2025年10月21日 (火)
[中国]
10月17日、中国共産党は中央軍事委員会副主席の何衛東および政治工作部主任の苗華を筆頭に、計9人の高級将官に対し党籍剥奪処分を下し、軍事検察機関に移送して審査を行うと発表した。翌日付の『解放軍報』は、9人の将官について「党への忠誠を裏切り、軍の政治生態に深刻な損害を与えた」と厳しく非難し、彼らの行為を「信念の崩壊」「忠誠心の失墜」と断じた上で、「党が軍を指揮する原則および軍事委員会主席責任制を深刻に損なった」と批判した。
これは単なる汚職摘発ではなく、習近平国家主席が人民解放軍を完全に自身の指揮下に置くための粛清であると推測される。米ジェームスタウン財団のレポートによれば、今回の粛清対象の多くは福建省を基盤とする旧第31集団軍(現第73集団軍)出身であり、何衛東と苗華を中心に、長年にわたり昇進・任用を通じて形成された”東部戦区人脈”に属していたとされる。彼らは政治工作部を通じて軍内の人事評価や昇進を事実上掌握し、習近平の意向よりも相互の私的信頼関係と昇進互助を優先していたことが問題視されたとみられる。
国防省の声明が指摘する「重大な職務犯罪」とは、単なる収賄にとどまらず、昇進操作、職位売買、派閥的選抜といった構造的腐敗を意味する。習近平氏が最も警戒しているのは、軍が党中央ではなく、個人ネットワークを通じて忠誠を形成する構造である。
習近平氏にとって、人民解放軍の統制は「腐敗との戦い」以上に「忠誠の管理」である。2012年以降、郭伯雄・徐才厚という大物将軍の粛清に始まり、2023年には装備発展部の整理が行われた。そして今回の人事系統に対する粛清は、軍内に残存する思想的・人事的な独立性を排除することを目的としている。一連の粛清は、習近平氏の権力が不安定化している兆候というよりも、人民解放軍の組織的自律性を封じ、忠誠の回路を中央軍事委員会主席、すなわち習近平個人に直接つなげるための体制変革と見るべきであろう。
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