとどまったのに対して、加工業種は+15(同+13)へやや上昇した。
大企業非製造業では、通信が+28(同38)へ、宿泊・飲食サービスが+26(同+45)へ低下した。非製造業では、元の水準自体が高いこともあり、低下しやすいこともある。 なお、全規模全産業の2025年度の想定為替レートは1ドル=145円68銭と、前回調査からやや円高・ドル安方向にシフトした。
[鉄鉱石/中国/オーストラリア]
ブルームバーグの報道によると、中国鉱産資源集団(CMRG)は国内主要鉄鋼メーカー・貿易業者に対し、オーストラリアのBHP Groupからの米ドル建ての鉄鉱石の船荷について、購入をすべて一時停止するよう指示した。これは、鉄鉱石供給を巡るBHPとの複数回の交渉が暗礁に乗り上げたのを受けたもの。取引可能なBHPの鉄鉱石は、中国に到着済みで人民元建てで取引されるものに限られるという。9月19日には、CMRGがBHPの主力鉄鉱石ブランド「Jimblebar Blend Fines」の買い付け停止を指示したと報じられていたが、同製品については中国の港での引き取りや、人民元建てスポット市場での購入停止も指示したという。
中国情報ソースMysteelはそのような指示は出ていないと否定している。
中国政府があらゆる原材料市場において影響力を強めようとする中、国有企業CMRGは2022年7月、中国の鉄鋼メーカーの鉄鉱石調達を一元化し、価格競争力を強化する目的で設立された。2021年に鉄鉱石価格は高騰したが、2022年以降に価格が比較的安定しているのは、CMRGが備蓄も利用して価格変動を抑制していることなども一因。CMRGは個々の鉄鋼メーカーの商業運営に対する権限は持たないが、CMRGの政治的影響力と政府への報告ラインがあるため、勧告は事実上拘束力を持つとされる。中国では鉄鋼需要がピークを迎え、中国企業も出資するギニアSimandou鉄鉱山の新規稼働が近づく中で、西側の鉄鉱石大手に対する価格交渉力を強めようとしており、BHPの鉄鉱石をボイコットすることで交渉上のレバレッジを効かせようとしたものとみられる。
オーストラリアのRio Tintoはギニアで中国企業とパートナー関係にあり、BHPが標的にされたとの見方もある。
この事態は、中国が国慶節休暇入りするタイミングで浮上した。オーストラリアのアルバニージー首相はBHPに対し、この紛争の迅速な解決を求めた。鉄鉱石はオーストラリアの総輸出の21%を占めており、中国は世界最大の輸入国。輸出が減少すれば、政府歳入にも影響する。中国がBHPの鉄鉱石をボイコットし続けることは現実的ではないため、交渉戦術に過ぎないとはみられるが、動向が注目される。
[フランス/モザンビーク]
9月29日、仏・資源大手・トタル・エナジーズはニューヨークで投資家説明会を開催し、同社が26.5%の権益を有するモザンビーク北部の液化天然ガス(LNG)プロジェクトについて2029年に生産を開始するとの見通しを示した。総事業費約200億ドル、年間生産量1,300万トンの陸上精製施設を伴う同プロジェクトは、2019年に最終投資決定(FID)が下され、工事全体の40%まで進捗していた。しかし、イスラム系過激派組織によるプロジェクトサイトへの襲撃を受け、トタル社は2021年4月に「不可抗力」を宣言。以降、工事の中断が続いている。しかし、現地の治安状況に一定の改善がみられたことを受け、同社は4月にも「2025年半ばまで」に不可抗力宣言を解除するとの発言を行っていた。今回の投資説明会においてパトリック・プヤンヌCEOは「(再開の)準備は整っている。実際に現地で(工事関係者の)再動員を行っている」と述べていることから、近々に不可抗力が解除されるのではとの観測が広がっている。
大型LNG生産プロジェクトの再開はモザンビーク経済にとって「頼みの綱」だ。政府は中長期的な治安維持の確保に向け、2021年以降、北部のカーボ・デルガド州にルワンダ軍を派遣しているルワンダ政府と安全保障協定を締結するなど、でき得る限りの対応を取っている。
しかし、2024年10月の総選挙後の野党支持者らによる大規模な抗議活動により、経済の低迷は深刻だ。9月11日に国家統計院(INE)は2025年第2四半期の実質GDP成長率は三期連続のマイナス成長となる▲0.94%と発表した。9月28日、モザンビーク中央銀行は景気後退を受け、景気刺激策として政策金利を10.25%から9.75%に引き下げた。これは同国の政策金利の過去最低水準にあたる。
さらに、モザンビークはLNG収入の遅れ(注)や選挙後の混乱により、財政状況も悪化している。国際通貨基金(IMF)による財政支援再開も遅れている中、迫りくる対外債務の元本・利子返済のために、金利の高い国内の金融市場から借り入れによる「つなぎ返済」を行っている状況。2024年度の財政赤字は対GDP比4.9%と、2023年度の同2.1%から拡大している。8月に大手格付け会社フィッチ・ソリューションズは「デフォルト級」の格下げは見送ったものの、国内債務の返済が延滞していることや、公的債務が対GDP比で、90%台で推移するとの見通しのもと、長期外貨建て発行体格付けを最低ランクの「CCC」で据え置いた。
トタル社が率いる「モザンビークLNGプロジェクト」の近隣では、米・資源大手・エクソンが率いる「ロブマLNGプロジェクト」も計画されている。同プロジェクトは総事業費300億ドル、年間生産量1,800万トンの想定。エクソン社は2025年末までにFIDを行うとしていたが、現地の治安状況を考慮し、2026年に遅らせると発表している。9月30日の英・FT紙の報道によると、同社CEOはモザンビークのダニエル・チャポ大統領に対して、プロジェクトサイトの安全保障の確約を求めたと報じていることはFIDに向けた動きとみられる。しかし、仮にFIDが2026年に実施されたとしても生産・輸出開始は2030年以降になる見込み。したがって、モザンビーク経済は本格的なLNG収入が国庫に流入する2029年までは厳しい状況が続くと予測される。
(注)モザンビーク政府は「モザンビーク LNGプロジェクト」と「ロブマ LNGプロジェクト」の株式の10~15%を保有しているため、事業収益からの配当が期待できる。また天然ガスの輸出収入の一部はモザンビーク政府が保有する「ソブリンウェルスファンド(WSF)」口座に振り込まれることが法律上定められている。
[ロシア]
9月30日、ロシアがウクライナの東・南部4州一部の地域を一方的に併合してから3年となった。プーチン大統領はこの日、国民向けにビデオ演説を行い、「困難な戦闘任務に日々取り組む兵士や将校に感謝する。われわれの計画はすべて実現する」と述べ、4州全域の制圧に取り組む姿勢を強調した。ロシアは9月30日を「再統合の日」と定めている。プーチン氏は演説で、軍は正義の戦いを続けていると主張した。また、解放地域の復興に向け、住宅や学校、医療施設などのインフラ整備を進めていると訴えた。政府は現在、同地域の復興に巨額な資金を投じて、自国領としてその開発を進めている。政府の発表では、同地には約320万人が住んでいると発表している。
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