2026年3月2日 (月)
[米国/極右高官をブラジル担当に]
トランプ政権は2月末、ダレン・ビーティー氏を米国務省のブラジル政策担当・シニアアドバイザーに任命した。ビーティー氏は、白人至上主義の右寄りの人物とされており、2018年には、白人ナショナリストの集会で演説したことが問題視され、ホワイトハウスのスピーチライターを解雇されたこともある。この決定は、両国の関係が表面的には改善しているものの、依然として不安定で繊細な状況にあることを示している。現地メディアでは、「トランプがブラジルの敵を任命」などとも報じられている。
トランプ政権が発足して以降、米国とブラジルの関係は悪化してきた。ブラジル当局者への制裁、ブラジル製品への関税など、両国間には緊張が続いていた。特に、ブラジル最高裁の判事のモラエス氏は、元大統領ジャイル・ボルソナロ氏に対しクーデターを企てたとして27年の刑期を宣告した人物だが、「恣意的な拘束」や「言論の自由の抑圧」といった深刻な人権侵害の疑いがあるとして、米国はグローバル・マグニツキー法に基づく制裁を課すなど対立が強まっていた。しかし、2025年9月にルーラ大統領とトランプ大統領が会談して以降は、米国は一部の関税を引き下げ、モラエス氏への制裁も解除するなど関係改善の兆しも見えていた。
こうした背景の中、ビーティー氏の任命は、米国がブラジルの言論の自由に対する懸念を依然として抱えていること、そしてルーラ政権との関係が完全には修復していないことを示している。ビーティー氏はボルソナロ一族とも深く結びついているとされ、大統領選を控えるブラジルにとって、主権へ介入されることが危惧されている。ブラジル政府側は特に現時点でコメントをしていないものの、現地メディアでは、「トランプがブラジルの敵を任命」などとも報じられている。
次の焦点は、ル-ラの3月の米国訪問となる。ルーラ大統領は、ベネズエラのマドゥロ元大統領の扱いや、キューバへの石油供給を断ったこと、またイランへの軍事攻撃について米国の方針に対して強い批判を行っており、この訪問が両国関係の試金石になる可能性が高い。
[独・仏/物価上昇の落ち着き]
ドイツ連邦統計庁(Destatis)によると、2月の消費者物価指数(HICP)は前年同月比+2.0%だった。1月と同じだった市場予想に反して、上昇率は1月から▲0.1pt縮小した。物価の基調を表す食品・エネルギーを除くコア指数は+2.5%で、1月と同じだった。内訳を見ると、エネルギーが▲1.9%となり、1月(▲1.7%)からマイナス幅を拡大させた。食品も+1.1%で1月(+2.1%)から縮小した。財が+0.8%で1月(+1.0%)から縮小した一方で、サービスは+3.2%で1月と同じだった。引き続きサービスが物価のけん引役になっている。
フランス国立統計経済研究所(INSEE)によると、2月の消費者物価指数(HICP)は前年同月比+1.1%だった。上昇率は2020年12月以来の低水準だった1月(+0.4%)から拡大し、市場予想(+0.7%)を上回った。内訳を見ると、エネルギー価格の下落幅が▲3.0%1月(▲7.6%)から縮小した。フランス政府は2025年2月に低消費量利用者向けに規制電力料金を15%引き下げており、その反動が表れた。また、食品は+2.1%で1月(+1.9%)からやや拡大した。特に、生鮮食品が+3.1%まで拡大した影響が大きかった。財は▲0.3%、1月(▲1.2%)から下落幅を縮小させた一方で、サービスは+1.8%は2月から0.1pt拡大した。サービス価格が物価上昇のけん引役だった。
今後公表されるユーロ圏の物価上昇率も1月と同様に2%前後で推移していると予想される。ECB高官から金融政策は良い位置にあるという認識も示されており、経済・物価動向を踏まえれば、次回理事会でも据え置きの可能性が高い。ただし、足元の中東情勢の緊迫化が、原油などエネルギー価格やユーロなど為替相場に及ぼす影響を慎重に見極めることになるだろう。
[ロシア/ハメネイ師追悼]
2026年3月1日、プーチン大統領はイランのペゼシュキアン大統領にメッセージを送り、米国・イスラエルの軍事作戦で死亡した最高指導者ハメネイ師を悼むとともに、イランに寄り添う姿勢を鮮明にした。プーチン氏は、ハメネイ師が「あらゆる倫理規範と国際法を冷笑的に侵害する形で暗殺された」と批判。「わが国でハメネイ師はロシアとイランの友好関係発展に大きく貢献した傑出した指導者として記憶されるだろう」とたたえた。
一方、ロシア外務省は声明を出し、イラン攻撃を「無謀な行動」「武力侵略行為」と非難した。その上で「政治的・外交的解決の道」に立ち返るよう求めた。
ロシアは2025年1月、イランとの「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結しているものの、有事の際の相互援助は含まれない。一方、ロシアはウクライナ戦争を継続する一方で、イランへの武器供与を拡大している。供給内容には、訓練機(Yak-130)、攻撃ヘリ(Mi-28)、装甲車、小火器などが含まれ、今後は携帯式防空ミサイル「ヴェルバ」の大型契約(約5億ユーロ)も予定されている。ヴェルバの納入は2027?29年予定で、運用習熟にも時間がかかる。したがって、短期的な地域情勢への影響は小さい。
[欧州/イラン情勢の対応]
イラン情勢を受け、EUとEU加盟国は、状況把握および今後の対応につき議論する緊急会合を相次いで開催。米・イスラエルおよびイランへの立場は一致しておらず、足並みの乱れも看守される。
2月28日、コスタ欧州理事会議長およびフォン・デア・ライエン欧州委員長は共同声明を発表し、事態の更なるエスカレーションに懸念を表明し、自制を呼びかけた。英独仏は共同声明を発出し、イランの反撃を非難し、交渉再開を要求。英は米軍による「防御的攻撃」のための英基地の使用を認め、仏は中東における軍事プレゼンスの強化を発表。スペインは米・イスラエルの作戦を「一方的な軍事行動」と非難し、より敵対的な国際秩序のリスクがあると述べた。チェコおよびウクライナは米支持を表明。チェコ首相は「同盟国を支持する」と述べ、イランの核野望と「テロ支援」が欧州にとって脅威であると警告。ゼレンスキー大統領は米国の決断力を称賛し、プーチン大統領を念頭に、「アメリカの決意があれば、世界の犯罪者は弱まる」と主張した。
なお、ドイツの情報機関を監督する連邦議会の議会監督委員会の委員長は、「イラン革命防衛隊の潜伏分子による報復措置を含む報復措置は排除できない」として、欧州におけるテロ攻撃への懸念を表明。また、反戦デモや移民コミュニティによる抗議活動の激化による治安悪化が、今後の欧州では懸念される。
[米・イラン/アフリカへの影響]
米国・イスラエルとイランの軍事衝突の波紋はアフリカにも広がりを見せている。 2月28日、アフリカ連合委員会(AUC)のユスフ委員長は米国・イスラエル軍によるイランへの軍事攻撃について深い懸念を表明。すべての当事者が国際法と国連憲章に沿って行動すべきだと強調した。また、同氏はエスカレーションが世界の不安定化を悪化させ、エネルギー市場や食糧安全保障、経済回復に深刻な影響を及ぼす恐れがあり、特に紛争や経済的困窮が続くアフリカ諸国への影響が大きいと懸念を示した。また、イランとも歴史的関係の深い南アフリカ(南ア)のラマポーザ大統領も「(米国やイスラエルが主張する)予防的自衛は国際法上認められず、自衛は推測や予見に基づいてはならないと」し、間接的に米国・イスラエルを非難した。
AUCユスフ委員長の見解の通り、今回の軍事衝突がアフリカに与える最も大きな影響はエネルギー価格の上昇だとみられる。サブサハラ・アフリカ(サブサハラ)49カ国中、全輸入に対してエネルギー製品(原油、石油、天然ガス、石炭を含む)の輸入の割合が10%以上を占める国は34か国に上り、20%を超える国は20か国に及ぶ(2024年国連統計。なお、日本は22.7%)。ブルキナファソ、ナイジェリア、コンゴ民主共和国はエネルギーが輸入の3割以上を占めていることから、エネルギー価格の高騰は国内のインフレ率の上昇につながり得る。
サブサハラにはナイジェリアやアンゴラのように産油国も複数あるものの、国内の石油精製容量が需要を賄えないため、多くの石油製品を輸入する状況が常態化している。そのため、エネルギー価格の高騰がこうした産油国に恩恵をもたらすとは限らない。地域別の影響としては、大西洋岸に面している国々はヨーロッパやロシアからの石油製品の輸入比率が高いため、ホルムズ海峡封鎖の直接的な影響は免れるとみられる。一方で、ケニア、タンザニア、ウガンダといった東アフリカの国々はアラブ首長国連邦(UAE)やクウェートといった湾岸諸国からの輸入量が多いため、ホルムズ海峡の封鎖はエネルギー安全保障上の大きな問題ともなりうる。国内に大規模な石油精製施設を有する南アは、比較的近いナイジェリアやアンゴラといった域内の産油国から原油を調達しているが、サウジアラビアからも多くの原油を輸入しているため安穏ではいられない状況だ。
さらに、エネルギー価格の高騰が物流コストや化学肥料価格の上昇につながれば、穀物などの食糧を輸入に依存している国が多いサブサハラにも大きな影響を及ぼしかねない。サブサハラ49か国中、穀物の輸入量が総輸入の10%以上を占めている国は6か国あり(ベナン、ニジェールなど/2024年国連統計)、食糧安全保障上の問題やインフレ加速の要因となり得る。
世界的なエネルギー価格と食糧価格の安定により、ディスインフレ・プロセスが進み、経常収支・財政収支の改善がみられてきたサブサハラだが、このようにイランでの軍事衝突の激化は全く対岸の火事では済まない。世界中でリスク回避のために安定資産を求める動きが強まれば、主要通貨に対して上昇が続いてきたサブサハラ各国の自国通貨の価値が弱まりかねない。為替安が進めばエネルギーや食糧等の生活必需品の輸入コストは上昇し、それにより再びインフレが加速し、債務利払いの増加から財政状況が悪化する恐れもある。市民の生活苦はサブサハラでも近年過熱しているZ世代ら若者らの大規模抗議活動や紛争の火種ともなり得るだけに、今後のイラン情勢の動向はアフリカ各国の為政者としても見逃せない状況だ。
[パキスタン・アフガニスタン紛争]
2月27日、パキスタン軍は、「正義の怒り」作戦と名付けた軍事作戦の下で、アフガニスタンの首都カブールおよびタリバン(アフガニスタンのイスラム主義勢力)の精神的発祥の地とされる主要都市であるカンダハルの軍事施設に対して大規模な空爆を実施した。本攻撃により、パキスタン軍はアフガニスタンのタリバン戦闘員133人を殺害したと主張している。2月27日に、パキスタンのハワジャ国防相は、Xで「タリバンはアフガニスタンのテロリズムを世界に輸出している」とした上で、両国は戦争状態に入ったと投稿した。
2月26日、タリバン側は、パキスタン軍が2月21日頃に実施した空爆に対する報復攻撃を両国国境沿いの複数地点で実施しており、これによりパキスタン軍の兵士55人が死亡したと主張している。本作戦は、タリバンによる攻撃に対する報復攻撃と位置づけられている。
両国は、パキスタンのテロ組織「パキスタン・タリバン運動(TTP)」の対応をめぐり対立し続けている。TTPは2007年にパキスタン国内で結成されたパキスタン政府打倒・イスラム国家建設を目指す組織。タリバンとは別組織ではあるが、過去には米軍との間で戦闘を実施するなど両者は共闘関係にある。TTPは特に2022年以降にパキスタン国内での自爆テロや軍事攻撃などを繰り返しているが、パキスタン側は 攻撃の一部がアフガニスタン領内からの越境攻撃であるほか、TTPの指導部や支援者がアフガニスタン領内に拠点を置いており、タリバンがこれを支援していると非難している。
他方でタリバン側は、TTPによるテロはあくまでパキスタンにおける国内問題であるとして、パキスタン自身で対処すべきと主張している。またタリバンは、TTPの取り締まりを強化した場合に、イスラム国系の組織で、パキスタン・アフガニスタンにて活動するイスラム過激派「イスラム国ホラサン州(ISKP)」との関係を深化しタリバン政権と対立することを懸念し、本格的な取り締まりを実施できていない。このような背景もあり、TTPによるパキスタンでのテロ・越境攻撃に歯止めがかかっていない状況にある。
2025年10月上旬には、TTPによるパキスタン軍へのテロ攻撃を発端に両国間での越境攻撃が激化。同月にはカタール、トルコ、サウジアラビアの仲介によりドーハで停戦に合意し和平協議を実施したが、11月には協議が決裂。並行して両国は主要国境検問所を閉鎖しており、貿易取引が停止している。パキスタンにとりアフガニスタンは、年間輸出額が15.1億ドルと第7位の輸出先国で、輸出全体に占める割合は4.7%(2024年時点)(最大輸出先国は米国で、輸出額は56.1億ドル(国別シェアは17.3%))。特に農作物や医薬品に関しては主要輸出先となっている。加えてアフガニスタン経由にてカザフスタン(国別シェアは0.9%)などCIS諸国向けにも輸出しているが、検問所閉鎖によりこれらの国への輸出額も低迷中。
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