2025年10月9日 (木)
[ブラジル]
10月6日、ブラジルのルーラ大統領とアメリカのトランプ大統領は、電話会議を通じて二国間関係や今後の対面会談の可能性について協議した。対面会談は、10月26日に開催予定のASEAN首脳会議の場、もしくはワシントンで行われる可能性が高いとされている。また、ルーラ大統領は、2025年にブラジルで開催される国連気候変動枠組条約締約国会議(COP30)へのトランプ大統領の参加を招請した。
両首脳は、経済問題に焦点を絞った前向きな会話を行ったと発表しており、ブラジルのジャイル・ボルソナロ前大統領に対する有罪判決など、政治的に敏感な話題には意図的に触れなかった。これは、ブラジル政府が潜在的な緊張を避けるために配慮した結果である。
ブラジルは、米国との貿易赤字を強調することで、商業面で有利な立場を築ける可能性がある。トランプ大統領がルーラ大統領との対話に前向きであることは、国連総会での会談と同様に、交渉の扉が開かれていることを示す。ただし、現行の関税は維持されるとの見方が強く、限定的な譲歩にとどまると考えられている。トランプ大統領がマルコ・ルビオ国務長官を交渉の責任者に指名したが、ルビオ国務長官は、他のトランプ政権の人物と比べてブラジルに対して攻撃的な姿勢を取っていない一方で、ラテンアメリカの左派政権には厳しい姿勢を取っている。加えて、国務省はさらなる制裁の導入を推進しており、ソーシャルメディア規制などの議論を交渉に含める可能性もある。
ブラジルは、米国への貿易依存度が比較的低いため、大きな譲歩を行う可能性は低い。例えば、エタノールに対する関税の引き下げは、比較的容易に実現可能な成果とされている。理論上、ブラジルは重要鉱物や安全保障分野で協力可能だが、ルーラ政権は米国製品への投資や購入に関する包括的な提案を準備している兆候は見られない。加えて、ブラジルの民間部門において、重要鉱物の探査を積極的に推進する動きもみられていない。さらに、米国が他国に優先権を与えるような取り決めは、ブラジルの現行法制度下では実現が困難となっている。ソーシャルメディア規制に関しては、ルーラ政権が厳格な法案の推進を控える可能性はあるものの、連邦最高裁判所がすでに導入している規制を撤回する可能性は低いと見られている。
[インド]
2025年、世界の茶市場では需要拡大と供給制約が同時に進行している。日本の抹茶ブームをはじめ、健康志向や自然食品への関心の高まりにより、世界的に茶の消費量が増加している一方、主要産地では気候変動による生産不安が強まっている。
インド北東部アッサム州はインドの茶生産の半分ほどを担っているとされている。しかし、今年のモンスーン期の降雨量は平年を大きく下回り、6月から7月にかけての降雨量は433.7ミリにとどまった。これは通常の752.2ミリに比べて約42%少ない。インド気象局(IMD)によれば、アッサム州の降水量は平年比で約37%も低下している。こうした乾燥傾向と高温が続いたことで、茶の新芽の成長が鈍化し、害虫発生リスクも高まっている。
気象の悪条件が重なり、インドの茶生産量は前年に比べて減少傾向を示しており、輸出市場では価格上昇が見られる。輸出単価は2023~24年度(年度は4月から3月)で1キログラムあたり3.10米ドル、2024~25年度はこれまでのところ3.36米ドルへ上昇している。インド国内通貨ベースでも、1キログラムあたり約291ルピーと報告されており、前年の258.3ルピーより明確に上昇している。
インドの主要な輸出先はUAE(アラブ首長国連邦)、英国、米国、ロシアなどであるが、なかでもUAE向けが突出して多い。これは、UAEが単なる消費国ではなく、中東・アフリカ・欧州へ向けた再輸出ハブとして機能しているためだ。ドバイには「Dubai Tea Trading Centre」を中心に、茶葉の保管・ブレンド・再包装施設が集まっており、インド、ケニア、スリランカなど複数国の茶葉がここを経由して再輸出されている。
総じて、2025年の世界茶市場は「需要増大と供給制約」という構図のもとで、インドをはじめとする主要生産国の天候リスクが価格上昇を後押ししている。今後も需要が堅調に推移し、天候不順が続くようなら、茶の供給安定性と価格変動リスクは一層高まる。
[米国]
連邦準備理事会(FRB)は8日、連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨(9/16~17開催分)を公表した。米国経済の現状について、2025年上半期に物価上昇率はやや拡大し高止まり、経済活動は軟化していること、失業率は低水準を維持しているものの、やや上昇しており、雇用創出も減速していることを踏まえて、大半の参加者は0.25%利下げを支持した。また、この判断は、リスクバランスの変化を反映したものだと述べた。
大半の参加者は、政策金利をより中立水準に引き下げることを適切と判断した。雇用の下振れリスクが高まり、物価の上振れリスクがなくなった、または高まっていないと評価したため。また、2~3人の参加者は、政策金利を据え置くメリットがあるとして、「その支持もありえた」と述べた。物価上昇率が適時に目標に戻らないならば、長期の期待インフレ率が高まりかねないという懸念を、足元で拡大する物価指標が示すにつれて、2%目標に向けた進展は停止したと指摘した。なお、一部の参加者は、複数の指標を踏まえると、金融政策が引き締め的ではない可能性がある」と指摘していた。
先行きについて、大半の参加者が、今後の経済活動の進展に適時に反応する上で、委員会は良い位置にあると判断した。また、金融政策はあらかじめ決められた経路を通るものではないこと、入手するデータや進展する見通し、リスクバランスの広い視点からの情報によることを改めて確認した。その上で、参加者の大半は年内にさらに緩和することが適切である可能性が高いと判断した。
さらにリスクバランスについて、二大責務の達成に向けて、物価と雇用の目標からの乖離(かいり)幅と、目標整合的な水準に戻ると予想される時期の相違を考慮して、リスクバランスアプローチをとる重要性を強調した。
[ケニア]
10月7日、ケニア中銀(CBK)は金融政策員会(MPC)を開催し、政策金利を25bps引き下げ、9.25%とすると発表した。利下げは8会合連続となった。
中銀は、直近9月の消費者物価上昇率は前年同月比で4.6%と中銀のインフレ目標値である5±2%の中間値以下にあると説明。世界的なエネルギー価格の安定(2023年のケニアの輸入の25%が石油・原油)と通貨シリングの安定により、今後もインフレ率は目標値範囲の下位で推移することを利下げの主な理由とした。
また、中銀はケニア経済については、2025年第2四半期の実質GDP成長率は5.0%と、前年同期の4.6%を上回っており、主要産業である農業の安定成長のほか、運輸・倉庫業、通信業、金融・保険業などの成長が経済をけん引していると説明。慢性的な貿易赤字構造により経常赤字は続いているが、観光業による外貨収入と在外ケニア人からの海外送金の増加により所得収支が拡大していることから、2025年の経常赤字は対GDP比で1.7%と予測。経常赤字は金融収支の拡大により賄われ、国際収支は黒字となり、2025年は6億7,000万ドルの外貨準備高がさらに積みあがるとの見込みを示した。2026年には中銀の外貨高は輸入の4.7か月分をカバーする107億ドルに増加すると予想され、外的ショックを十分に吸収できる余地があるとの見解を示している。
中銀は十分な外貨保有と国際収支の健全性を強調する一方で、ケニア政府が保証する公的債務は6月時点で対GDP比70%近くに達しており、政府は迫りくる債務元本・利息の返済と資金調達を急いでいる。そのような中、10月7日、ジョン・ムバディ財相は、利息コストの削減と債務負担軽減を目的とし、中国からのドル建て融資約35億ドル分を人民元建てに転換したと発表した。中国のアフリカ向けソブリン債としては初の試みだと報じられている。対象となるのはナイロビ~モンバサ間標準軌鉄道整備を含む中国輸出入銀行からの3件の実行済み融資で、この転換により約2億1,500万ドル分の節減が見込まれるとのこと。ドル建て融資よりも利率の低い金利が適用されるとみられるが、元建てでの新たな金利や返済条件の詳細は明らかになっていない。
一方で、ケニア政府は3月に国際通貨基金(IMF)による財政支援が予定より前倒しで打ち切られたものの、新規プログラムの開始にも意欲を示している。10月8日に中銀のカマウ・トゥゲ総裁は、IMFとの交渉のために来週ワシントンに交渉団を派遣する予定だと述べている。IMFは融資の条件として主にケニア政府に対して歳入(税収)の拡大を求めてきたが、2024年には増税に対する大規模な抗議デモがあっただけに、ケニア政府の腰は重い。2027年の大統領選を控えた2026年はさらに歳出が増加し、財政赤字はさらに拡大するとの見方が多い。
[欧州]
欧州連合(EU)は、鉄鋼輸入に対する割当の削減と関税の引き上げを通じて、安価な中国製鉄鋼の流入に対処する方針を打ち出した。これは、すでに同様の措置を講じている米国やカナダの取り組みに歩調を合わせる形となっており、EUは無税で輸入できる鉄鋼の割当量を半減させ、割当外の関税率を従来の25%から50%に引き上げる提案を発表した。これは、英国を含む近隣諸国に対する輸入制限強化の一環であり、EUと英国の緊張を再燃させる可能性がある。新たな規制には期限が設けられず、恒久的な制度となる可能性がある。
EUの鉄鋼部門は、2024年に1万8,000人の人員削減を発表しており、2008年以降、累計で9万人の雇用が失われている。さらに、30万人の直接雇用と230万人の間接雇用が危機にさらされていると、業界団体は指摘している。鉄鋼は、電気自動車や風力タービンなど、EUが推進する再生可能エネルギー技術の基盤素材であり、戦略的にも重要な資源である。EUが昨年輸入した鉄鋼は2,800万トンに達し、EU域内で販売された鉄鋼の約4分の1を占めている。
またこの措置は、EUが中国製鉄鋼の「迂回路」とならないようにとの米国からの指摘を受けたものでもあり、米国との間で低関税割当の獲得に向けた動きでもある。
この輸入量の削減は、鉄鋼市場に大きな影響を与えると見られており、EU加盟国の間でも賛否が分かれている。フランスを含む11カ国がこの措置を支持しているが、ほかの国々はインフレの加速や製造業への悪影響を懸念している。また、自動車メーカーを含む一部のEU加盟国や業界団体は、安価な輸入品の制限が鉄鋼価格の上昇を招き、製造業の競争力を損なう可能性があるとの懸念も聞こえる。
この発表に対し、英国政府は、国内の鉄鋼業界を「不当な行為」から守ると表明した。 英国のクリス・マクドナルド産業大臣は、EUが関税計画を強行した場合には報復措置を取る可能性を示唆した。また、英国政府は鉄鋼生産者を守るため、より強力な貿易措置の導入を検討している。英国のキーア・スターマー首相も、鉄鋼関税問題についてEUおよび米国と協議中であることを明らかにした。英国の鉄鋼輸出の約80%はEU向けであり、米国がトランプ政権下で課した25%の関税よりも、EUの新たな関税が業界に与える影響は大きいとされる。
[米国/イスラエル/パレスチナ]
10月8日、トランプ大統領は自身のSNS上で「イスラエルとハマスが和平計画の第一段階に合意した」と発表した。
同日にエジプトで行われた交渉には、イスラエルからネタニヤフ首相の側近であるデルメル戦略問題担当相、米国からウィトコフ中東特使とクシュナー元大統領上級顧問が参加した。さらに、仲介国のカタールからムハンマド首相、トルコからカルン国家情報機構長官も出席し、停戦、人質交換、パレスチナ人囚人や被拘束者の釈放、イスラエル軍の撤退などに関する詳細条件の詰めを目的とした協議が行われた。トランプ大統領は「長年続いてきた問題を解決し、中東に平和が訪れるかもしれない」と述べ、自身も10月12日にエジプトを訪問する可能性に言及した。
イスラエルもハマスも、トランプ大統領が提案したガザ停戦・和平案「20項目の計画」に大枠では合意している。しかし、同計画には具体的な詳細が明記されておらず、ガザからの人質返還やイスラエル軍の撤退範囲・スケジュール、パレスチナ人受刑者や遺体の釈放時期・対象などに関して両者の間で認識のずれがある。停戦交渉が破綻する可能性もあり、互いに少しでも有利な条件を引き出そうと駆け引きが続いている。
2025年1月の停戦も第二段階に進めず戦闘が再開した経緯があるため、人質全員を解放したら交渉材料がなくなるハマスは、イスラエル軍の完全撤退と恒久的停戦の保証を求めている。一方、イスラエルは一部撤退には応じる姿勢を示しているものの、完全撤退は拒否しており、ネタニヤフ首相や連立政権内の極右閣僚の発言からは、戦闘再開の可能性をにじませている。 仮に停戦と人質交換で合意が成立したとしても、戦後のガザを誰が統治するのか、その資金を誰が負担するのか、パレスチナ自治政府との関係、さらにはパレスチナ問題全体の解決をどう図るのかなど、依然として課題は山積している。
[英国/中国]
英国政府は2025年7月に「外国影響登録制度(Foreign Influence Registration Scheme, FIRS)」を導入し、10月より完全施行した。この制度では、外国政府や団体のために活動する者は政府へ登録することが義務付けられており、違反した場合には刑事罰が科される。特にリスクが高い国(現時点ではロシアとイラン)に関しては「強化指定(enhanced tier)」が設けられ、未登録での活動には最長5年の懲役が科されることとなっている。
英国政府内では、中国をこの強化指定に追加する案が2025年春頃から検討された。指定対象候補として挙げられたのは、中国国家安全部、中国共産党、統一戦線工作部、人民解放軍である。
しかし、この動きが報じられた直後、中国政府は英外務省に対し「中国の安全保障機関を標的とするならば、両国関係の悪化は避けられない」と警告し、それを受けて英国政府は慎重な姿勢を強めたと英紙ガーディアンが報じた。この報道は、直前に起きた中国スパイ疑惑事件の訴追取り下げとあわせて、英国内で大きな注目を集めている。
英国人2人(うち1人は元英議会調査員)が、中国政府のためにスパイ活動を行った容疑で、2024年3月、1911年制定の国家機密法に違反したとして起訴されたが、2025年9月15日、英検察局は「有罪立証に足る証拠がない」として突然訴追を取り下げた。
報道によれば、政府が「中国を敵国と法的に定義する」証拠を提出しなかったことが原因とされている。これに対し、保守党や安全保障専門家の間では「政府が中国との関係悪化を避けるために裁判を潰した」との批判が噴出した。政府と検察はこれを否定し、「政治的圧力はなかった」と強調しているが、世論の不信感は依然として根強い。
スターマー政権は対中関係の改善に向けて動いており、2025年夏には中国側が英国議員に課していた制裁解除と引き換えに、中国大使の議会立ち入り禁止措置を解除する案が検討された。また、カイル貿易相(2025年9月)やパウエル補佐官(2025年夏)など複数の高官が相次いで訪中しており、スターマー首相自身も2026年初頭の訪中を検討していると報じられている。
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