2025年9月9日 (火)
[BRICS]
9月8日、BRICSのオンライン首脳会議が開催された。各国首脳はトランプ米政権による関税政策に懸念を表明したが、ブラジルとインドは米国との対立を避ける姿勢を見せるなど慎重な対応を取り、BRICS参加国間の外交姿勢の不一致が浮き彫りとなった。
中国の習近平国家主席は、8月末に天津で開催された上海協力機構(SCO)首脳会談や、抗日戦争勝利80周年記念演説の際と同様に、世界は100年に一度の大変革の時代に突入しており、西側主導の国際秩序は衰退し、今後はグローバルサウスが中心となる(その主導役は中国)との世界観を強調した。
一方、インドのモディ首相は会議に出席せず、ジャイシャンカル外相が代理として参加した。ジャイシャンカル氏は米国の関税政策を暗に批判しつつも、対米関係の悪化を避ける慎重な姿勢を示し、同時に、中国との巨額の貿易赤字など、BRICS内部の不均衡是正を優先課題として提起した。
議長国ブラジルのルーラ大統領は、米国への批判を強めながらもトランプ大統領を名指しすることは避け、WTO改革や多国間主義の擁護を強調した。BRICSを「一方主義と制裁に対抗する砦」と位置づけ、新開発銀行を中心にグローバルサウスの新たな発展パラダイムを提示した。
中国とインドの関係は最近緊張緩和が進んでいるものの、国境問題や中国によるヒマラヤ上流でのダム建設、パキスタン支援などをめぐる対立は依然として未解決であり、インドは米国との戦略的関係を重視し、対米対立を避ける姿勢を維持している。また、各国の経済的な対米依存が強いため、BRICSが結束してワシントンに対抗するのは困難な状況にある。トランプ氏はBRICSによる「脱ドル化」を強く警戒し、100%関税の可能性まで示唆している。
香港紙『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』は、今回の会議について「対米強硬姿勢の後退」を示すものであり、各国が現実的に自国経済を守るため、「対米非対立的なレトリックと限定的な多国間調整」に傾斜しているとの専門家の見方を紹介している。
[アルゼンチン]
ミレイ大統領は、ブエノスアイレス州議会選挙で大敗を喫した。今回の選挙は、10月26日に予定される中間選挙の前哨戦として位置づけられており、国内最大の有権者数と経済規模を誇る同州での敗北は、政権にとって深刻な打撃となった。
ミレイ氏は2023年12月の就任以来、公共支出の大幅削減や公務員の大量解雇、規制緩和を柱とするリバタリアン改革を推進してきた。しかし、今回の選挙では、左派ペロン主義連合「フエルサ・パトリア」が得票率47.2%を獲得し、ミレイ氏率いる与党「自由前進党」の33.8%を大きく上回った。当初は接戦が予想されていたが、結果は約14ptの差がつく予想外の大敗となった。敗北の背景には、経済の停滞とインフレの継続に加え、政権内部の汚職疑惑の存在が大きい。このスキャンダルは国民の怒りを呼び、また選挙直前には議会上院で野党がミレイ氏の拒否権を覆し、障害者支援や医療・教育予算の増額を可決するなど、政権の求心力低下が顕著となっていた。
選挙結果を受けて、ミレイ氏は「政治的に明確な敗北」と認めつつも、「改革路線は1ミリも動かさない」と強調した。 また、経済面でも不安定さが増している。選挙後、アルゼンチンの金融市場は急落した。ペソは対ドルで最大5.6%下落し、終値は1ドル=1,407ペソとなった。国内株価指数は13%下落し、米国市場で取引されるアルゼンチン株指数は18%の下落を記録した。また、ドル建て国債は、2020年の債務再編以降で最大の日次下落幅となった。市場関係者は、ミレイ政権が掲げる急進的な改革が政治的に実現困難になる可能性を懸念している。JPモルガンは、国債の「買い」推奨を撤回し、アルゼンチンのインフレ率が12月に前年比210%に達し、翌年も高水準が続くと予測している。
政府はペソの急落を受けて外国為替市場への介入を開始したが、これにより外貨準備が減少し、債務履行能力への懸念が高まっている。政府は10月の中間選挙を前にペソの下落を許容するか、外貨準備をさらに投入して為替市場に介入するかという難しい選択に直面している。介入を選択することは、国際通貨基金(IMF) のプログラムが頓挫し、将来、外債の借り換えのために市場にアクセスできる見通しが弱くなるリスクがあるため、逆効果となる可能性もある。
[フランス]
9月8日、フランス議会は国家債務の膨張を抑える政府の財政計画に反対し、フランソワ・バイルー首相に対する信任投票において、反対票364票、賛成票194票と不信任を決議した。これにより、フランス国内の政治的混乱はさらに深まっている。
極右のマリーヌ・ルペン氏や左派のメランション氏は、現在の政権が国民の信頼を失っていると主張し、マクロン大統領の辞任と早期の議会選挙を求めている。マクロン大統領は、現時点ではこれに応じず、代わりに新たな首相を任命する方針を示している。数日以内に後任を指名する予定であり、新政権の最優先課題は予算案の可決である。しかし、議会は依然として分裂しており、安定した支持を得るのは容易ではない。
バイルー首相は、GDPの114%に達する債務を削減するため、欧州連合が定める財政赤字の上限(3%)を大きく超える現状に対応する戦略を提示し、議会の信任を求めた。しかし、野党は2027年の大統領選挙を見据え、来年度予算に盛り込まれた440億ユーロの歳出削減案に賛同しなかった。
大統領は中道派や保守派から首相候補を選ぶこともできるが、それは過去に安定した政権を築けなかった失策の繰り返しとなる。左派寄りの穏健な社会主義者などを選ぶ可能性もあるが、いずれにせよ議会の過半数を確保する見込みは薄い。
財務大臣ロンバード氏は、新政権の成立によって赤字削減計画が後退するのは避けられないと述べている。 金融市場は信任投票の結果をある程度予測していたため、月曜日の反応は限定的だった。しかし、金曜日にはフィッチ・レーティングスがフランスの国債格付けシングルAに引き下げると広く予想されている。米格付け会社のムーディーズとS&Pグローバルも10月と11月に評価を行う予定である。フランスはユーロ圏の中でもGDP比の財政赤字が最も高く、格下げは低金利での資金調達能力を損なう可能性がある。
国民の間でも不満が高まりつつある。「Bloquons tout(すべてを止めよう)」と呼ばれる草の根運動が水曜日に全国的な抗議行動を呼びかけており、労働組合も翌週にストライキを予定している。
[アンゴラ]
9月5日、国際通貨基金(IMF)はアンゴラ向けに実施した融資後評価(PFA、注1)の結果を発表した。 IMFは、2024年のアンゴラ経済は堅調で、実質GDP成長率は予測を上回る4.4%だったと評価。石油輸出の回復と輸入の減少により、経常黒字は対GDP比で5.4%に拡大し、外貨準備高は輸入の7.7か月分をカバーする158億ドルに増加。インフレ率は7月時点で依然として19.5%と高い水準にあるものの、前年同月の31.1%から低下しており、今後も下降傾向と予測するなどマクロ経済パフォーマンスの向上をおおむね評価した。
他方で、輸出の81%(2023年国連統計)、歳入の約6割を占める原油の世界的な価格低迷を受け、2025年の財政赤字は対GDP比で2.8%と2024年の同1.0%から拡大。それを受けて公的債務も同62.4%に拡大するとの見通しを示した。アンゴラは2023年末時点で570億ドルの対外債務を抱えており、そのうち170億ドルが対中債務とみられ、短期的な債務返済圧力が高まっている。
アンゴラは、サブサハラ・アフリカでナイジェリアに次ぐ年産100万バレル規模の産油国でありながら、国内精製施設の容量不足によりそのほとんどを原油のまま中国に輸出し(中国の原油の購入量に応じてエスクロー口座内で債務返済が行われる)、石油精製品を輸入する構造が続いている。現在も石油はアンゴラの最大の輸入品目だ。政府は国内のガソリンやディーゼル等の小売価格を抑えるために、GDPの4%規模の国庫を投入して燃料補助金を維持してきたが、債務持続性を確保するためにIMFの勧告に従い、2023年に燃料補助金の段階的廃止を決定した。しかし、2025年7月のガソリン価格引き上げ(すなわち燃料補助金の削減)に対して、タクシー業界などをはじめ市民が大規模な抗議デモを実施。治安当局の介入により、少なくとも30人が死亡し、1,500人が逮捕されるなど国際社会からの批判も高まっている。特に2027年に実施予定の総選挙では、1975年の独立以来政権を担う与党「アンゴラ人民解放運動(MPLA)」と最大野党「アンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)」の史上最大の接戦が予想されているだけに(注2)、MPLA政権にとって経済と市民生活の安定の実現は待ったなしの状況にある。
アンゴラ原油生産量は2008年のピーク時には日量200万バレルを記録したが、油田の老朽化と新規探査の停滞などを理由に右肩下がりとなっている。政府はこの対策として、2024年1月に石油輸出国機構(OPEC)を脱退。生産計画の独立性を高め、新規開発にかかる投資を主体的に呼び込もうとしている。また、課題の国内での石油精製については、9月に国内第二の製油施設となるカビンダ製油所を開設(日量最大6万バレル)。さらには米国も支援する「ロビト回廊」の起点となる大西洋に面するロビトに最大20万バレルの製油所の建設を進めている。ザンビアなどの周辺国にパイプラインで石油を輸出する計画で、「原油輸出国」から「石油輸出国」への脱却を図ろうとしている。
(注1)一定以上のIMFによる債務残高があり、現行のIMFプログラムが実施されていない国を対象としている。
(注2)前回2022年の選挙の得票率では、MPLAが51.17%、UNITAが43.95%でUNITAは過去最多の議席を獲得。なお、両党は1975~2002年まで続いた「アンゴラ内戦」の主体だったが、2002年に停戦合意した。
[ロシア]
スイスの新聞『Tages-Anzeiger』によると、「伝統的価値観」を重視する欧米人が、イデオロギー的理由でロシアへの移住を選んでいるという。2025年6月時点で、ロシアの移民局に提出された移住手続きによる一時滞在許可申請は合計1,156件であり、ドイツからは224件、ラトビアから126件、米国から99件となっている。また、英『Financial Times』によると、ロシアに移住を求めている米国人は、LGBTに関する教育、移民問題、犯罪の多発などを理由に米国を離れたと報じている。
背景には、ロシア政府は2024年9月から、ロシアの伝統的な「精神的・道徳的価値観」を共有する外国人に働く権利を伴う「一時滞在許可」を申請できるようにした。この制度では、ロシア語や歴史、法律の知識を証明する必要はなく、最長3年間の一時滞在許可が、人数の定員制限なく取得可能となっている。ただし、申請希望者はどのようにして、「伝統的価値観」への忠誠やリベラルな政策への不同意を証明しなければならないのかについては、新制度には明記されていないもよう。
[貴金属]
主要国で政府債務が膨張し、政府の借入コストも上昇。政府の財政改善能力に対する投資家の信頼が低下している。またトランプ米政権のFRB(連邦準備制度理事会)への政治介入は、基軸通貨の米ドルに対する信認低下につながる。米ドルや国債に対するリスクヘッジが求められる中、金価格は史上最高値更新を続けており、9月8日にはスポット市場でも1トロイオンス3,600ドルを突破。高値により宝飾品や中央銀行の金購入量が減少する一方、金上場投資信託(金ETF)残高の増加ペースが加速している。
銀も先物市場で1トロイオンス42ドル台と14年ぶりの高値。銀の史上最高値は1980年の50ドル強で、45年が経過した現在も更新されていない。金に対して出遅れていた銀は2025年に入り、金を上回る上昇を記録しているが、最近の上昇の起爆剤となったのは、①米国の重要鉱物リストに銀が追加される見通しになったことと、②サウジアラビアの中央銀行が8月下旬、銀関連のETF2種に計4,060万ドルの投資を行ったことである。金準備のように現物を購入しているわけではないが、銀の戦略的価値が評価され、新興国中銀が銀に目を向け始めたことの一例。銀の現物需給バランスは供給不足が続いている状態であり、市場心理改善に寄与している。
[米国]
9月5日、トランプ大統領は相互関税を修正する大統領令に署名した。4月に相互関税導入を発表した際にも除外品目の設定があったところ、今回は対象品目の追加や削除が発表された。また、各国との貿易合意の内容次第では、相互関税の減免が認められる余地があるとの方針も明らかにされた。対象分野として、①航空機・航空機部品、②ジェネリック医薬品とその原材料、③米国内で入手できない天然資源、④米国内需要を満たすに足るだけの生産が行われていない農産品、が挙げられている。今次の修正は9月8日から発効する。
[米国]
NY連銀の8月の「消費者期待調査」によると、1年先の期待インフレ率は3.2%となり、7月(3.1%)から上昇した。上昇は2か月連続、5月と同水準になった。ただし、直近ピークの3~4月(3.6%)まではまだ距離を残している。
また、3年先期待インフレ率は3.0%で、5月から横ばい。4月の一時的な上昇(3.2%)を除くと2024年12月から横ばいが続いている。2024年6月(2.3%)からみれば、米大統領選を経て、3年先の期待インフレ率は高止まりしている。5年先の期待インフレ率も2.9%となり、7月から横ばいだった。2025年1~2月(3.0%)に比べれば、低いものの、5~6月(2.6%)から上昇している。米国の関税措置もあって、期待インフレ率はやや高めの水準で推移している。
また、雇用環境に対する消費者の見方が悪化したことが注目される。向こう1年以内に失業する確率は14.5%となり、2か月連続で上昇した。ここ1年間の平均(14%)も上回っている。また、失業後に新たな職に就ける見通しは44.9%と、7月(50.7%)から急低下し、比較可能な2013年6月以降で最も低い水準になった。
8月の雇用統計によると、失業率は4.3%とまだ低い水準にあるものの、雇用者の増加ペースは鈍っている。FRBの「地区連銀経済報告(ベージュブック)」などから、企業が新規採用を絞る一方、退職者のポジションを補充しないなど雇用者の自然減を進めており、採用に消極的になっていることが報告されている。こうした雇用環境の悪化方向への変化を、消費者も認識している様子がうかがえる。
[イスラエル/パレスチナ]
9月8日午前10時過ぎ(現地時間)、エルサレム市北部のバスターミナルで銃乱射事件が発生し、6人が死亡、15人が重軽傷を負った。犠牲となったのは25歳から79歳までのユダヤ人男女6人であった。現場は、国際法上は違法とされるユダヤ人入植地ラモットに位置し、正統派ユダヤ教徒が多く居住する地区である。実行犯は、現場近くのヨルダン川西岸の村落出身のパレスチナ人男性(20歳と21歳)で、いずれも過去に逮捕歴はなかった。2人は非番のイスラエル兵と武装した民間人によってその場で射殺された。
イスラエル警察は事件を「テロ」と断定した。ガザのイスラム主義組織ハマスは事件を称賛する声明を発表したが、直接の関与は認めていない。声明では「(この行動は)占領による犯罪や我々の民に対する虐殺への自然な反応である」と述べた。一方、パレスチナ自治政府は「その出所を問わず、あらゆる形態の暴力とテロリズム」を非難すると述べた。
現場を視察したネタニヤフ首相は、「実行犯の出身村落に対して包囲と追跡を進めている」と述べ、こうした攻撃がイスラエルを挫くことはなく、「むしろ我々の決意を一層強めるだけだ」と強調した。首相に同行したベングビール国家安全保障相は、治安強化のため民間人に可能な限り銃器を所持させる自身の政策を称賛し、「武器は命を救う」と主張した。
イスラエルでは類似の事件が繰り返されている。2024年10月にはテルアビブでの襲撃により7人が死亡したほか、エルサレムでも2023年11月にバス停での銃撃事件で4人が死亡する事件が発生している。
記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。
レポート・コラム
SCGRランキング
- 2025年8月25日(月)
雑誌『経済界』2025年10月号に、米州住友商事会社ワシントン事務所調査部長 渡辺 亮司が寄稿しました。 - 2025年8月22日(金)
『週刊金融財政事情』2025年8月26日号に、当社チーフエコノミスト 本間 隆行が寄稿しました。 - 2025年8月21日(木)
『東洋経済ONLINE』に、米州住友商事会社ワシントン事務所調査部長 渡辺 亮司のコラムが掲載されました。 - 2025年8月13日(水)
日経QUICKニュース社の取材を受け、当社シニアエコノミスト 鈴木 将之のコメントが掲載されました。 - 2025年8月4日(月)
日経QUICKニュース社の取材を受け、当社シニアエコノミスト 鈴木 将之のコメントが掲載されました。