2025年6月10日 (火)
[アイルランド]
アイルランド農村部では、泥炭(ピート)を燃料として使う伝統が何世代にもわたって受け継がれてきた。「ターフ干し」と呼ばれる泥炭を乾燥させる作業は、家族や地域の共同作業としての側面もあり、独特の香りや暖かさは郷愁を誘う文化的象徴となっている。アイルランドの人々にとって、泥炭は単なる燃料ではなく、生活の一部であり、アイデンティティの一部でもある。しかし、環境保護政策が強まる中で、こうした伝統が「時代遅れ」と判断されており、文化的摩擦が生じている。各地の暮らしを理解しない都市部にいる政策立案者によって、田舎の文化が切り捨てられていると地域の人々は感じている。
泥炭はまた、アイルランド経済にとっても重要な役割を果たしてきた。特に低所得層にとっては、ガスや電気よりもはるかに安価なエネルギー源であり、年間800ユーロ程度のコストで済む。泥炭利用の費用は、平均的な家庭のエネルギー費用の半分以下だ。物価高騰の続く中、泥炭は「生活防衛の手段」としての意味も持っている。
一方で、泥炭の商業的採掘や輸出は依然として続いており、経済的利益と環境保護のバランスが問われている。アイルランド政府は再生可能エネルギーへの移行と湿地の回復を進めているが、伝統文化の保護と地域経済の支援という課題も残されている。
泥炭地はアイルランド各地に点在しているが、その中でも、アレン泥炭地はその規模と歴史的・文化的意義から特に注目されている。過去には燃料用泥炭の採掘が盛んに行われ、火力発電所にも供給されていた。さらに、輸送のため専用の鉄道網も整備されていた。
アイルランド泥炭保全協会は、国の宝とされる「ケルズの書」と同等に重要な自然遺産と評価している。これに対し環境保護派は、泥炭採取を「文化の問題」ではなく、「地球規模の環境問題」として捉えており、アイルランド政府に対してより厳格な保護措置と再生可能エネルギーへの転換を求めている。
[EU/ウクライナ]
6月5日、EUがウクライナ支援策として2022年6月に導入した農産物の自主貿易措置(ATM)が期限切れとなった。ATMはウクライナ産農産物のEUへの輸入に対し関税・割当枠を撤廃するもので、当初1年間の措置だったが、2023年と2024年にそれぞれ1年延長されていた。
ATMなどの支援により、2022年と2023年のEUへのウクライナの貿易は比較的安定したが、ウクライナ産の安価な農産物の大量流入による価格下落を受け、東欧5か国の農家は強く反発。2024年3月にATMの再延長を決めた際、EUはセーフガードメカニズムを強化し、卵・鶏肉・砂糖・オーツ麦・トウモロコシ・ひきわり穀物・はちみつに対して「緊急ブレーキ」を設け、基準量を超える輸入は関税対象としていた。
6月5日にATMが終了したことで、EUとウクライナの貿易条件はロシア侵攻前の状況に戻る。一部の農産物には関税割当が設けられ、一定量を超える分には関税がかかる。2024年のウクライナの農産物輸出額の60%がEU向けで、ATM失効により、ウクライナは年間30億ユーロ以上の輸出収入を失う可能性があると述べている。EU域内の農家にとって、ウクライナ産小麦(年間100万トン)と大麦(同35万トン)の関税割当復活は朗報だが、ウクライナが北アフリカや東南アジアへの輸出を増やすと市場競争は激化する。EUとウクライナは新たな長期協定の交渉を開始している。
[ポルトガル]
5月18日、中道右派の民主同盟(AD)党は総選挙で勝利したが、過半数の議席は獲得できなかった。AD党首ルイス・モンテネグロは、社会党(PS)や右派ポピュリストのチェガとの連立交渉に入るのではなく、少数政権を形成することを決定し、法人税の引き下げ、若者の税負担の軽減、非正規移民の取り締まりを政策に掲げている。しかし、チェガの急激な台頭は、モンテネグロ首相に、移民と法と秩序について、さらに右にシフトする圧力を強めるとみられる。不法移民に対する取り締まり強化により、比較的リベラルなアプローチをとるスペインに、より多くの移民が流れる可能性がある。一方、米国の関税脅威のダメージを相殺するために、中国投資の引き入れや、先日の停電を受けて、フランスとの連系線の建設も推進する。また、首相は前内閣の政策として、中小企業に対する法人税の引き下げを含む財政政策の継続や、若年層の流出を食い止めるための若年層への減税と最低賃金の引き上げという政策を継続する。また、2025年はGDPの2%を防衛に費やすよう努め、目標の達成見通しを2029年から前倒しすると述べている。これにより2026年には既存の財政黒字の規模は縮小するとみられる。
一方でチェガ党の台頭に対する懸念を反映して、政府の非正規移民政策はさらに右傾化する可能性が高い。ポルトガルに居住する外国人の数は、過去10年間で大幅に増加し、全人口の約4%から約15%に増加している。政府は、不法に国内に居住している移民の追放や、ビザ取得の厳格化もおこなう。さらに、外国人居住者の数の増加、短期賃貸、建設中の住宅やアパートの数の顕著な減少などの影響による手頃な価格の住宅不足が有権者のもう一つの懸念事項となっており、状況は特にリスボンで深刻化しており、2015年以降、家賃は94%、住宅価格は186%上昇している。このことを受け、政府は住宅関連の施策として、若者向けの優遇措置や、不動産業者への規制緩和も行う。
[イスラエル/パレスチナ]
イスラエルの野党党首であるリーバーマン議員は、ネタニヤフ首相がガザでハマスと対立するギャングに武器を提供してきたことを国営放送に告発した。さらに、この行為は首相の指示で行われており、内閣の承認を受けていないことも明らかにした。その後首相自身も、ハマスと戦うためにガザ地区の武装集団を利用していると述べ、これを認めた。国防筋も、ハマスへの対抗を強化する取り組みの一環としてガザの武装集団に武器を供給していることを確認した。彼らは米国とイスラエルが支援する「ガザ人道財団(GHF)」によるガザでの支援物資配給にも協力しているとのことだが、GHFによる配給所では配給を求めて集まったパレスチナ人に対する発砲事案などが相次ぎ、これまでに100人以上が死亡し数百人が負傷した状況を受け、国連を含む国際社会から広く非難されている。
また、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリ氏やパレスチナ系フランス人の欧州議会議員などがガザへ船で支援物資を届ける活動に参加し世間の注目が集まっていたが、大方の予想通り、船はガザに到達する前に海上でイスラエル軍によって拿捕され、近郊のイスラエルの港に曳航された。負傷者などは確認されていない。船に積まれていた支援物資は没収され、船に乗っていた活動家ら12人は国外退去処分となる見込み。なお、15年前に、より大規模なトルコの支援船団がガザへ向かった際には、ガザ沖で制圧のため船上に乗り込んできたイスラエル軍と活動家らが衝突し、9人が死亡している。
[米国]
6月9日、カリフォルニア州ロサンゼルス市における抗議活動に対して、トランプ政権は州兵2,000人、海兵隊700人を追加投入することを決定した。米北方軍によると、いずれも現地における連邦庁舎の警備強化にあたり、群衆管理には従事しない見込み。既に動員が発表されているカリフォルニア州兵部隊と合わせると、5,000人近くの動員数となる。
カリフォルニア州は、トランプ大統領が違法に州兵を連邦指揮下においたとして、連邦政府を提訴し、同時に情勢の安定化のため、州・市の法執行機関から人員800人を追加派遣すると発表した。
[ロシア/ウクライナ]
6月8日、ロシア国防省は、ロシア軍がウクライナ東部ドネツク州の西端を越え、東部ドニプロペトロウスク州の領内に入ったと発表した。ウクライナ側は否定しているが、ロシア軍が占領地を拡大させる動きを強めている。ロシアが一方的に併合を宣言しているウクライナ南東部4州にドニプロペトロウシク州は含まれない。事実ならば、2022年に侵略開始後、同州にロシア軍の地上部隊が侵入するのは初めてとなる。6月9日、ロシアのペスコフ大統領報道官は、ドニプロペトロウスク州への侵入は、敵からの攻撃を防ぐ「緩衝地帯」づくりが目的の一つだとの認識を示した。
[インド]
6月6日、インド準備銀行(RBI)は政策金利を0.5%引き下げ、5.5%とした。利下げは3会合連続。下げ幅は従来の0.25%を上回った。金融スタンスは「緩和的」から「中立」に戻した。4月のCPI上昇率は前年同月比+3.2%と6か月連続で減速し、RBIの目標レンジ内(+2~6%)に収まっている。RBIは2025/26年度(2025年4月~2026年3月)の見通しを前年度比+3.7%とした。実質GDP成長率の見通しは+6.5%とした。
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